こんな 夜更け に バナナ かよ 読書 感想。 映画こんな夜更けにバナナかよネタバレ感想と考察!ラスト結末で鹿野は死ぬの?

こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話のレビュー・感想・評価

こんな 夜更け に バナナ かよ 読書 感想

それは「自立」の道。 自立といっても筋ジストロフィーになった患者は、絶対的に介護を必要とするため、1人で生きていくということではありません。 1人で生きる道を作っていく、という意味での自立です。 そのため彼は、自分自身で介護をおこなってくれるボランティアを募集。 24時間介護を必要とする病ですから、ボランテイアの数も1人や2人ではまったく足りません。 述べ数百人単位でボランティアの方と関わりました。 『こんな夜更けにバナナかよ』は、ボランティアの方が記録していた介助ノートをもとに、当時の介護の様子や、他のボランティアのメッセージ、当事者の感情をそのまま載せながら物語が描かれています。 怒り、悲しみ、恋、失恋、友情、愛情などといった、ありとあらゆる感情が、この小説に含まれているのです。 本作を読んでいると、まるで鹿野が身近にいるように感じ、彼の言動に感化されて一緒に悲しくなったりと、読者の感情が揺さぶられます。 それくらい彼のありのままが描かれており、1人の人間の生きざまがしっかりと伝わってくるのです。 本作は2018年12月28日に、映画『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』が全国で公開予定。 大泉洋、三浦春馬、高畑充希などの名だたる俳優陣が出演しています。 大泉は役作りのために体重を10キロも落とし、鹿野役を務めました。 こちらも合わせて、ご覧になってみてはいかがでしょうか。 本作の主人公である彼は、いったいどんな人物だったのでしょうか。 1959年、札幌市内に生まれました。 生まれつき筋ジストロフィーであった彼は、15歳まで国立療養所八雲病院に入院しています。 通常子どもは保育園や幼稚園、小学校で他人と関わりありながら、遊び、学び、そして時にはケンカをしながら社会で生きていく術を学んでいきます。 こんなことをしたら誰かが喜ぶ、こんなことをしてはいけないといったような、他人の心を勉強していくのです。 しかし彼には、そんな心を学べるチャンスがありませんでした。 ずっと入院していたからです。 そのためか、とてつもなくわがままに育ってしまいます。 ボランティアの方にも、すべて自分自身のためにやってくれているにも関わらず、「帰れ」とか「辞めろ」といったような言葉を平気で吐いてしまうのでした。 そんな彼のわがままに耐えられずに辞めていったボランティアの方は、数多く存在します。 しかし、だからこそ常に本音でぶつかる彼は人間くささがあり、生きることに対して、とても貪欲。 そんな姿に魅力を感じたボランテイアの方が、これまた数多くいるのも事実です。 嫌われてしかいない存在であれば、『こんな夜更けにバナナかよ』のような小説は成立するはずもなく、誰も彼を知ることもなかったでしょう。 みんなに愛されていたからこそ、ボランティアだけで成り立つ生活を実現させることができたのです。 そして彼は、1987年には結婚もしています。 相手はボランティアに通っていた方で、障害を乗り越えての結婚でした。 しかし残念なことに、5年という期間をもって離婚にいたってしまいます。 お子さんはいなかったようです。 障害があっても、全力で生きる。 そんな彼の勇姿に、感銘を受けた方は多いのではないでしょうか。 障害者であることに対して卑屈にならず、支えられて当然とする態度が逆に潔く、いつしか怒りがボランティアの方からなくなってしまうようなのです。 ボランティアの方も、彼のたくましさや強さを大いに学びながら、お互いがお互いを支え合って生きていきます。 そのため彼との出会いで考え方が変わり、進むべき道を見つけたボランティアの方は多く、後に彼に感謝をしている人が多々存在するのです。 自分の命を削りながら、みんなに愛と勇気を与えていた彼は、その恋の行方も含めて、その後どうなったのでしょうか。 彼の晩年を描いたということで、その結末はもちろん涙無くしては読めないもの。 しかし、ただ悲しいだけではなく、人と支え合って生きる素晴らしさ、障害があっても自分の意思を貫く難しさと大切さが感じられる最後となっています。 具体的な結末が気になる方は、ぜひ本編でご覧ください。

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映画こんな夜更けにバナナかよネタバレ感想と考察!ラスト結末で鹿野は死ぬの?

こんな 夜更け に バナナ かよ 読書 感想

正しくうるわしく語られがちな障害者福祉という題材を、これほど自由に深々と考えさせるノンフィクションも、あまりなかっただろう。 2003年に刊行された渡辺一史さんの(北海道新聞社、のち文春文庫)。 わがままで強烈な重度身体障害者とボランティアたちの交流を描き、大宅賞・講談社ノンフィクション賞をW受賞した作品は、今なおロングセラーを続ける。 昨年末には映画化されて全国で公開中だ。 中高生向けに書かれた新著も出た渡辺さんに、〝反時代的〟とさえいえる丹念な取材で人間と社会の実相に迫ることを目指すノンフィクションの手法、試行錯誤の醍醐味と葛藤、時代観、そして今後の抱負を聞いた。 2回にわたり紹介する。 (聞き手・藤生京子 朝日新聞論説委員) 渡辺一史さん=撮影・横関一浩 渡辺 いい映画だと思います。 「障害者って何様なの?」といった発言があったり、チャリティー番組「24時間テレビ」的な、愛と涙の物語ではない、喜怒哀楽、ありのままの人間同士のせめぎあいが描かれていて、見る人に考えさせる場面がいくつもある。 大泉さんの存在が大きかったと思いますね。 原作やシナリオを徹底的に読み込んで独自の鹿野さん像を提出してくれました。 実在の鹿野さんとは似ても似つかないのに、同時に瓜二つでもあるという不思議なキャラクター。 こういう障害者が目の前にいたら、もうしょーがねえなあと観る人に思わせてしまうような説得力があった。 大泉さんとは「世界一受けたい授業」(日本テレビ、2018年12月29日放送)という番組の収録でもご一緒したんですけど、こんな話をしてくれたんです。 これまでは「自分の子どもにどんな教育をしますか」と聞かれたら、「人に迷惑かけないようにしなさい」とずっと言ってきた。 でも、この映画を通して、それは違うんじゃないかと思うようになった。 今後は「できないことは人に頼りなさい、でも人に頼られたときは、それに応えられるような人になりなさい」と言うと思う。 大泉さんの言葉は、長い時間をかけて障害者の人たちが訴えてきたことを、見事に言い当てていると思います。 そして自己責任という価値観を、障害の有無をこえてだれもが内面化させられた、今の時代を表してもいる。 人に弱みをみせられず、頼れずに、孤立してしまう風潮です。 障害者の人たちより、むしろ健常者のほうが、そういう規範に縛られていないでしょうか? 障害者や、鹿野さんの発するメッセージは、社会にとって、大切なメッセージを含んでいると思います。 映画は、きれいごとやタテマエに終わらない現実の一端を描きながら、社会に横たわる、この問題の中心部分をちゃんと伝えている。 うれしいですね。

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こんな夜更けにバナナかよを読んだ感想

こんな 夜更け に バナナ かよ 読書 感想

こんな場所で24時間完全介護のすさまじい生活が送られていたとは。 筋ジスの鹿野氏のバイタリティーはもちろん話の核である。 だが、もうひとつの大きな核は話法の問題だ。 映画ではどう処理したのだろう。 神の視点のノンフィクションではなく、作者も巻き込んで作品が成立している。 なぜボランディアをするのか、という問いは予定調和でまとめられず、なぜこの本を書き何を伝えるのかという自分にはねかえっているのがよく分かる。 だからこそ、行きつ戻りつしながら話に引き込まれる。 取材の幅の広さも素晴らしく、よくまとめられたと思う。 そして予想外だったようだが、鹿野氏がなくなることで結果として本が完結した。 自宅ではなく病院で亡くなったことも、ボランティアによる24時間介護での最後の問題をうまく回避したとは。 もちろん登場人物は熱く、面白い。 そして熱くない人がいるのも現実で、それを記すのがすばらしい。 ボランディアに来る人は何か悩みを抱えているのだろうあな、と想像していて、それだけではないがあながち違ってはいないようにやはり思えた。 渡辺一史(わたなべ かずふみ) 1968年、愛知県名古屋市生まれのフリーライター、ノンフィクション作家。 大阪府豊中市育ち、北海道札幌市在住。 2003年、『こんな夜更けにバナナかよ』で第25回講談社ノンフィクション賞、第35回大宅壮一ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。 2012年、『北の無人駅から』で第16回林白言文学賞、第12回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、第34回サントリー学芸賞をそれぞれ受賞。 2018年、大泉洋主演・前田哲監督で『こんな夜更けにバナナかよ』が実写映画化される。

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