斎藤 まさし。 れいわ新選組(朝鮮総連)⇔斎藤まさし(よど号犯)⇔宇都宮徳馬(日本共産党)③

山本太郎「ぼくは斎藤まさし(公民権停止中の北朝鮮シンパ)が生み出した千分の一!」。斎藤まさしはよど号ハイジャック犯と拉致事件犯人の息子も支援。

斎藤 まさし

山本太郎氏が設立した新党「れいわ新選組」が比例で228万票で2議席を獲得した。 山本氏は6年前も「お騒がせ」ぶりが際立っていた。 東日本大震災以降、反原発と東北地方の農産物へのエキセントリックに拒否する態度は異様だったが、旧民主・民進党系(立憲民主および国民民主党)よりも左に振れ「極左」とまで言える変貌を遂げた小沢一郎氏の「生活の党(自由党)」と組むことで、選挙で戦えるようになったと言える。 それを今回、山本氏は自由党を離党して新党を立ち上げ、一気に野党の話題をかっさらい、メディアにも持ち上げられている。 この背後に何があったかご存知だろうか。 れいわ新選組を支えた選挙参謀 斎藤まさし氏とは? 「れ新組」での山本氏の戦いぶりは、従来からの反原発、反TPP、反沖縄基地という政治スタンスに加え、消費税廃止、最低時給1500円、奨学金チャラ、公務員増員、国債発行でデフレ脱却給付金、障害者への「合理的配慮」反対などだ。 安倍政権反対と掲げてはいるが、デフレ脱却のためインフレターゲット2%というのはアベノミクスでやってきたことそのものだ。 ただ、大企業を敵視するスタンスは共産党と全く同じ。 最低賃金引き上げれば中小企業がどんどん潰れる(現在の文在寅政権で行っている)と理解していないようだ。 そして「特定枠」としてALS患者の舩後靖彦氏と重度障害者の木村英子氏を立てた「戦略」が見事に的中した。 インターネット上で資金を募る「クラウド・ファンディング」で有権者の参加を促すという手法も、4億円の支援が集まり、「追い風」手応えを感じたことだろう。 しかし、選挙戦を戦う中で、山本氏は「新党今はひとり」なる政治団体を設立していたが、「ひとり」で選挙など戦えるわけがない。 表向きは山本氏が1人で動いているように見える。 6年前の選挙や沖縄での辺野古移設反対運動で「共闘」していたのが、極左過激派「中核派」との協力関係だ。 さらに、6年前の選挙でも「選挙参謀」として動いていたと言われるのが、「市民派選挙の神様」の異名を持つ斎藤まさし(本名=酒井剛)氏だ。 山本は中核派の反原発組織NAZENの呼びかけ人でもあった。 事務局長は元全学連委員長 織田陽介()。 元国会議員秘書で現在ジャーナリストの安積明子氏の「選挙ドットコム」の記述によると、今回の選挙でも斎藤氏が動いたようだ。 新宿の街頭演説にも現れた斎藤氏は、「桃太郎」のようなカラーで演説と寄付集めのアイディアを指南したり、山本氏の比例区転出もアドバイスしたという。 斎藤氏は80年代にMPD・平和と民主運動で国政をめざしその後「市民の党」を立ち上げた。 旧民主党政権時代に、菅直人元首相との献金がらみやよど号ハイジャック犯・田宮高麿の子を選挙に担ぎ出した北朝鮮と強いつながりを持つ人物だ。 彼は2015年の静岡市長選で公職選挙法違反で最高裁で有罪が確定した身分だ(執行猶予中)。 左翼的ポピュリストに日本国民は騙されてはならない。 この「選挙のプロ」の指南を受けた「れ新組」で山本太郎氏は、選挙中、 共産党候補の応援にも足繁く通っている。 立憲の枝野氏は「自称保守」を言わなくなったが、党内では共産党と「共闘」はするが「連立政権」には反対論も根強い。 そんな中、「れ新組」が自由に共産党に秋波を送る態度が、立憲には羨ましく映るのではないだろうか。 山本氏は奇矯な振る舞いが突出したまさにカリスマ的左翼ポピュリストと言ってよい。 表面では人権重視派に見えるが、福島の風評被害にはまったく意に介さない。 それがポピュリズムたるゆえんである。 彼らの正体は、過激派「中核派」とも連携してきた「第2共産党」であり、良心的な国民までもが騙されぬよう、その動きを警戒すべきである。 思想新聞文化共産主義 躍進「れいわ新選組」の正体 8月1日号より(掲載のニュースは本紙にて) 8月1日号 自民「鬼門」突破 与党改選過半数獲得 / 名古屋安保大会に800人集結 / 主張 改憲の「大義」を公論で起こそう etc.

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斎藤まさしとは

斎藤 まさし

山本太郎のバックに斎藤まさしがいる? 2人の関係について「週刊文春オンライン」は次のように報じています。 一時は政党支持率で共産党に並ぶ野党第2党に躍り出た「れいわ新選組」。 果たして、 この「れいわ現象」の背後には誰がいるのか。 名前が挙がった1人が、 極左の活動家で知られる「市民の党」の斎藤まさし代表(公職選挙法違反で有罪。 2021年まで公民権停止)だ。 斎藤氏はこれまでも様々な地方選で無党派の選挙ブレーンとして暗躍していた。 官邸サイドも、 斎藤が山本の街頭演説に現れていたことを注目していたという。 (2019年9月21日配信) 上記の通り、斎藤氏は山本さんのブレーンを務めていたのです。 斎藤氏はこれまでにも様々な人物の選挙をプロデュースしており、選挙には欠かすことのできない人物として知られていました。 しかし、当の山本さんはこの疑惑を真っ向から否定しています。 「関係ない。 彼は選挙運動できない立場ですから。 演説の現場には来ていたようですが、 『誤解を受けるから来るな』 とは言えません。 」 「これはどの立場の方に対しても同じです。 政治家の街宣の場での排除は、 よほど悪質でない限りはやってはいけないことだと考えます」 山本さん本人によると、「私にはバックはいない」とのこと。 公民権停止の理由とは? 斎藤氏は2021年まで公民権が停止されており、選挙活動に関わることができません。 一体なぜ、彼は公民権を停止されたのでしょうか? そこで、この背景について調べたところ、以下の報道が確認されたのです。 4月の統一地方選挙の静岡市長選で落選した元薬局チェーン役員、高田都子(ともこ)氏陣営の選挙違反事件で、 静岡県警は26日、 投票を呼び掛けるビラ配りを依頼した見返りに現金5百数十万円を支払う約束をしたなどとして、 公職選挙法違反(利害誘導・事前運動など)の疑いで、 東京都練馬区の無職、 酒井剛容疑者(63)ら男3人を逮捕、 静岡市議の宮沢圭輔容疑者(36)を再逮捕した。 「菅直人とは30年ぐらい前からの付き合い」と発言している。 斎藤氏は菅直人元首相と以前から親交があり、 1980年の衆院選では菅氏を斎藤氏が応援している。 この時、 菅氏は4度目の国政挑戦で初当選を果たした。 斎藤氏が代表を務める市民の党は、 よど号ハイジャック犯の息子と関係が深く、 その派生団体は2年前(2011年)に菅元首相の資金管理団体から2009年までの3年間で合計6250万円の献金を受け取っていたことが、 国会で問題となったことがある。 (2013年7月23日).

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堂本暁子

斎藤 まさし

来歴 島根県邇摩郡五十猛村生まれ。 島根県立大田高等学校卒業。 1970年、上智大学外国語学部ロシア語学科に進学し、在学中から学生運動に参加。 1971年の学生訪中団にも加わる。 1972年に上智大から除籍処分を受けた。 1974年に新左翼系の学生運動団体「日本学生戦線」を、1979年には同じく新左翼系の「立志社」を設立した。 前妻は田英夫の娘で、田は斎藤の義父にあたる。 1983年、参議院議員の田英夫元社会民主連合代表や八代英太、宇都宮徳馬らと政治団体「」を立ち上げ、1996年には市民の党を結成。 市民の党は関東圏を中心に、地方議会に議員を送り込んでいる。 また斎藤の呼びかけにより、主に民主党から国政選挙に立候補した候補者の選挙支援が目的の、から派生した政治団体「政権交代をめざす市民の会」も立ち上げられている。 かつてはわしお会代表や、『わしお英一郎東京応援団』会計責任者を務めていた。 なお「」「わしお会」「わしお英一郎東京応援団」は所在地が同一で、会計責任者も同一人物が務めている 「斎藤まさし」の名前で各地の選挙運動を手がけて候補者を当選に導き、「無党派選挙のプロ」等の評もある[要出典]。 市民の党が勝手連的に応援し、当選した候補者には中村敦夫(元参議院議員)、秋葉忠利(前広島市長)、堂本暁子(前千葉県知事)、嘉田由紀子(滋賀県知事)、川田悦子(元衆議院議員)・龍平(参議院議員)、黒岩宇洋(衆議院議員、ただし市民の党が応援したのは参院選出馬時)、篠田昭(新潟市長)らがいる。 また元社会民主党所属で、参議院議員を辞職して神奈川県知事選挙に立候補した田嶋陽子のサポートも行ったが、田嶋は松沢成文に敗れた。 菅直人が初当選した際の選挙も手伝っており、民主党議員約100人の選挙応援を行っている。 この解説文は、した内容に基づいています。 その正確性や網羅性をはてなが保証するものではありません。 問題のある記述を発見した場合には、よりご連絡ください。

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