いい国作ろう。 「いい国作ろう鎌倉幕府」はもう古い!歴史教科書の今と昔

マッカーサー元帥「いい国つくろう、何度でも」 宝島社ナゾの新聞広告に大反響: J

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祭礼の蛇さんに招待されました。 なんでも国を作るんだとか。 大縛鎖のことですね、俺知ってる。 確か祭礼の蛇さんはそこにいたフレイムヘイズによって両界の狭間に追放されたんだっけ。 フレイムヘイズと仲良くしたいと思ってやったのにね。 ________ ______ ____ やってきました大縛鎖〜。 うーんすごいね、このメンツ。 はっきり言ってヤバイです。 プレッシャーがすごい。 そしてやっぱりフレイムヘイズもたくさんいる。 名のある討ち手もバッチリおるやん。 狭間渡り広めてから人食いが横行してるし恨まれてるかも。 襲われたらどうしよう。 そこそこ強い自信はあるけどカムシンには負けそう。 クソゥ来なきゃ良かったぜ。 今は女媧を名乗っているけど。 「我等が盟主があなたに感謝したいとおっしゃっています。 」 「感謝?ああ、狭間渡りか。 」 祭礼の蛇から感謝されることなんてこれくらいだろう。 「はい。 おかげでこの世の美しい風景が見られた、と。 」 「それは良かった。 」 どうやら祭礼の蛇もお気に召したらしい。 「それにしても、わざわざそんな小さな体になるとは・・・。 」 「こんな姿にも利点があるのさ。 」 本来の姿の100分の一にも満たないサイズだが、普通に暮らすならばこの姿の方がいい。 人の姿ならば手を器用に動かせるし、移動の際に周りのものを破壊することもない。 本来の姿ならば的になってしまうが、人の姿ならば攻撃をかわすことができる。 それに生前は人だったのだ、首が八つの大蛇よりも体に馴染むというものだ。 そんなこんなで時間は進み、遂に世界の有り様を変える儀式が始まろうとする。 しかしその儀式は失敗する。 『なに、を・・・!?』 フレイムヘイズたちに阻止されたからだ。 『我が眷属たちよ・・・後を、頼む・・・。 』 祭礼の蛇は封界創造の際に生じた歪みを利用され、両界の狭間へと放逐される。 無論それを見て三柱臣が何も思わないはずがない。 フレイムヘイズたちと紅世の徒の戦闘が始まった。 「うおぉぉぉぉぉぉ!!」 一人のフレイムヘイズが俺に斬りかかってくる。 だが俺のハイスペックボディならば焦ることもなく避けられる。 「ぐはっ!」 だが、ただ躱してもまた攻撃してくるだけなので一本背負いの要領で地面に叩きつける。 近接戦闘は不利だと悟ったフレイムヘイズたちが炎弾で攻撃してくるが、『帥鴉』を用いて当たる前に燐子たちに撃ち落とさせる。 その間にもイルヤンカたちがフレイムヘイズを潰して、燃やして、殺して行く。 どちらかといえば徒側が優勢だ。 「てやぁぁぁ!」 そんな中二人の奮闘が目にとまる。 彼女は『清なる棺』を駆使して徒達を倒して行く。 パンチなのに蹴散らすとはこれいかに。 それはさておき、大きな犠牲を出しながら祭礼の蛇を倒したフレイムヘイズたちが撤退して行く。 それを追う血気盛んな徒は叩き潰された。 とりあえず俺は帰ることにする。 しばらくはこんな戦闘御免だ。

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いい国つくろう鎌倉幕府(1192年)

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またまた来ちゃいました。 調べてみたら生類憐みの令は1685年以降に出された法律で、たびたび出されてるんですね。 それで1687年以降、特に犬に関して極端化したそうです。 だから「イチロー、バッコ~ン」では御犬様に当たって、即逮捕ですから1687年のほうが適切なんですね。 >御犬様はその2年後に、息をひきとられたことにしましょう koronosukeさん素晴らしいフォローありがとうございました。 さて言い訳だけ書きに来たわけじゃありませんよ。 1895年といえば下関条約?三国干渉?違います。 天才バッター、ベーブ・ルースが生まれた年です。 そこで 「ベーブ・ルースは、わんぱく小僧(1895)」と覚えましょう。 注意:覚えても歴史のテストには出ません。 懲りずにイチローネタで。 1649年 慶安のお触書を発布 「イチロー死球(1649)」 ここまで着たらこじ付けですが・・・ 一応解説:ピッチャー第一球、投げました!・・・バッコ~ン!?あーーっと、イチロー、デッドボールです!痛いー!辛いー!しかし慶安のお触書、発布当時の庶民の辛さを思えばまだましなのかも知れません。 あれから頭を雑巾のように絞って考えました。 607年 小野妹子、隋に渡る 「む、女?(607)」 解説:妹子と聞いて初めは誰でも女性だと思うはずです。 1772年 田沼意次、老中となる。 「いいな~、何 1772)もらってるの?田沼さん。 」 解説:田沼さん賄賂を貰うなんて羨ましい・・じゃなくてダメですよ! 1825年 異国船打ち払い令 「一発GO!(1825)」 解説:近付くやつには、一発お見舞いしてやるっ 1918年 米騒動 「人食いや!(1918)」 解説:お米がなくて、ついには人間を・・・ <オマケ> 1685年 生類憐みの令 「イチロー、バッコ~ン(1685)」 これは解説なしでは理解できないでしょう(汗) 解説:ピッチャー第一球、投げました!・・・バッコ~ン!イチロー打った!大きい、入るか・・・入ったーホームラン!・・・ん?嗚呼、何という事だ!打球が御犬様に当たってしまった。 残念イチロー選手、逮捕です。 お粗末さまでした。

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いい国作ろう…

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子どもの教科書をめくると、驚かされることが多い。 源頼朝の顔が違っていて驚くと、他にも違うところがたくさん。 実はここ数年の間に、教科書の中の常識はガラッと変わっている。 そのため、テストや受験のために必死に覚えた年号や史実を語呂合わせにも、「間違った常識」になってしまったものがある。 〈いい国(1192)作ろう鎌倉幕府〉は有名な語呂合わせのひとつだったが、現在の小中学校の教科書では使われていない。 「弊社では鎌倉幕府が開かれたのは1185年としています。 源頼朝は、征夷大将軍になった1192年より以前の1185年に守護・地頭を置き権力基盤を築いていました。 よって実質的な開幕として1185年としているのです」(教科書出版社・東京書籍の社会編集部の編集者) 最近では「いい箱(1185)作ろう鎌倉幕府」が新定番だ。 また「一番の」「最初の」と冠した有名な事柄も認識を改めなくてはならなくなった。 一番大きい天皇の陵墓として教科書に必ず出てきた、世界最大の墓域面積を誇る前方後円墳〈仁徳(にんとく)天皇陵〉は、現在は「大仙(だいせん)古墳(仁徳陵古墳)」と呼び名が変わった。 もともと仁徳天皇の陵墓だとしていたものだったが、現在表記で付記されている(仁徳陵古墳)は「仁徳天皇の陵墓とも考えられている古墳」の意味に留まっている。 それは仁徳天皇の没年と古墳の成立時期が矛盾するとの説が有力だからだ。 日本で最初の貨幣〈和同開珎(かいちん)〉は、7世紀の天武天皇時代の「富本銭(ふほんせん)」にその座を明け渡した。 1999年に奈良・飛鳥京跡で大量に発見された富本銭の方が年代的に古いと発表されたのが理由だ。 アメリカ大統領・リンカーンは〈リンカン〉と表記されるようになった。 これは現地読み(ネイティブな発音)に則した表記でイントネーションも大きく変わった。 教科書出版の世界では近年、社会の国際化にともない表記を現地読みに近づけていこうという流れがある。 「高校の教科書ではすでに、アメリカのルーズベルト大統領は〈ローズベルト〉、フランシスコ・ザビエルは〈シャビエル〉という当時のスペイン語読みが、さらに初の世界一周を成し遂げたポルトガルのマゼランは〈マガリャンイス〉という読みが併記されています。

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