バガボンド。 バガボンド38巻は?最新刊は連載再開後?【2020年最新情報】

バガボンド38巻の発売日と最終巻の情報と連載再開について

バガボンド

まず初めに、「バガボンド」という言葉の意味についてです。 欧米などの海外で見かける、一定の居所や定職のない浮浪者や無宿者をイメージすると分かりやすいでしょう。 日本で言うところのホームレスなどに比較的近い意味合いです。 また少し昔の日本映画に「男はつらいよ フーテンの寅」という作品がありましたが、タイトルにもなっているこの寅さんの人物像も「バガボンド」を体現していると言えます。 あてもなく気まぐれに流離う、風来坊とも言い換えられるでしょう。 意味の分類 「バガボンド」の意味は大きく分けて下記のいずれかに分類されます。 ・食料あるいは雇用などを求めて目的地・目的なしに、動きまわること ・ある一つの居所や職から、別のものへ継続的に変わること ・場所あるいは地域社会・共同体への繋がりなしで、目的なくに歩き回る様子 ・特定の住居地も、目に見える財産などもなく放浪すること 「バガボンド」の使い方 英語での用例・例文 さて、「バガボンド」の意味が分かったところで、次は使い方についてです。 参考までに、英語による用例や例文を紹介します。 まずは用例からご覧下さい。 上記の「遊牧種族」はその好例です。 続いて「バガボンド」を使用した英語の例文を紹介します。 例文 英語例文:Gandhi was a famous vagabond who wandered from place to place. これは「バガボンド」を名詞として使用している例文で、日本語訳すると「ガンジーはあちらこちらを渡り歩いた、有名な放浪人です」という意味合いになります。 「バガボンド」の語源、本来の意味とは? 「バガボンド」と日本語で読める単語を持つ言語は、実は英語の他にも複数あります。 例えばフランス語ならば「vagabond」、イタリア語ならば「vagabondo」といった風にです。 フランス語やイタリア語はいずれもラテン語に端を発した言語ですので、「バガボンド」の本来の語源・由来はラテン語にあるということが分かります。 ラテン語「vagabundus」 ラテン語にvagabundusという単語があるのですが、これが現代のvagabondに繋がったとされています。 ラテン語から旧フランス語の形を経て、現在に伝わる形になったという訳です。 ちなみにvagabundusという単語はvagusという「さすらうこと」といった意味のラテン語から変化しています。 フランス語の用例 「バガボンド」本来の意味まで紹介したところで、ここから先はいくつかの「バガボンド」の用例・例文を提示します。 英語の用例は既に紹介しましたので、フランス語のバガボンド vagabond の用例および例文を次に紹介します。 なおフランス語の場合、vagabondは「バガボンド」というよりも「ヴァガブン」に近い発音をします。 フランス語用例1:Kenshin le vagabond ではまず、この用例の意味を考えてみましょう。 ヒントは、我々日本人にとても馴染みのある、とある漫画のタイトルです。 正解は「るろうに剣心」、近年実写映画化されたことでも一躍有名となった漫画です。 同格として名詞が続いています。 その他用例 フランス語 その他、いくつかの用例を下記に示しておきます。 続けてフランス語の例文を一つ挙げました。 先程の用例を参考にすれば、フランス語が分からない方でもどんな意味合いの文章になるか大方見当が付くことでしょう。 「るろうに剣心は和月伸宏作の漫画です」がこの例文の日本語訳となります。 イタリア語の用例 次に紹介するのはイタリア語のバガボンド vagabondo の用例・例文です。 こちらも有名な海外アニメのタイトルですので、クイズ感覚で少し考えてみて下さい。 なお、イタリア語のvagabondoはフランス語のvagabondとは発音が異なり、日本語で読む「バガボンド」に近い発音です。 イタリア語用例1:Lilli e il vagabondo 正解はディズニーのアニメーション映画「わんわん物語」でした。 邦題だと原型を留めていませんが、「わんわん物語」の原題 米題 は「Lady and the Tramp」で、直訳すると「お嬢様と風来坊」となります。 イタリア語のvagabondoは、そこから来ているという訳です。 日本とイタリアでは、翻訳時の言葉のセンスがそれぞれ違っていて興味深くもあります。 その他用例 イタリア語 その他の用例をいくつか紹介します。 以下を参照下さい。 イタリア語用例2:Charlot vagabondo「 意味 チャップリンの失恋」 イタリア語用例3:vagabondo per la causa del Vangelo「 意味 福音のための放浪者」 イタリア語用例4:Kenshin Samurai vagabondo「 意味 るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-」 イタリア語の例文 前述の用例に関連付けてイタリア語の例文も紹介します。 なんとなくでも、意味合いが読み取れるのではないでしょうか。 訳例は「わんわん物語はブエナ・ビスタ・ディストリビューション 映画配給組織 配給の下、1955年6月16日にアメリカで公開された」となります。 以上、フランス語とイタリア語での「バガボンド」の用例・例文を紹介しました。 「バガボンド」の類語・同義語 「バガボンド」の類語・同義語を各言語別に纏めましたのでご覧下さい。 それぞれニュアンスが少しずつ異なりますので、場面や状況によって使い分ける必要があります。 使用の際はご注意下さい。 本記事を読んで「バガボンド」についての理解が深まれば幸いです。 それでは最後に、「バガボンド」のような言葉の持つ力やその使用に関して記していきます。 我々日本人の耳に残る言葉、バガボンド 「バガボンド」という単語を一度聞くと、なかなか耳から離れない方も多いでしょう。 日本語には数少ない濁音がほとんどの文字に含まれ、それとなく口にしたくなるような語感をしています。 はじめにも書いたとおり、「バガボンド」は日本の漫画のタイトルにもなったことで脚光を浴びた言葉ですが、もし漫画のタイトルが同様の意味を持つ英語「vagrant ヴェイグラント 」や「tramp トランプ 」だったとしたら、インパクトが弱く大衆の心に残ることも無かったことでしょう。 日本人に馴染みが深い5文字で、かつ語感の印象が強い言葉をチョイスしたからこその結果と言えます。 印象の強い言葉を巧みに使用できることのメリット この度紹介した「バガボンド」のように、インパクトが強い言葉やフレーズを数多く知っていれば、それだけ自身が他者に与えられる印象の度合いが変わってきます。 皆さんも時間に余裕があるときに、一度は口にして・検索してみたくなるような単語や外来語を調べてみて、言葉の引き出しを増やしておいてはいかがでしょうか。

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Vagabond

バガボンド

圧倒的な画力とストーリーのダイナミックさで人気のマンガ、それが 「バガボンド」です。 ファンにとっては厳しい休載という状況が続いていますが、 最近のストーリーからはバガボンドの「終わり」が見え隠れすると思いませんか? どうやら「バガボンド」 終わりが近いということらしいのですよ。 そこで今回は、 バガボンドの最終回や今後の展開についてご紹介したいと思います。 「12周年の『バガボンド』はラストイヤーとなるでしょう。 ....なるはず。 干支が一回りで(長い!)区切りもいいしね」 このインタビューは2010年にインタビュー記事が載っています。 つまりもう今は連載16年に突入していることになるんですね。 更に 『バガボンド』って、絵が見易いのもあって中々面白いのですが、いかんせん途中から内省的になって長いというか、タルいですね。 確かに、最近のバガボンドは色んな意味で一巻一巻の時間の流れが遅い感じがしますよね。 連載初期のころのあの疾走感の塊のような戦うシーンとか最近はほとんどありませんからね。 そういう所にすごく魅力を感じていたファンの人は、この辺りにフラストレーションが溜まっているのかもしれませんね。 そんなバガボンドの最終回はやはり最大のライバルである佐々木小次郎との戦いだと思います。 そこは書くでしょう! そう思ってるんですけどね。 しかしこれもまた井上雄彦さんにしか分からないビジョンですもんね。 Sponsored Link バガボンドの最終回を描くにはあの作品が邪魔している?? 名作を手掛けることで有名な井上雄彦さんですが、彼を一番有名マンガ家にしたのはジャンプで連載していた「SLAMDUNK」ですよね。 実はこの作品が「バガボンド」の邪魔をしているんだそうです。 どういうこと?!ですよね。 井上雄彦さんはこんなことを言っています。 「スラムダンクのラストで、うまく自分をピークまで持っていくことができ、アドレナリンが出続ける状態で書きあげることができました。 」 「スラムダンクのラストは『こんなに良い終わり方はない!』と思えるほど納得できるものでした。 」 つまりすっごいいい終わり方をしてしまったんですね。 漫画家さんはやはり終わり方にこだわりますよね。 そこで井上雄彦さんは休載してしまったというのです。 12年で連載を終わらせたかったけど、今書いているところで終わらせるには巌流島を描いてない。 流れを無視して「一方時は流れて・・・」みたいな強引な持っていき方もできず悩んだそうです。 本当に自分の作品に真摯に向き合ってるからこその悩みですよね。 これでようやく、 最終章への入り口が見えてきたと思います。 更にでもご紹介しましたが、「モーニング」で掲載されている作品ではすでに小倉編をいくつか描いており、 宮本武蔵vs佐々木小次郎は始まってる感じですよね。 原作もありますので、その原作どおりに進むんじゃないかと言われていますよね。 でもこの原作、オマージュとしているだけでもちろん井上雄彦さんのアレンジが多大に入っているんですよね。 なんせ 佐々木小次郎が聾唖者だなんていう設定は原作にはありません。 もちろん、オリジナル設定なんですね。 この当たりのことを見ても原作どおりに進まないのが、この「バガボンド」だと思うんですよ。 バガボンドの佐々木小次郎はいつも背景に海がありますよね。 自由で奔放に生きているイメージの佐々木小次郎。 一方の宮本武蔵は野山が師匠の野生児としてのイメージがないですか? 佐々木小次郎のことを武蔵も 「この水に似た…男を知ってる。 とらえ所なく自由。 闘えば負ける」 と評しています。 つまり佐々木小次郎vs宮本武蔵というのは「海vs山」ではないでしょうか? 更にもっと飛躍してみると、小倉で九州に入ります。 九州は「火の国 熊本」もありますよね。 つまり九州を舞台にして「水の神、小次郎vs火の神、武蔵」となるのではないでしょうか?! 最終話に向けての農業編だった? 「バガボンド」には賛否両論あり、この 農業編が長すぎることが不満に思っている人も多いようです。 しかしこの農業編こそこれからの武蔵を描く上で大切なステップだったんだと思います。 宮本武蔵には今まで殺し合いの螺旋があり、そこから抜け出すために試行錯誤しますよね。 吉岡一門を根絶やしにしてから宮本武蔵はとにかく強くなるために戦いを続けます。 いつまで経っても終わらない殺し合いの螺旋から逃れるため、どうにかしているのですが、この期間は他のドラマやマンガではほとんど描かれません。 実際に宮本武蔵には空白の7年間があります。 京都から逃げ出して次に歴史の表舞台に姿を見せるまで7年。 この再登場が小倉になるのです。 ここまでの間で武蔵は放浪していたとされていますが、この期間はみな、一様に「やがて月日は過ぎ・・・」としているのです。 しかし井上雄彦さんの「バガボンド」ではこの時間経過という手段を選ばず、今までの武蔵を超えていくエピソードを描きたかったんだと思います。 農業編で武蔵が超えたもの、それは今まで「天下無双」になりたい!という強い我執だったのではないでしょうか? 更に、もう1つ深読みをするのなら、武蔵が農業編で戦っていたのは「水」です。 飢饉から脱出するためには、自分の田んぼにどうにかして水をため、お米を育てなくてはいけないのです。 そこで大切なのは「水」になりますよね。 この「水」に打ち勝つために武蔵は刀を鍬に持ち替えて戦うんです。 歴史の通りにラストを迎えるのだとしたら、武蔵はこの空白の7年間で小次郎の「水」に打ち勝つ何かを掴まなくてはいけなかったんです。 更に、己の我執に打ち勝つこともでき、遂には「助けてくれ」と他人に縋る武蔵というのもこの農業編で初めて見たのではないでしょうか? 最終回へ向けての土ならしということでこの農業編はこれだけのページを費やしてしまったんでしょうね。 ゴールは見えています さて、「バガボンド」 どうやら終わりは近づいてきているようですね。 休載中ということでここから先、一体いつ連載が再開されるのか分かりませんが、再開されるとなるときっとすぐにでもまた心躍るような場面に出会えることでしょう。 それこそ井上雄彦さんが目指すマンガだと思うからです。 今までの物語は全てラストシーンに向けての助走にしか過ぎないんですよ。 ここまできて読むのを諦めるのはもったいないですよ。 きっと最高の最後を用意して「バガボンド」を終結させてくれることでしょう! その最後の一コマを見るまで「バガボンド」を追いかけていきましょう(^^) (P. オレンジ) こちらの記事もあわせてどうぞ!.

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バガボンド最終回のネタバレ予想?今後の展開を井上雄彦の発言から読み解く

バガボンド

漫画『バガボンド』(作者:井上雄彦)は1998年から『モーニング』で連載中です。 吉川英治の小説『宮本武蔵』を原作とした作品で、現在37巻までが発売されています。 2014年7月に37巻が発売されてから2年以上が経過しました。 また2015年5月に327話が掲載されて以降は進んでおらず、最新刊となる38巻発売には至っていません。 これまでも休載期間が1年以上空く事がありましたが、2年という長期休載は初めてです。 最新刊の38巻はいつ発売されるのか、なぜ長期休載をしているのか、連載を再開するのはいつ頃なのか、最終巻はどうなるのかを TV番組やインタビュー記事、ブログやツイッターなど、 作者の言葉をもとに調べてみました。 発売した年 1999年 1巻 2巻 3巻 4巻 2000年 5巻 6巻 7巻 8巻 2001年 9巻 10巻 11巻 12巻 2002年 13巻 14巻 15巻 2003年 16巻 17巻 18巻 2004年 19巻 20巻 2005年 21巻 2006年 22巻 23巻 24巻 2007年 25巻 26巻 27巻 2008年 28巻 29巻 2009年 30巻 31巻 2010年 32巻 33巻 2011年 なし 2012年 34巻 2013年 35巻 36巻 2014年 37巻 2015年 なし 2016年 なし 2017年 ?? ??? 年 38巻 2011年と2015年にはバガボンドの単行本は発売されませんでした。 今年2016年に発売されないと2年連続で発売されないのは初めてになりますね。 ただ、37巻が発売した以降の話がモーニングですでに掲載されているので 作者の井上さんがあと2話分くらい書き始めたら、38巻は発売は早そうです。 だけど、あと1話か2話で38巻が出せるのに、どうして書かないの? もうこのまま終わりなんじゃないか、といった疑問を インタビュー記事やTV番組などから作者の言葉から調べてみます。 最終巻の情報 2年もの間、連載がなぜ止まっているのか 作者はなぜ書かないのか(書けないのか?)がわかる話として TV番組で作者の井上雄彦さんの密着ドキュメンタリーの放送の中で、作品の描き方などについての話を紹介します。 作者の筆が止まる理由 井上雄彦さんはペンではなく筆で漫画を描いています。 ペンというのは狙い通りに描くもので、筆というのは狙い通りに描くことも多いですけど、 そのなかでも線そのものの動きだったり、乱れだったり、そういうものがおもしろかったりする。 (作者) 筆が生きているように動くことがバガボンドの絵の魅力なんですね。 その生きたように動く 筆が止まってしまうシーンがTv番組では語られていました。 その中で次の3つのシーンについて語っていたことを紹介します。 武蔵が「祈りたくなる」というシーン(29巻) それまで強い相手と戦うことで自分の存在意義を見出してきた武蔵は 沢庵宗彭(たくあんそうほう)と語り合っているうちに天の存在に気付くシーン。 「祈りたくなる。 」というその武蔵の気持ちに研ぎ澄ますことができずに苦しみます。 そのときの武蔵が沢庵に話しているシーン 自分でも驚くほどの太刀筋が強くて速い剣使いができるときがある そんなときは 俺の体の・・・ 真ん中の奥が光ってる そんなときなぜか・・ 笑いがこみあげてきて・・ 祈りたくなる その光のことを あんたは「心に抱く天」と呼ぶんだろう? -俺は天と繋がっている- わかるような気がする 天と しっかりつながるほど剣は・・ そうか 自由で 無限だ サンプルがあるわけではなく、自分がその感情になって書くしかない。 2.佐々木小次郎が次々に人を斬らざるをえなくなるシーン 落人狩りにより生き残るために小次郎が戦わざるを得ないシーンが長く続きます。 小次郎は本当はこの戦いをしたくない、けれどそれを描かなければいけない 小次郎の辛さに引っ張られてしまい、自分でもわからなくなってしまった。 (作者) この時は 出口の見えない小次郎と連載に追われる自分が重なり、筆が持てなかったと言われています。 小次郎とそして一刀斎、権之助が落人狩りに囲まれるシーン(19巻) 月明りだけの夜や 一瞬のまどろみも許されなかった明け方 この深き山中に潜む恐怖の中で 小次郎は臆病さを身につけていった 一刀斎: 「 小次郎に欠けていたのは臆病さ 死の際を知り臆病になり なおかつ臆病を超えて前へ出ていく勇気 それが強さ 臆病と強さは相反しない 」 強い者ほど持つ臆病さを一瞬のまどろみも許されなかった明け方を迎えながら作者も描いていたのかもしれません。 3.又八のおばばの人生をどう終わらせるのか 又八が武蔵にそそのかされて村を出たと激しく憎み、命を奪うために旅に出たおばば。 旅先で病にかかり人生の終わりを迎える。 人を憎んだままでは成仏できないだろう、と。 もうちょっと、それ(憎んだ人生)だけじゃないっていうのをみつけたい(作者) おばばの最期(31巻) お杉おばばは20余年前に主人が亡くなり家の跡継ぎのため、妾に頭を下げて赤ん坊をもらいうけます。 そなたの未来はひたすらに広がっていく どこまでも 八の字の如く 又八と名付ける。 残りの人生をこの子に、命を捧げると先祖に誓っていたのに 武蔵に又八はそそのかされ村を出てしまったと、憎しみに生きた晩年。 血を吐き病にかかったお杉おばばに村に帰ろうという又八。 途中、崖から一緒に飛び降りようとするも、それもできず 自分の弱さを泣き叫ぶ又八におばばは言います。 「 ほうら 言うたじゃろ おぬしの未来は広がってゆく 八の字の如くに 負けるな又八 負けるな ただ真っ直ぐに 一本の道を進むは美しい じゃが普通はそうもいかぬもの 迷い 間違い 回り道もする それでええ 振り返って御覧 あっちにぶつかり こっちにぶつかり 迷いに迷ったそなたの道は きっと誰よりも広がっとる ええわいの 道が広がった分おぬしは誰よりも優しくできる わしも 武蔵も なれなかった人間になれる 」 夢の中で村の人たちに迎えられ一言。 「ただいま帰りましたぞい」 (作者が思っていた以上に描けたと言っていた顔) そうして、おばばの秘められた過去を描くことで穏やかな顔で最期を迎えることができています。 武蔵が驚くほどの太刀筋ができたときのように、作者も天とつながりお杉おばばの顔を描けたのでしょうか。 他にも 「主人公と同じ気持ちにならなきゃズルいと思った。 」と語っていましたから 作者は漫画の世界に入り込むことで納得のいく妥協のない作品作りをしているようです。 時代背景からもマイナスな感情の多いシーンを主人公たちと同じ気持ちで、描いていこうとすればするほど 筆が進まなくなる気持ちがわかるような気がします。 最終巻となる最期のシーン 物語は最終章に入っていて、作者も「もう終わりに近い」と言っていました。 2010年の公式ホームページでは「ラストイヤーとなるでしょう。 ・・なるはず。 」とも書かれていました。 けれど、 それが自分への圧力となってしまい書けなくなってしまったようです。 その時期のことを『空白』という本の中で語られていました。 「一番いい終り時を逃したのかな」という気持ちもずっとどこかにありました。 とはいえ、 巌流島に行かずに終わる選択肢は考えられなかったし、かといって流れを無視して いきなり「そして月日は流れ、巌流島ー」というわけにもいかず、ますます「終り時を逃したのか?」と 疑問が湧いてきて・・良くない循環でしたね。 休載前の話では武蔵が京都で忠興の父、幽斎の元を訪れていますが 最後はやはり『巌流島の決闘』が描かれるのでしょうか。 『巌流島の決闘』は武蔵は本当は遅刻していないなどの説がいくつかありますが、 原作の『宮本武蔵』で描かれている『巌流島の決闘』は有名な話ですね。 約束の時刻に遅れてきた武蔵は、鞘を海に放った小次郎に「小次郎敗れたり」と言い放ちます。 バガボンドでもそんなクライマックスになるのでしょうか。 そんな巌流島のシーンだとすれば、70人斬りした武蔵が牢にいる時に沢庵が話した言葉が思い出されます。 29巻 別な道を勧める沢庵との会話の中で「将軍家指南役」という言葉に反応する武蔵。 ー俺とあんたとどっちが強い?-その気持ちが我執だとして、それがまだ消えていない武蔵。 成長したのか?満足しちまったのか?と問う武蔵に沢庵は 「成長したんだ。 刀は鞘に納めるもの どんなに切れる刀も鞘がなくては むき出しのままでは 出会う者みな敵になる 納めるところがなくては いつか必ず 己自身を傷つける 道を極めたなら 刀は抜くまでもないもの そう師に教わったよ いかに鞘から抜かずにおくか そのために我々は死に物狂いで 剣を振っとるのだ ・・・武蔵よ お前もそこんとこまで来たのではないかね?」 またTV番組の中でバガボンドのラストシーンについて井上さんが語っていました。 「佐々木小次郎と武蔵の二人で最後は終わる。 戦うのか、敵なのか、そうじゃないのかははわからない。 刀は鞘に納めるもの、どんなに切れる刀も鞘がなくては むき出しのままでは出会う者みな敵になるという 沢庵の言葉通りに行けば最後のシーンで武蔵の刀がどう小次郎に向けられるのか、鞘に納められたままなのか気になりますね。 今回紹介した作者の井上さんの番組は「プロフェッショナル仕事の流儀」で u-nextで見ることができます。 600円のポイントが無料登録でもらえますのでポイントを使って無料でみることができます。 31日間動画見放題で期間中に解約すればお金は一切かからないので安心です。 作者・井上雄彦さんの表情と言葉からあなたはどんなラストになると思いますか? 秀作「 丈の高い草はあっという間に伸びてその陰になる地を這う草は枯れる そんなことはおかまいなしに上へ上へ目もくれずに上へ 宮本武蔵っていうのはそういう男だろう だが武蔵は変わった 」 百姓仕事をすることで「 か弱い命を生かすこと。 命をまっとうさせること。 」へと。 そんな武蔵と小次郎を作者はどんなふうに対峙させるのでしょうか。 秀作は土に出て働いて人の毒が出ると言っています。 毒とは「恐れ」「迷い」。 作者もいま「恐れ」や「迷い」を出しているのかもしれません。 そして2010年からの休載について『空白』で作者は答えています。 「めまい、頭痛、そして目の変調ー 自分の頭ではないような感じになってきた。 症状がひどく、痛いし、集中できない。 仕事が悪いのか、仕事をしたくないのが悪いのか・・・。 」 「自分がいったいどこに向かっているのかわからなくなっていた。 出発点や理由に還っていく余裕がまったくなかった。 」 そして年を重ねてきたことで 作品の在り方について考えが変わってきたようです。 「作品の在り方が地味になっていってもいい。 『まだやってんのか。 』的な見方にはこれまで耐えられず 『うるせー!』と思う自分がいたけど、今は静観できる感じなんです。 」 描きたいと思ったときに描く、そんな心境になったとも。 現在、2年もの間が空いているのもまだ『そのとき』ではないのでしょうね。 長引くことに抵抗を感じなくなったようですから休載期間もまだ長引きそうな予感です。 ただ、途中で終わるつもりはないと言っているように必ず連載を再開し最後まで描いてくれることと思います。 そして連載を再開する時期として、希望的な予想をしてみます。 2016年7月のブログの中でバスケットボールの選手で田中大貴選手へ思いを馳せて、次の言葉がありました。 『強烈な焦燥感を持って自分を向上させるべく動き始めたかもしれない。 』 この気持ちが作者自身の中にもあるとしたなら、またバガボンドの作品への気持ちが動き出すときがあるとしたらいつのなのか? パラリンピックでは車椅子のバスケットボールが日本は出場しますが、その選手たちと交流のある作者が何を思うのか? オリンピックという特別な舞台で選手たちが情熱をもってプレイする姿を観たあとに何を思うのか? 選手たちがパラリンピックでの戦いを終えホームに帰り、また新たな戦いが始まるとき 作者のバガボンドの再開があるのではないかなと。。。 今年の12月か新しい年の始まりから再開ということで1月か、そんな希望的予想をしています。 (2018年9月7日追記) 現在連載再開の予定はありません。 バガボンドのデジタル化は? この分だと連載20年を迎えそうな予感ですが、20年というと時代の流れも大きく変わっていきます。 連載誌の『モーニング』は2013年からネット配信のデジタル版「Dモーニング」の刊行を開始しています。 『空白』の中でも作者自身の時代の流れ、作品の在り方などの考え方の変化を感じましたがデジタル化について インタビューで次のように答えています。 『バガボンド』みたいなのはデジタルだとダメだなと思うし。 でも、作品を見る環境が時代と共に変わってくるし、 デジタルで描いたものはデジタルで見てほしい気がするんですよね。 逆にデジタルでしか見ない…そういう時代がもし来たとしたら、デジタルで描いたほうがいいよなって気がします。 なるべく描いたように見てほしいじゃないですか。 そこに齟齬(そご)があったらよくないなと思うから。 全くするつもりはないってことではないんですけど。 でもたぶん…俺は紙と共に死ぬ。 筆で描く作者の覚悟を感じます。 そういったアナログでしか読めない漫画は大事に保管したいですね。

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