ドイツ ハイパー インフレ。 ◆第8 ドイツのハイパーインフレについて

マネタイゼーションがハイパーインフレを起こす|AI TRUST

ドイツ ハイパー インフレ

経済では、 世の中のモノやサービスの価格(物価)が全体的(平均的)に継続して上昇すると ある程度の インフレーション(以下インフレ)が発生します。 通常、政府と金融機関は連携して、インフレがスムーズかつ段階的に発生するようにします。 しかし、これまでにないほどにインフレ率が加速し、 その国の通貨の実質価値が驚くべき割合で減少する原因となった過去の事例は数多くあります。 この加速されたインフレ率は、 ハイパーインフレーション(以下ハイパーインフレ)と呼ばれる。 アメリカの経済学者のフィリップ・ケイガン(Phillip Cagan)は、著書「ハイパーインフレの金融ダイナミクス」で、 商品とサービスの価格が毎月50%以上増加するとハイパーインフレ期間が始まると述べています。 毎月のインフレ率50%が継続すると、 1年後には物価が129. 75倍に上昇することになります。 たとえば、米1袋の価格が30日未満で10ドルから15ドルに、翌月末までに15ドルから22. 50ドルに上昇した場合、ハイパーインフレになります。 この傾向が続くと、米1袋の価格は6か月で114ドル、1年間で1,000ドルを超える可能性があります。 ハイパーインフレ率が50%で停滞することはめったにありません。 ほとんどの場合、これらの価格は非常に急速に加速するため、さまざまな商品やサービスの価格が1日または数時間で大幅に上昇する可能性があります。 価格の上昇が起きると、 消費者信頼感は低下し、国の通貨の価値は低下。 最終的に、ハイパーインフレは波及効果を引き起こし、 企業の閉鎖、失業率の増加、税収の減少につながります。 歴史的に有名なハイパーインフレの例として ドイツ、ベネズエラ、ジンバブエがある。 また、ハンガリー、ユーゴスラビア、ギリシャなど、他の多くの国でも同様の危機が発生しました。 ドイツのハイパーインフレ ハイパーインフレの最も有名な例の1つは、第一次世界大戦後にドイツのワイマール共和国で起こりました。 ドイツは戦争に資金を供給するために莫大なお金を借りました。 ドイツは戦争に勝ち、連合国からの賠償を使ってこれらの借金を返済すると信じていました。 結果、ドイツは戦争に敗戦しただけでなく、 ヴェルサイユ条約により賠償金として 1320億金マルクを支払うこととなった。 現在の日本円にして 約 200兆円に相当。 当時のドイツの国家予算の何十年分にもあたる金額でした。 ドイツのハイパーインフレの原因についての議論にもかかわらず、いくつかの一般的に引用されている原因には、 金本位制の停止、戦争の賠償、および紙幣の無謀な発行が含まれます。 戦争の初めに金本位制を一時停止するという決定は、流通しているお金の量が国が所有する金の価値と関係がないことを意味しました。 この論争の的となったことでドイツ通貨の切り下げにつながり、連合国は賠償をドイツの紙幣以外の通貨で支払われることを要求することを余儀なくされました。 ドイツはそれに応じて大量の自国通貨を印刷して外貨を購入し、ドイツマルクの価値をさらに下落させました。 このエピソード時で、インフレ率は1日あたり20%を超えるペースで増加していました。 ドイツの通貨は価値が急激に低下、一部の市民は家を暖かく保つために木材の購入すらできない紙幣を燃やしたという。 ベネズエラのハイパーインフレ ベネズエラは石油備蓄が豊富なため、20世紀は健全な経済を維持していましたが、1980年代の石油供給過剰により21世紀初頭の経済の不始末と腐敗が引き起こされ、社会経済的および政治的危機が発生しました。 危機は2010年に始まり、現在でもなおハイパーインフレは続いており、 控えめにいっても「地獄」のような状況といえます。 ベネズエラのインフレ率は急速に上昇し、2014年の年率69%から2015年には181%に上昇しました。 ハイパーインフレの期間は2016年に始まり、年末までに800%のインフレが続き、2017年には4,000%に続き、 2019年の初めには2,600,000%以上。 したがって、100,000のボリバルが1つのソブリンボリバルになりました。 政府は1ペトロ=60ドルまたは3600ボリバル・ソベラノと設定。 目次 1. ベネズエラ、独自仮想通貨ペトロ(Petro)で石油や金を販売! ベネズエラ、独自仮想通貨ペトロ(Petro) […] 投稿日:2020-01-06 ジンバブエのハイパーインフレ 1980年の国の独立後、ジンバブエの経済はその初期の頃は非常に安定していた。 しかし、ロバートムガベ大統領の政府は、1991年に ESAP(経済構造調整プログラム)と呼ばれるプログラムを開始しました。 これは、ジンバブエの経済崩壊の主要な原因とされている。 ESAPとともに、当局による土地改革は食料生産の大幅な減少をもたらし、大きな経済的および社会的危機につながりました。 ジンバブエドル(ZWN)は1990年代後半に不安定性の兆候を示し始め、超インフレエピソードは2000年代初頭に始まりました。 年間インフレ率は、2004年に624%、2006年に1,730%、2008年7月に231,150,888%に達しました。 7月以降のインフレ率は、国の中央銀行から提供されたデータがないため、以下の理論的な見積もりに基づいている。 スティーブ・H・ハンケ教授の計算によると、ジンバブエのハイパーインフレは2008年11月にピークに達し、推計前年比89. 7セクスティリオン%であり、これは前月比で見ても796億パーセント、または1日では98%に相当。 これは凄まじいインフレ率だ。 ジンバブエは21世紀にハイパーインフレを経験した最初の国であり、ハンガリーで2番目に悪いインフレエピソードを記録しました。 2008年、ZWNは正式に放棄され、米ドルなど他国の通貨が法定通貨として採用されました。 その後、政府は 「RTGSドル」という電子マネーの発行を開始(通称ゾラー)。 2019年6月24日、政府はゾラーを法定通貨とすると宣言し、ジンバブエの自国通貨が公式に復活した。 仮想通貨の使用 ビットコインや他の仮想通貨は一元化されたシステムに基づいていないため、政府や金融機関がその価値を判断することはできません。 技術により、新しいコインの発行は事前定義されたスケジュールに従い、各ユニットは一意で重複の影響を受けません。 これらは、ベネズエラなど現在でもハイパーインフレとなっている国で、仮想通貨の人気が高まっている理由の一つです。 同様のことがジンバブエでも見られ、決済のデジタル通貨が劇的に増加しています。 一部の国では、伝統的な法定通貨システムに代わる潜在的な手段として、政府が支援する の導入に関連する可能性とリスクを真剣に研究しています。 目次 1. 中国、5年間の開発を経て「デジタル通貨は準備ができた」と発言! 中国、5年間の開発を経て「デジタル通貨は準備 […] 投稿日:2019-08-12 最終的な考え 日本ではハイパーインフレは身近に感じないように思えるかもしれませんが、比較的短い期間の政治的または社会的不安がすぐに従来の通貨の切り下げにつながる可能性があることは明らかです。 国の唯一の輸出に対する需要の低下も、原動力となり得る。 通貨が切り下げられると、価格(物価)は非常に急速に上昇し、最終的に悪循環が生じます。 いくつかの政府は、より多くのお金を印刷することによってこの問題に対抗しようとしましたが、この戦術だけでは役に立たないことが証明されて、全体的な通貨価値をさらに下げるのに役立つだけです。 従来の通貨への信頼が低下すると、仮想通貨への信頼が高まる傾向にあることは非常に興味深いことです。 お金がグローバルにどのように取り扱われるのかが問われた際に、将来的に強い影響を与える可能性があります。

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事例で見るドイツのハイパーインフレーション

ドイツ ハイパー インフレ

日本の借金が膨れあがり、やがてハイパーインフレになると言う人がいる。 そう言って国民を恐怖に陥れれば、本も週刊誌も売れるから、悪徳業者達は金儲けのために、そのような発言を繰り返す。 純真な国民は、すっかりそれに騙される。 ドイツのハイパーインフレは有名だが、その実体を知れば、現在の日本の状況とは余りにも異なっており、日本はハイパーインフレなどになる可能性は全くないことが理解できる。 第一次世界大戦に敗北したドイツは連合国と1919年ヴェルサイユ条約に調印した。 ドイツの支払う賠償金が1320億金マルクと決定されたが、なんとこれはドイツの税収の十数年分に相当した。 毎年の支払額も46億金マルク(歳入の約7割)という莫大なものだった。 イギリスやフランスなどの連合国は戦争に勝ったものの戦争で莫大な被害を被っており、その費用をすべてドイツに支払わせるべきだと主張し、このような巨額の賠償金の請求となった。 しかしながら、このような巨額の賠償金はドイツ経済を破壊し、ヒットラーの台頭を許したという意味で、連合国にとって害あって益なしという結果になってしまった。 そもそも、賠償金というものは多ければ多いほどよいというものではない。 1320億マルクと言っても、例えば1億マルク紙幣を1320枚刷れば返済可能というものではなかった。 賠償金も正貨(金貨)で払わなければならなかったからだ。 そういう意味では、お金を刷っても意味はなかった。 賠償金だけでなく現物納付の義務もあった。 5000両の機関車、15万両の列車、5千台の貨物自動車、4万頭の牛、12万匹の羊などだが、一般社会の賠償請求とは話しが全然違う。 これらをドイツが生産してフランスが輸入しようとすると、フランスの生産者には大打撃になってしまい、フランスの生産者が反対するなどして、物納による賠償も進まなかった。 賠償金にしても、もしこの規模の賠償金の支払いが実現するとしたら、ドイツ経済が大発展し、近隣諸国がドイツの工業製品を輸入して外貨を稼いだ場合だから、そうなれば近隣諸国の工業は破滅する。 そのことを予知したケインズは、この賠償額に強く反対したが押し切られた。 当然のことながら、賠償金の支払いは滞るようになった。 それに怒ったフランスとベルギーは軍を派遣し、ドイツでも有数の工業地帯であるルール地帯を占領してしまった。 ただでさえ戦争で生産応力が落ちているドイツで、ルール工業地帯まで没収されたわけで、失業者は町にあふれ、物不足でインフレとなった。 ここまでくるとフランス軍はやり放題で、帝国銀行が所有していた128億の金を略奪し、ミュルハイム国立銀行支店に保管されていた未完成の紙幣をフランス軍が奪い、これを完成紙幣にして流通させた。 ここまでやるとなると、こっそり偽造紙幣を新規に大量に印刷していたと考えてもおかしくない。 筆者の想像だが、中央銀行であるライヒスバンクも外人が乗っ取り、お金を刷りまくったと考えるのが自然ではないだろうか。 ライヒスバンク自体が賠償問題の解決の一貫と考えられていたから連合国により国際管理されていた。 その審査機関である評議員会の14名のうち、半数の7名は外国人(英国、フランス、イタリア、ベルギー、米国、オランダ、スイスから各1名)が任命され、発券業務の監督機関としての発券委員も外国人評議員が任命された。 そしてこのライヒスバンクが政府から独立し、お金を刷りまくってハイパーインフレになった。 このような状況は、アメリカにおいて通貨強奪したロス・チャイルド等の国際銀行家の手口を連想させる。 コーヒー一杯飲むのに、トランク一杯分の紙幣が必要だったとか、薪を買うのにリヤカー一杯の紙幣が必要だったが、それより紙幣を燃やした方が安くついたとか、笑い話のような話しが伝わっている。 1923年1月には250マルクであったパンの値段が1923年12月には3990億円にまで値上がりした。 ライヒスバンクはドイツ政府が発行した国債を大量に買った。 それだけでなく、私企業の手形の割引も行った。 例えば、自分の会社で1億マルクの手形を勝手に作ってライヒスバンクに持って行けば、現金にしてもらえるのだ。 こんなことをしていれば、ハイパーインフレになるのは当たり前だろう。 金融業の得意なユダヤ人がここぞとばかり、混乱に乗じて荒稼ぎをしているのを見て、ヒットラーがユダヤ人に反感を持つようになったと言われている。 こんな状況が日本に起こりうるかと言えば、あり得ない。 少々国債を発行したと言っても、十分制御可能な範囲であり、日銀が外人部隊に乗っ取られる可能性は全くないし、ましてや自分で勝手にお金を刷り始めることなど考えられない。 外貨や海外純資産は、世界一多い。 外国から巨額の賠償金を求められているわけでもない。 物不足は発生しておらず、むしろ物余りだ。 ハイパーインフレなど起こるわけがない。 このすさまじいドイツのインフレも、あっという間に収束してしまう。 ドイツ・レンテン銀行が設立され、国内の土地を担保として1923年11月15日にレンテン・マルクを発行し、1レンテン・マルク=1兆マルクのデノミが実行された。 インフレを収束させたのは、政府が財政健全化を発表したからである。 レンテン・マルクの発行限度が320億マルク、政府信用限度が120億マルクとされた。 またドイツ政府は通貨発行でファイナンスしていた財政政策を転換し、10月27日には政府雇用者数25%削減、臨時雇用者の解雇、65歳以上の強制退職を実施した。 この政府の発表により国民が政府を信頼し、インフレは瞬時に止まった。 これをレンテン・マルクの奇跡と呼んでいる。 次の図は藤木裕(金融研究2000. 6)から引用したものである。 興味深いのは、インフレは政府のアナウンスで一気に収束したのだが、実際は政府はその後もしばらくお金を刷り続けているということがこの図から分かることだ。 アナウンス効果が如何に絶大かということである。 ドイツと同様に第一次世界大戦の敗戦国になったオーストリアも同様にハイパーインフレとなったが、1922年8月に国際連盟がオーストリアの財政制度改革に着手することが報道されると瞬く間にインフレが収束した。 次の図も藤木裕(金融研究2000. 6)から引用する。 オーストリアの場合も、財政健全化の報道が流れて直ぐにインフレは収束した。 制御不能のインフレなどあり得ないことが分かる。 その報道の後、しばらく通貨発行は続くが、インフレ再発は無かった。 以上述べたように、現在の日本はハイパーインフレの心配は全くないし、インフレは制御可能だ。 恐れず、大胆に経済復興のための大規模財政出動をすべきである。 経済が活力を取り戻し、財政が健全化することは間違いない。

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ハイパーインフレの原因をわかりやすく解説

ドイツ ハイパー インフレ

インフレから資産を守る方法はとにかく現金を持つより投資をすること インフレは物価が上昇することを言います。 物価が上昇するということは お金の価値が下がるということです。 低金利の時代でインフレが起こってしまうと、 現金を置いておくことは資産の減少を意味します。 インフレ時代には、 物価上昇に合わせて価格が上昇する商品に投資することが基本になります。 具体的には、不動産、株式、金(ゴールド)、外貨などが挙げられます。 インフレ時の資産防衛の代表格は不動産投資 実際に戦後日本のハイパーインフレの時代に、不動産投資で莫大な資産を築いた投資家が大勢いました。 その投資家たちは インフレによる土地の価格の高騰を事前に予測していたのです。 インフレを予想していた投資家たちは、戦後の焼け野原になった一等地を買い漁ったのです。 当時一等地を持っていた皇族などに、長期分割での土地売却を持ちかけ、持ちかけられた皇族達は、焼け野原になってしまった土地よりも現金の方が欲しかったのですぐに売り払ってしまいました。 長期分割で支払いをするので、 実際に支払う現金よりインフレによる土地価格の高騰が上回ったため、土地を買い漁った投資家たちは、実質的にお金を貰って土地を手に入れたことになります。 これは実際にあったお話で、その投資家の代表格は日本の不動産王と呼ばれ、西武グループの基礎を気づいた堤康次郎さんです。 堤氏は、東京空襲で焼け野原になった一等地を買い漁って巨万の富を築き上げました。 今でも現役で残っている『プリンスホテル』がその土地の一つなのです。 私たちが現実的に不動産投資をできるのはREIT(不動産投資信託) さて、戦後と現在とでは状況も全く違いますし、なによりインフレが起きたからといって実際の土地を買うほどの資産をすぐ用意できる人などそれほど多くはいないでしょう。 しかし、 インフレが進んだ場合は、借金をして土地を買った人が有利という図式は今も昔も変わりません。 そこでオススメできるのが REIT(不動産投資信託)です。 REIT(不動産投資信託) 投資信託の一種で、投資家から集めた資金で、オフィスビルや商業施設などの不動産を購入し、賃貸収入や売買益を分配する商品です。 一定の条件を満たせば証券取引所に上場することができ、 一般的な株式と同様に自由に売買できます。 REITはインフレ対策だけでなく非常に優れた金融商品 REITは 収益のほとんどを投資家に還元することが義務付けられており、インフレ対策はもちろん、金融商品として非常に優れたものです。 REITで構成された物件と同じポートフォリオを組もうと思っても、個人投資家にはほぼ不可能です。 また、プロのファンドマネージャーが運営していますので、分散投資はもちろんのこと、様々な分析をして収益を上げられるように投資してくれますので、安心です。 日本のREIT銘柄(ETF)• NEXT FUNDS 東証REIT指数連動型上場投信 1343• 上場インデックスファンド Jリート 東証REIT指数 隔月分配型 1345• NZAM 上場投信 東証REIT指数 1595• MAXIS Jリート上場投信 1597 インフレが起きた時に株式は一歩遅れて上昇する インフレが起きた時に資産を守る方法は不動産投資ともう一つ、 株式投資があります。 インフレ時の株式の動きはどうなるでしょう? インフレが進行した場合、株式は基本的には物価の上昇に合わせて株価も上昇する傾向にあるので、激しいインフレの中であっても同様に、物価の上昇をカバーすることが可能です。 しかし、極度のインフレの進行が見られた場合、かなりの 経済混乱も同時に発生している可能性が高いと予想します。 そうなってしまうと、株価が物価の上昇に合わせて素直に動いてくれず、 一旦下落した後に上昇する可能性が高いです。 最終的にはインフレに追いつくにせよ、そこには タイムラグが発生することになるわけです。 タイムラグ(一旦下落)が発生することは千載一遇のチャンス これは不動産投資でも同じことが言えるのですが、このタイムラグの発生は十分注意する必要があります。 一方でこのタイムラグ(一旦下落)が発生した場合は、 千載一遇のチャンスなのです。 経済混乱が発生し、他の投資家たちが保有株を慌てて手放してしまい、株価が大幅な下落を見せる場面が想定されるので、そこで一気に買いに走ること。 そして下落した後は、インフレ時に株価は物価の上昇に合わせて動きますので、より大きな利益を得ることが可能になります。 終戦後の日本の株価とドイツの株価はどう動いたのか? 太平洋戦争後の日本、第一次世界大戦後のドイツ、この二国は戦後にハイパーインフレを経験した国です。 実際にハイパーインフレが起きてしまった時、株価はどのように動いたのか? 終戦後の日本の株式市場は大きなタイムラグがあった 日本の株式市場は終戦の日を境に、GHQによる規制が入ってしまい、新しい組織である東証が取引を開始するまで4年間も再開できませんでした。 しかし現実には、市場外での相対の取引が行われており、店頭取引ではありますが、平均株価の算出も行われていました。 この時の 平均株価は終戦から4年間に最大で7倍に上昇しました。 しかし、 この4年間の物価の動きと株価の動きには大きなタイムラグがありました。 戦後、物価がどんどん上昇していく中でも株価は同じ水準での取引が続き、時には大幅な下落の場面などもありました。 これには2つの原因がありました。 空襲などの影響を受けた企業が多かったこと 戦後ということもあり、多くの企業は空襲などで設備が破壊されたところがあり、業績の低迷が予想されていました。 修復しようにも極端な物資の不足でそれもままならなかったのです。 株式を持っていた投資家たちが売りに走ったこと 株式を持っていた多くの投資家たちが、戦後の混乱や日々の現金に窮してしまい、株式を手放す人が多くいました。 その後の株価の上昇を考えると非常にもったいないことなのですが、目先の生活を優先してしまったことや、インフレのメカニズムを理解できていなかったことは非常に悔やまれた結果になったと思います。 ドイツでも日本と同様の場面が見られました 日本と同じ現象は第一次世界後のドイツでも見られました。 ドイツの自動車メーカーのタイムダラーの株価の動きを見てみるとよく分かります。 ハイパーインフレ時にダイムダラーは暴落をした後それを上回る暴騰をした 自動車メーカーのダイムダラーはドイツを代表する企業でした。 ハイパーインフレで混乱しているといっても、 フランス、イギリス、米国はいつも通り豊かな生活を満喫していましたので、それらの国には当然のようにダイムダラー社の自動車を欲しがります。 ましてや、ドイツの通貨は暴落しているのでなおさら売上は上がると予想されるはずでした。 しかし、ダイムダラーの株主の中には、市場の混乱と毎日の生活資金のためにタイムダラーの株を手放してしまう人が多かったのです。 このため、 ダイムダラーはハイパーインフレであり、尚且つ売上も好調なのに株価は暴落してしまいます。 しかし、結局のところ同社の株価は、混乱も収まり投資家たちが大きく買い戻し、さらにハイパーインフレの影響で、最終的には大幅に暴騰したのです。 この時、 底値でダイムダラーの株を買った投資家は、インフレが収束した頃には莫大な利益を得たのです。 ほかにも当時のドイツには破格の値段で放置されていた投資商品が多数存在していた ダイムダラーと同じように、ドイツ国内の優良不動産なども、しばらくは破格の値段で放置されていました。 この間に、こうした投資商品を買うことができれば大きな利益を得られたわけです。 さらに戦後の日本とは違い、ドイツは為替取引も自由にできたので、それもタイムラグは小さいものの優良な投資対象になっていたのです。 まとめ• インフレ時代には、物価上昇に合わせて価格が上昇する商品に投資する• インフレ時の資産防衛の代表格は不動産投資(REIT)• インフレが起きた時に市場はタイムラグが発生する• タイムラグが発生した時は千載一遇のチャンス 大きなインフレの発生が予想された場合、まず為替でリスクヘッジ(ドル買い)し、不動産や株価などで割安なものを発見した場合は、そこに投資をする。 また、外貨建てでも日本株や日本のREITなどにも投資できますので、その方法ですとより多くの利益を得る可能性が高いです。

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