サザン オールスター ズ hotel pacific。 サザンオールスターズ

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1978年に「勝手にシンドバッド」でデビュー、日本のロック&ポップスシーンに大きな影響を与えてきたサザンオールスターズの全972曲 ソロ作品など含む が、ストリーミングサービスでの配信がスタートしました。 2世代、3世代に渡るファンに愛され続けているサザンオールスターズの魅力は多岐に渡ります。 今回はサザンオールスターズをファンとして聴き続け、そして近い距離で仕事をさせてもらった筆者が、サザンオールスターズの魅力を振り返ってみました。 往年のファンの人はもちろん、若い世代の方も改めてサザンオールスターズの魅力を知ってもらえればと思います。 時代の新しいサウンドを生み続けるサザンオールスターズ サザンのアルバムの1曲目を聴くのが楽しみでした。 そこでは王道のサザンナンバーではないどころか、これまで聴いたことがないようなサウンドに出会えたからです。 例えば1985年に発表された2枚組のアルバム『KAMAKURA』は、当時出始めたサンプラーやデジタル・シンセサイザー、ドラムマシンなどが使用され、これまでのサザンとは一線を画す実験的な作品がたくさん収録されています。 その冒頭を飾るのが「Computer Children」。 6分12秒の作品の中に誰も体験したことのないようなサウンド体験が散りばめられていて、この曲を夢中になって聴いていました。 ミリオンセールスになった1996年発表の「愛の言霊〜Spiritual Message〜」も同様で、最初に聴いた時に、これまでに体感したことのないサウンド構成、そして日本語の美しさが絶妙に連なり、圧倒されました。 それに加え異国情緒を醸し出すガット・ギターやバリトン・サックス、桑田佳祐のラップによるエンディングまで耳を離すことができなかったことを覚えています。 前年に発表された「あなただけを~Summer Heartbreak〜」というサザン王道のラブソングとはまったく違うアプローチも衝撃でした。 衝撃といえば桑田佳祐の「東京」 2002年 も同じです。 「波乗りジョニー」「白い恋人達」と大ヒットシングルに続く新曲がとてつもなくディープで重い作品だったことに愕然としました。 サザンの凄さは求められているものに迎合しないスタンスを継続し続けてきたことでもあります。 一筋縄でいかない新しい作品こそがサザンの大きな魅力であることは間違いありません。 夏の恋とエモさとサザンオールスターズ 夏がやってくると自分の理想の夏サザンの曲をカセットテープに録音してずっと聴いていたのは大学生の頃。 そんな夏の始まりはサザンと恋の予感! 〈彼女が髪を指で分けただけ それがシビれるしぐさ(「栞 しおり のテーマ」)〉や、〈抱かれてしびれた ほんのチョットだけで 「海」 〉に登場する女性たちにドキドキし、まだ見ぬ大人の女性との出会いに胸がときめきました。 そして〈四六時中も好きと言って〉と最強にロマンティックな表現を教えてくれた「真夏の果実」や、〈心に咲く花は 君の香り〉と歌う「悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)」で決め言葉を知り、夏の恋は最高潮に達します。 でも夏の恋は儚いもので〈いい女にはForever また夏がまた来る〉と歌う「メロディ Melody 」で鮮やかだった夏の恋の終わりを感じ、9月の風を感じる頃には〈君が思う男は 他にいる気がして 「NEVER FALL IN LOVE AGAIN」 とすっかり弱気になった男心に共感できました。 そんな夏の恋の手ほどきを教えてくれたサザンの作品は数々あれど、その金字塔として「Bye Bye My Love U are the one 」を紹介します。 波音は情事のゴスペル あの夏よいずこへ 酔いざめのヌードで今、 誰かに抱かれてる この言葉は本当に大人の世界そのものでした。 恋の終焉を迎え、自分ではどうすることもできず離れていく女性への未練を歌った作品ですが、その感情を36文字の歌詞で見事に表現してくれています。 「波音って情事のゴスペルみたいだと思わない?」って歌詞を丸パクリして大人ぶっていた時期もありました。 そして秋が始まる頃には磨り減ったカセットテープは切れてしまい、サザンと一緒に過ごした夏が終わります。 サザンの言葉は間違いなく大人になる教科書でした。 社会を直視するサザンオールスターズ サザンは政治、組織や体制、経済格差など社会問題を取り上げた作品もたくさん発表しています。 二度と戦争が起きないようにと歌に託した「ピースとハイライト」や、少ない言葉ながら歴史に翻弄された少女たちに想いを馳せたメランコリックな「悲しみはメリーゴーランド」、〈この国が平和だと誰が決めたの? その中で紹介したいのが、あえての美輪明宏のカバー曲「ヨイトマケの唄」。 記憶が正しければ、この曲を初めて聴いたのは桑田佳祐ソロツアー「桑田佳祐 LIVE TOUR '94 -さのさのさ-」のステージ半ばでした。 桑田佳祐が歌う「ヨイトマケの唄」を聴いた時に微動だにできず、歌を聴いて初めて涙をポロポロ流していました。 この曲は「土方 どかた 」や「ヨイトマケ」などの差別用語とされる言葉が含まれ、日本民間放送連盟により要注意歌謡曲 俗にいう放送禁止歌 に指定され、長らく民放局で歌われることはありませんでしたが、自身の音楽番組『桑田佳祐の音楽寅さん ~MUSIC TIGER~』で2000年に歌唱され大きな反響を得ることになります。 放送禁止歌という得体のしれない言葉に縛られることなく、時代を超え〈親に対する普遍な愛〉に溢れる曲は桑田佳祐を通じて多くの人に聴き継がれることになったのではないでしょうか。 昭和歌謡とダンスホールとサザンオールスターズ サザンを語る上で忘れてはならないのが「昭和歌謡」をルーツとした様々な作品です。 桑田佳祐はビートルズやエリック・クラプトン、ボブ・ディラン、リトル・フィートなどの海外アーティスト同様、内山田洋とクールファイブ、弘田三枝子、ザ・ピーナッツ、植木等など昭和の歌謡曲に大きな影響を受けており、長年取り組んできたエイズ啓発活動「Act Against AIDS (AAA)」の一環として、 2008年以降3度にわたって開催された「ひとり紅白歌合戦」でも、昭和の歌謡曲やグループサウンズ、フォークやニューミュージックなど数多くの名曲を歌い継いでいます。 初期の名作ナンバーは原由子のボーカル曲「私はピアノ」。 切ない女心を ザ・ピーナッツ的なメロディで表現しつつ、曲間の男と女の会話のやり取りを昭和の偉大なるコミックバンドであるザ・クレイジーキャッツ風な掛け合いで表現しています。 それでいて歌詞にラリー・カールトンやビリー・ジョエルといった当時の洗練された洋楽アーティストも登場し、昭和歌謡的アプローチと都会的エッセンスを見事に調合させています。 「チャコの海岸物語」「HOTEL PACIFIC」などのヒットソングを生み出し、また「匂艶 にじいろ THE NIGHT CLUB」や「そんなヒロシに騙されて」など昭和の大人たちの社交場だったダンスホールの空気感を感じさせるような作品も絶妙でした。 この桑田佳祐の昭和歌謡DNAは、最近の「若い広場」や「天井棧敷の怪人」にも宿り続けています。 サザンオールスターズは口に出せない隠語の宝庫! サザンオールスターズの「エロスな視点」も欠かすことのできない大事な要素。 おそらく日本の音楽シーンにおいて、これほどエロい作品を残しているのはサザンだけではないでしょうか。 男の切ない恋心を歌っている作品にでてくる〈指でさぐることなどつらい In your socket〉という歌詞が当時はまったく理解できず、桑田佳祐の独特の喩えの表現だったと知るのは大人になってからでした。 サビで「スケベ」と歌うために作られたという「スキップ・ビート SKIPPED BEAT 」はカラオケでよく歌われている作品ですが〈君にとりこの純生ジュニア〉とか結構意味深な言葉が隠れています。 また「C調言葉に御用心」のBメロに出てくるのは〈たまにゃMaking Love そうでなきゃ hand job〉という歌詞。 自慰行為のことをセンスよく言い回しているのはあっぱれです。 そしてエロさは徐々にタイトルにも登場、「マイ フェラ レディ」「クリといつまでも」「HONKY JILL~69(あいなめ)のブルース」と、あのことやあの部分を喩えていると思わざる得ない作品へと進化していきます。 そしてサザンのエロい作品の金字塔は「経験II」。 爽やかなサマーラブソング「涙の海で抱かれたい~SEA OF LOVE~」のカップリングに収録されていますが、油断して口ずさむと彼女に頬を叩かれるのでご注意を。 「経験II」はサザン史上最強にヤバいエロ度MAXな作品です。 歌詞は是非みなさんご自身で確認してみてください。 真面目な話をするとエロスは人間が持つ本能です。 ギリギリの言葉でその本能の想像力を枯渇させないように桑田佳祐は歌いかけているのではないでしょうか。 サザンのエロい作品は音楽を超越した神々しさを感じるのと同時に、ここまで歌い続けるロックスピリッツに感服します。 サイダー味のサザンオールスターズ サザンオールスターズとサイダーの関係は古く、サザンオールスターズの記念すべき初出演CMは「三ツ矢サイダー」でした。 CM曲となった「青い空の心(No me?More no!)」はサザンらしい情緒的な言葉と遊び心のあるメロディの作品で、この作品を聴いてからサイダーがなぜか大人っぽく感じるようになったものです。 そして時を経てデビュー40周年記念日となる2018年6月25日から再びサザン全員が「三ツ矢サイダー」のCMに登場、「壮年JUMP」を聴いた時は当時と変わらない瑞々しさを感じつつ、懐かしい空気に触れたような気がしました。 ちなみにどちらの作品も〈サイダー〉という言葉が登場するので、ぜひ聴き比べてみてください。 サザンの曲にはサイダーは登場しないものの、澄み渡った青い空や、澄んだ空気を感じさせてくれる曲もたくさんあります。 このプレイリストにはサイダーのようなサザンソングを選りすぐっています。 サザンオールスターズのロックン・ロール 最後にお届けするのはロックン・ロールなサザンです。 よく使われる邦ロックという範疇ではなく、ロックン・ロールと表現するのがふさわしいのだと思います。 60年代-70年代の洋楽の匂いをさせながらも、独自に構築された作品は数々あります。 KUWATA BANDでは収録曲すべてが英語詞作品という当時としては革新的なアルバム『NIPPON NO ROCK BAND』を発表しています。 そして桑田佳祐の3作目のオリジナルアルバムとして2002年に発表された『ROCK AND ROLL HERO』は、日本のロックンロール・アルバムの最高峰といっても過言ではないぐらいに濃密なアルバムになっています。 桑田佳祐が敬愛するボブ・ディランを彷彿させるブルージーな「HOLD ON It's Alright 」で始まり、2曲目の「ROCK AND ROLL HERO」は日本とアメリカの関係を皮肉りながらもロックサウンドが痛快なナンバー。 Suchmosのボーカルで桑田佳祐と同じ茅ヶ崎市出身のYONCEは、11歳の頃にこの曲を聴いて歌詞の社会性に感銘を受けたことを述べています。 アルバム『ROCK AND ROLL HERO』はこれからもロックバンドの教科書として、いまの若いバンドマンたちに是非聴いてもらいたいアルバムです。 そしてサザンのアルバムにはもちろん、シングルのカップリング曲にも絶妙なロックン・ロール作品が収録されています。 是非このプレイリストでサザンオールスターズのロックン・ロールを聴いて気持ちをアゲてみてください。 今回のコラムでは7つの側面からサザンオールスターズの作品を紹介してきましたが、「桑田佳祐が描いた原由子のガーリーな世界」とか「1曲で3曲分美味しいサザンオールスターズ」とかまだまだ多彩な魅力を紹介しきれていません。 是非また別の機会に紹介できればと思います。 ササンオールスターズが40年以上に渡りバンドとして成立し続け、日本中の多くの人から愛され続けているのは、多彩な音楽がその時代時代でフィットし続けているからでしょう。 いつか自分も孫ができたら一緒にサザンオールスターズのライブに行けることを楽しみにしています。

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概要 メンバーはの学生らで結成されから断続的に活動が始まり、1978年に「」でデビュー。 に「」が大ヒットし、には 「」「」などがヒット。 になると「」「」「」「」の4作がとなり、には「」がダブルミリオンを記録。 その後「」や「」「」などもヒットし、に入ると「」「」などがヒットした。 大半の曲はのが作詞・作曲・歌唱を担当している。 バンド名の由来 バンド名の由来は、桑田が地元の友人であるにバンドの名前を考えてほしいとお願いし、宮治がの『』をBGMにしてポスターを製作中、一息入れるために風呂でラジオを聴いていた際に の来日コンサートの宣伝が流れ、風呂から上がった際につけっぱなしのレコードからニール・ヤングの「 サザン・マン」が流れていて、これを組み合わせた際の響きが良い事と、当時桑田の家が茅ヶ崎市南湖にあった事に掛け 、「サザンオールスターズ」という名前を考え出した。 メンバー• プロフィールは公式サイトの内容に従う。 名前 よみ 生年月日と年齢 血液型 出身地 担当 くわた けいすけ 1956-02-26 (64歳) A型 せきぐち かずゆき 1955-12-21 (64歳) O型 まつだ ひろし 1956-04-04 (64歳) O型 はら ゆうこ 1956-12-11 (63歳) B型 神奈川県 のざわ ひでゆき 1954-10-19 (65歳) A型 元メンバー 名前 よみ 生年月日と年齢 血液型 出身地 担当 備考 おおもり たかし 1956-12-12 (63歳) A型 ギター 付で独立 音楽性 は一般的には夏をイメージしたポップスや、ロック色の強いもの、などが知られているが、他にも・・・・・・まで幅広い要素を取り入れた楽曲があり、題材は・・郷土愛・・・・社会・など多岐にわたり、こうした様々な要素を意欲的に取り入れている。 当然、夏以外の季節をイメージした楽曲も多く発表されている。 ちなみに、桑田は日本の四季の中では春が一番好きである事を公言している。 影響 桑田は、、、、、、からの影響を語っている。 楽曲制作・レコーディング 桑田はメロディやサウンドを鳴らしたいという動機で作曲・演奏を始めたため、主に""で楽曲を制作している。 そのため、初期の頃は「歌詞の意味はどうでもいい」と捉え「料理でいうお皿のようなもの」という感覚だったと述べていた。 その後はファンの反応や 、サポートミュージシャンを務めた・といった桑田曰く「詞の事をとても気にする人達」の影響で洗練されたものが多くなっていった。 1990年代からは用語やが少しずつ登場するようになり 、2010年代からは英語を意識的に減らしていくようになり日本語の歌詞を重視して書かれることが多くなった。 サザンの大半の楽曲のレコーディング形式としてはまず桑田が曲やポイントとなる言葉の一部分を作り、スタジオでメンバー・サポートミュージシャン・スタッフ・エンジニアなどにそれを伝え、全員がアイディアを出し合いながらイメージを膨らませ仮歌やオケを録音する。 それと並行して桑田が作詞の作業に取り掛かり、一通り作詞して歌入れを始める。 これ以降アレンジなどの細かな修正を繰り返して楽曲が完成するというものである。 また、「曲によって異なったニュアンスを出すため」という理由でベースなどを桑田が担当メンバーに代わって演奏することも時折ある。 桑田は作詞をする際に入念な下調べを行っており、さまざまな情報をくまなくチェック・インプットをし、それが曲のアイデアに繋がっていると野沢は述べており、「週刊誌なんかは、ぜんぶ読んでるんじゃないか」といった推測もしている。 歌詞はほとんど想像で書くこともあれば 、楽曲のテーマに関係する人物あるいはそれに詳しい周囲の人物やスタッフへの取材をもとに書かれることもある。 歌詞の中で桑田自身と異なる歌手像やペルソナが設定されていることも多い。 桑田が制作した楽曲の歌詞には前述の理由からメロディや符割りを優先する故に文法として正しくないものや 、勘違いして書いてしまった歌詞がそのまま使われたりする事もあり 、スタッフが訂正を促すこともあるが、歌いやすさなどを理由とした桑田の意向で大抵はそのまま残されている。 近年ではライブなどで演奏することを想定して制作したものも多くなった。 過去の作品には制作したものの、作り込み過ぎたが故にライブでの再現ができなかった楽曲が何曲も存在すると桑田は述べている。 サザンの楽曲は前述のとおり大半を桑田が制作・歌唱しているが、野沢を除き他のメンバーも一部の楽曲を制作・歌唱している。 なお、メンバー全員で制作した曲は「」「」、個々のメンバー同士の共作は「」「」のみである。 バンドとしてのスタンス 前述の通りバンド活動に集中する時期と各メンバーがソロ活動に集中する時期があるため、関口は「良くも悪くも、何かしら口実を設けないと動きにくいバンド」と表現している。 桑田は「大本営発表がある方が動き易いというか、先に流れをパーッと決める方がみんな楽だから。 そういうバンドなんですよ 笑 」と語っている。 バンド仲について桑田は「やっぱりお互い若い時分には険がありましたよ。 だけどもう、これこそ何度かバンドを休ませたりしているうちに、角が取れてきたというか 中略 互いの光る部分を見出し易くなった。 今更無理難題を投げ合うくらいなら、その分できる事をたくさん頑張る方がいいもんね」と述べている。 また、関口はサザンが長く続いた秘訣として「『休み休みやることかな』としか答えようがない」と述べている。 桑田はサザンは5人だけではなく、スタッフを含めた総力戦であると述べている。 また、桑田はサザンをディレクションする点で最も重きを置いている点として「自分を含めたメンバー全員のバンドマンとしての気概とプライド」を挙げており 、メンバー全員は陰ながら努力を重ねていると述べている。 2020年にが流行して、芸能イベントや音楽ライブが中止となり大打撃を受けた。 ~」を開催した。 医療関係者だけでなく、400人のスタッフ達への感謝を込めてで通常のライブと同様に大規模なステージを作り、ライブが行われた。 楽曲の世界観 和洋折衷 やのようにコード進行やメロディなどを「和洋折衷」と評す者も多い。 歌詞についてはでのが「日本語の可能性を最大限に広げている」と評しており、桑田がたびたび行う 二重読み についても「こうした表現はやの時代によく見られる表現なんですね 中略 ひらがなは私たちの身体にスッと入っているもの、漢字は理知的で、頭のほうに入って来るものですのでこうして表現をする事によって、頭と身体の両方から掴む効果も生んでいると思います」と評価している。 また、との混在も桑田の歌詞の大きな特色であるとしている。 桑田は日本語の情緒を「ある面でサザンがやっている事と合うと思う」と考えており、「言葉の意味そのものよりも、古来から日本語の持つ情緒、"粋さ"みたいなもんで自分の感性をダイレクトに出したい」「ビートルズとか外国の文化にもろに影響を受けてるけど、やっぱり日本のの感覚っていうのを、もっと音楽に出していきたい」と述べている。 初期の楽曲に登場した「ちょいと」などのフレーズに関しては、やなどの語感に影響を受けたものであると述べている。 「」「」「」などのように古語を取り入れた歌詞をロック調のメロディに乗せた楽曲も存在する。 松田はこうした和洋折衷な路線を「自分たちなりの和モノ路線というか、洋楽と和モノの折衷を、俺たちはかっこ悪いものとしてとらえていないから」と述べており、桑田の楽曲に対するバランスのとり方を高く評価している。 亀田誠治は、桑田の事を「『である 』っていうことを最大の武器にして音楽を作られてる方だと思いますね」と評し、上述する和洋折衷な歌詞を「すごく日本っぽいキーワードをたくさん使ってる」「日本っていう国が持つ文化とか日本民族の歴史みたいなものを、桑田さんはごく自然に音楽の歌詞としてまとめあげてるんじゃないかっていう気がするんですね」などと高く評価している。 主に初期作品での英詞の監修を手掛けていたは和洋折衷な表現をする桑田の事を「日本人の洋楽コンプレックスを解放してくれた男」「明治や大正の文豪に連なる人」と評価している。 楽曲だけでなくライブの演出やグッズ・DVDなどにも要素を取り入れることも多い。 異国情緒的なモチーフを取り入れることについては、桑田が監督を務めた映画『』の制作時に「 劇中でで歌唱する楽曲が流れたり、文字が書かれた看板やが登場する事について ミスマッチの仕方が、多少定番とズレている方が面白い」といった持論を語っている。 また、 がきっかけでに関するデマが流れた事もある。 「」「」「」などのようなを意識した楽曲も制作されている。 エロティック エロティックな曲を制作する理由について桑田は「音楽って、やっぱりセックスがないとダメだと思うのね。 (中略)そういう事の方が素直に歌詞にしやすいわけ。 これは性格だと思うんだけど」と述べている。 齋藤孝は桑田のエロティックな表現について「日本人が明らかに性を謳歌していたの文学作品に通じるものがある」と評している。 亀田誠治は、桑田の妻である原由子の存在が桑田のエロティックな表現の品格を上げていると評価しており、「「桑田さんのエロは、かわいいエロなんですよ。 ゆるしてあげてね、みんなでパーティー楽しもうね!」といった空気を、原由子さんの存在が醸し出してくれている」と述べている。 は桑田の事を「本当にいいやつ。 心が素晴らしいから、あんなスケベな曲が作れるんだよ」と述べている。 社会風刺・反戦歌 やなどの楽曲については5thアルバム「」の頃から制作されている。 こうしたテーマの楽曲を作ることについて桑田は「光を描こうとすれば、どうしてもその対極にある忘れてはならないことも描かなければならない」 「明るいだけの歌はあまり面白くない」「大人でいれば辛いことがたくさんある」「世の中が不穏で歪んでいれば、歌だって自ずと歪むと思うんです」 「僕だって自分の日常がありますから、全ての問題について毎日思い続けていられるわけじゃない。 (中略)ただ、それでもおかしいことはおかしいと思うものだし、たまたまそれがきっかけで音楽が生まれたのなら、それを歌えない空気も、そこで歌えない自分も僕は嫌なんです」 といった考えを述べている。 一方で、インタビューでは「難しいことはよく分からない」 「政治も疎い」 といった事も述べている。 事実、桑田が風刺や反戦をテーマにして制作した楽曲は、単に世相を批判したり、後ろ向きな事柄を描くだけでなく、曲によっては後ろ向きな事柄を描いた上で前向きな歌詞を書いたり 、日本国民に寄り添いエールを送ったり 、平和ボケをしている自分たちへの自戒を込めたり 、解釈を聞き手にゆだねるものも存在する など、趣向を凝らしている事も特徴である。 なお、かつてはこういったテーマの曲で歌詞に過激なフレーズを入れた事も何度かあったが 、後年にはそうしたフレーズへの興味はなくなっており、「やっぱり流れが良くないと、尖った言葉ばっかりの羅列だと、やっぱりポップミュージックとしてはね。 僕はあまり好きじゃないんですよね。 メロディも大事だし」 「僕だってこう見えて、コンプライアンスだのなんだのと昔と比べたら相当気を配っているんです」 といった発言をしている。 反戦歌を作ることについては「戦争はなかなか無くならないことも、平和を訴えるうえでのある種の虚しさも、大人ですから薄々は気付いています。 でも言うだけでも言わなきゃ夢が持てない。 僕は夢のない世の中が一番怖いと思っています」と述べている。 桑田の反戦を訴える姿勢は祖母や父の影響によるものであり、特に父からはからのだったこともあって、満州での話や「品格とは真逆の、人間が究極の状態に追い込まれた時の様子」などの話をよく聞かされていた事を述べている。 また、反戦歌の面ではやがきっかけで戦争や平和を意識した事と 、社会風刺の面ではの漫談やが出演していた『』が好きだった旨を語っている。 は、桑田がこうしたテーマで制作した楽曲を「自分の言葉のメッセージで社会を変えよう、政治に物申すっていうのではなくて、桑田佳祐もも、歌にした動機はひとつ、歌いたいからだったと思うんですよね」と評しており、桑田本人もこの主張に賛同している。 2015年のインタビューでは「メインストリームで風刺やを歌うアーティストが少ない現代で寂しさや使命感、もしくは矜持のような感情を抱くことはありますか? 」といった質問をされ、桑田は「全くありません。 そこは人それぞれですから。 作品としての歌って、本来は衝動的な叫びみたいなものじゃないですか」と答えている。 タイアップ先への気配り CMソングや映画主題歌などの場合はタイアップのコンセプトや内容に合わせて制作することもあり、桑田がそういったイメージを曲より先に言葉にしてメンバーやスタッフに伝えるケースも存在している。 これについては桑田自身も「ぜーんぜん関係ない曲が『タイアップ決まりました』って言われても、あんまり楽しくないからね」と語っている。 は「いや、そこがまたすごい。 そして、やっぱり正しい、ポップミュージシャンとして」 、は「桑田さんが台本をもらって曲を書くと、ものすごいものができる」 、は「心を震わせるって、こういうことだね。 桑田さんの曲って、心を震わせたり、踊らせたりーー耳で聴くっていうより、心に聴かせるという感じ。 桑田さん自身がそういう人間だからなんだろうな」 とこういった桑田の姿勢を高く評価している。 メンバー、スタッフ、ファンへの感謝 楽曲の中にはメンバー、スタッフ、ファンへの感謝が込められているものも存在している。 パフォーマンス ライブではその時点でリリースした新曲から、初期の頃の楽曲まで幅広く選曲がされており、年々演奏曲が増えていくようになり 、現在では曲数はアンコールを含め30曲を超えることが多く、公演時間も長い場合で約3時間半に及ぶ。 楽曲によっては世界観を表現するためにバックモニターに楽曲のテーマにちなんだ映像が投影されたりダンサーが登場したりすることがある。 また、激しい楽曲に乗せて桑田が観客をあおったり 、女性ダンサーと絡んだり、野外ライブでは客席に水を撒く事も特徴である。 桑田はよく歌詞や段取りを間違えてしまうことがあり 、それが全国放送されてしまうこともある。 それが2014年の年越しライブ「」の時のように一連の騒動を誘発する結果になった事もある。 音楽番組やライブでは、桑田が率先して近況・時事ネタ・下ネタ・ジョーク、メンバーやスタッフへのいじり・内輪ネタ・自虐ネタを交えてのトーク 、会場の状況に合わせた演出 、小道具やコスプレなどで観客や視聴者を笑わせることが多いが 、それらの意図が曲解されたり、度が過ぎたことで大きな問題になり、謝罪することになった事が何度かある。 また、ライブでは他のメンバーもその時々の流行や会場に合わせたネタをしたり、ものまねや内輪ネタ・自虐ネタ・メンバーいじりなどをして観客を笑わせている。 近年のライブではエンディングで桑田が観客やファンに対して感謝の念を述べるとともに「みんな死ぬなよ! 」「頑張ろうな! 」と呼びかけてステージを退場することが多くなった。 別名義での活動 アルバム『』は同名映画のサウンドトラックという性格上、収録されている楽曲により演奏者などのメンバーが異なる。 このため、アルバムの名義は「 サザンオールスターズアンドオールスターズ( SOUTHERN ALL STARS and ALL STARS)」とされている。 ちなみに、個々の楽曲でこの名義が使われたのは「稲村ジェーン」「美しい砂のテーマ」「LOVE POTION NO. 特に、多くのアルバムに収録されている「」は「稲村オーケストラ」のものであり、『』()においても同名義で出演し、披露された。 また、その他のユニットなどでは松田・野沢・大森を中心メンバーとする「 S. 来歴 各メンバーのソロ活動については個々のページ参照。 出会いから結成まで(アマチュア時代) 1972年、 のバンドにドラマーがいなかったことから、バンドメンバーの友人にドラムを借りることになり、そのドラムを貸してくれたのが であった。 時が変わり1974年、に入学した と は、フォークソング・サークルで知り合い、ロックバンド「温泉あんまももひきバンド」を結成した。 翌年の1975年には青山学院大学に大森と が入学し、同じく桑田や関口と同じサークルに入部した。 一方桑田のバンドは「温泉あんまももひきバンド」、「ピストン桑田とシリンダーズ」と改名を行い、この頃から大森は桑田のバンドに興味を持つようになり、練習現場にしばしば現れるようになった。 桑田は原を迎え、「青学ドミノス」「脳卒中」「桑田佳祐とヒッチコック劇場」とバンド名を変えた後に「サザンオールスターズ」に改名した。 桑田が望んでいた「サザンオールスターズ」は長く続かず、再びメンバーが頻繁に入れ替わっていた。 大森は桑田に松田を紹介したりして、1977年3月に桑田、大森、原、松田、天野和平(後に)による「サザンオールスターズ」で主催の音楽コンテスト「」に申し込んだ。 しかし、予選のテープ審査の時期に天野が脱退し、入れ替わりで関口が加入した。 本選では入賞を果たし、桑田がベストボーカル賞を獲得した。 この直後に大森がバイト先で知り合ったセミプロの を大森の勧誘を受ける形でなし崩し的に加入した。 はビクター音楽産業(現・)に決まったものの、がなかなか決まらなかった。 ビクターのディレクターの高垣健が「女呼んでブギ」のカセット(前述のEastWestで披露した曲であり、当時の代表曲的存在)を持って事務所周りをしていた際、当時新興事務所のの社長が興味を持ち、練習スタジオを訪問する。 この際に「」を披露し、大里が「この男をテレビに出したら面白い」と考えたことから契約が決まる。 アミューズはの個人事務所的存在として1977年に設立された会社だったが、大里が解散直前ののプロデュースに専念し事務所の仕事から離れていた時期に、ロック志向を強めていた原田がテレビ的な売り出し方を嫌うようになり、大里が事務所の仕事に復帰した直後に移籍してしまったという。 サザンとの出会いはこの事件の2週間後であり、もし原田が移籍してなかったらサザンオールスターズをやる余裕はなかったという。 デビューに向けて着々と準備が進む中、メンバー全員が他のレコード会社の契約書にサインしてしまうという事件があったが、ビクター関係者が出向いて話を収めた。 この時期はまだ学生バンドの思い出作り的な意識があったという。 メジャーデビュー 1978年6月25日にシングル「」でビクターからメジャーデビューを果たした。 同年8月31日に音楽番組『』のスポットライトのコーナーで初出演した。 この際に桑田の「目立ちたがり屋のです」発言が飛び出し、この発言でイメージに拍車がかかった。 この発言はのちに「台本によるもの」と明かしている。 「勝手にシンドバッド」はテレビ番組で披露されたこともあり、大ヒットとなった。 当時、桑田の日本語を英語っぽく発音してロックに乗せるいわゆる「巻き舌唱法」は 、音楽ファンや関係者の間で賛否両論となった。 なお、桑田はこの歌唱法や後述の作詞・作曲法をアマチュア時代からしていたため、歌唱法が批判されたりしたことを意外に思っていたという。 「勝手にシンドバッド」の発売から5ヶ月後に2枚目シングルとなる「」を発売。 更に4ヶ月後となる1979年3月に3枚目シングル「」、同年4月に2枚目アルバム『』を発売した。 特に「いとしのエリー」は、出荷枚数が125万枚を記録し、「勝手にシンドバッド」での一発屋として終わらずに作品力で回避した。 『10ナンバーズ・からっと』を製作していた期間は「いとしのエリー」のヒットもあり、並行して雑誌の取材やテレビ出演、CM撮影、ライブ活動、年末にはに「いとしのエリー」で初出場するほどの多忙な日々を送っており 、精神的にも落ち込んでいたという。 1980年に入ってすぐに「テレビ番組などに一切出ず、楽曲製作やに集中する」「5ヶ月の中で毎月1枚ずつシングルを出す」という宣言をして、FIVE ROCK SHOWと銘打った計画を開始した。 その後、3枚目アルバム『』を発売し、自身の作品初となる1位を獲得した。 特にアルバムに収録されていた「」は原がボーカルを務め、評判となった。 その評判を受け、翌年1981年にサザンのメンバーの中で最初に原が「」でソロデビューした。 デビューのプロデュースは桑田が担当した。 同年、サザンとしては、4枚目アルバム『』が7月に発売され、7枚目アルバム『』までは毎年7月に発売された。 1982年に入り、14枚目シングル「」が「いとしのエリー」以来のヒットとなり、2度目のに出演した。 同年には5枚目アルバム『』が発売され、に迫る売上枚数を記録した。 その後、バラード曲を中心に収録したの第1弾『』が発売された。 1983年も引き続き3度目のに出演して19枚目シングル「」を披露した。 また、同年には音楽業界にによるデジタルの波が来たことで、同年発売の17枚目シングル「」辺りからサザンも原がシンセサイザーを使用するようになった。 6枚目アルバム『』から本格的に使用したサウンド作りとなり、翌年1984年発売の『人気者で行こう』でも活用されている。 なお、先行シングルとして発売された20枚目の「」は発売当時絶大な人気と評価を集めた。 1985年に、サザンとしては初の2枚組となった8枚目アルバム『』を発売した。 シンセサイザーをより本格的に使用したサウンドとなり、5ヶ月間制作に打ち込んでいた。 また、製作時期に原が産休に入り、1986年にはサザンとしての活動も一旦活動を休止した。 桑田や松田はとしての活動、他のメンバーもそれぞれソロ活動に入った。 この活動休止は、桑田が「全員がソロ活動をやって、一つ一つが別個性として出てくれば理想的だね」と持ち掛けたところ、全員がそれを受け入れたことや、「あのままだとサザンはパンク寸前だった」「俯瞰で自分やサザンを見直した方がいいんじゃないか」というムードがメンバー全員にあった事が語られている。 1987年にはバラッド第2弾『』が発売された。 10周年での活動再開、小林武史との制作 デビュー10周年を迎えた1988年6月25日に24枚目シングル「」を発売し、3年ぶりにサザンとしての活動を再開した。 加えてこのシングルからのが、プロデュース業を共に行うようになった。 7月に全国の球場9か所でライブ『真夏の夜の夢 大復活祭』を開催した。 11月から9枚目アルバムとなる『』と、桑田が監督を務めた映画作品のサウンドトラックでもあり、自身の10枚目アルバムにもなる『』の制作に入った。 1989年6月に発売した26枚目シングル「」がオリコン週間ランキングで1位を獲得し、デビュー11年目にしてシングル初の首位獲得となった。 7月には数量限定のベスト・アルバム『』が発売され、こちらは予約だけで完売した。 1990年に入り、1月にアルバム『Southern All Stars』を発売した。 売上は120万枚近く記録し、自身の作品としては初となるとなった。 直後にアルバムを引っ提げ、全国ツアー『夢で逢いまSHOW』が開催された。 7月には桑田の監督映画『』の主題歌で28枚目シングルとなる「」を発売した。 85万枚を記録するヒットとなり、自身の代表作になった。 そして、9月にはアルバム『稲村ジェーン』を発売。 こちらも130万枚を超えて、アルバム2作連続でミリオンセラーとなった。 1991年前半は原がソロで活動しており、7月にサザンとして活動を始め、29枚目シングル「」を発売した。 8月に全国ツアー、12月に年越しライブを開催。 1992年7月に30枚目シングル「」、31枚目シングル「」を2枚同時に発売した。 オリコン週間ランキングで2週連続1、2位を獲得し、「涙のキッス」は系列『』の主題歌に使用され、初登場から7週連続1位を記録。 155万枚を売り上げて、自身のシングルとしては初のミリオンセラーとなった。 9月にには・でライブを行い、初の海外公演となった。 直後に前述のシングル2枚を収録した11枚目アルバム『』を発売。 アルバムは180万枚に迫る売上を記録した。 には、32枚目シングル「」、33枚目シングル「」を2枚同時に発売した。 「エロティカ・セブン」は系列ドラマ『』の主題歌となり、170万枚を超えるヒットとなった。 12月には年越しライブを開催し、1994年からは桑田がソロ活動を始めた。 セルフプロデュースへ、そして20周年 小林武史が34枚目シングル「」を最後にサザン(桑田ソロ含め)との共同作業から離れた。 これについて桑田は小林のアレンジャーやミュージシャンとしての才能を存分に評価しつつも、サザンの正規のメンバーを差し置いて小林に頼りすぎてしまうという意味で「(小林は)危ないヤツと分かった」という風に語っている。 これ以降の作品は自身によるプロデュースとアレンジで発売するようになった。 1995年に関口が休養から復帰し、5月に35枚目シングル「」で活動を再開。 6月に限定販売アルバム『』は2日間で70万枚が完売した。 7月にドラマの主題歌として使用された36枚目シングル「」が発売され、「エロティカ・セブン」以来のミリオンセラーとなった。 1996年5月に37枚目シングル「」を発売し、155万枚のヒットを記録。 7月にはクラシック・ロック・テイストを取り入れた12枚目アルバム『』が発売された。 アルバムは250万枚近く売り上げ、オリジナルアルバムとしては最大ヒットとなった。 アルバム発売直後に全国ツアー、12月には年越しライブを開催。 1997年には直ぐに13枚目アルバム『』の製作に着手し、当時のデジタルのロックの融合にトライし、現代的な要素を盛り込んだ作品となった。 また、この年には39枚目・40枚目シングル「」「」を発売した。 1998年に入り、2月には41枚目シングル「」を発売し、デビュー20周年を迎えた6月25日にはベストアルバム『』を発売した。 アルバムの売上が480万枚を記録する大ヒットとなり、自身最大売上作品となった。 8月にはアルバムを引っ提げ2日間のみのライブ『』を開催。 10月にはアルバム『さくら』を発売し、120万枚を記録した。 1999年3月に43枚目シングル「」を発売し、初のアリーナ・ドームツアー『Se O no Luja na Quites 〜素敵な春の逢瀬〜』が開催、12月は年越しライブも開催された。 シングル「TSUNAMI」のヒット、大森の脱退 2000年1月に44枚目シングル「」を発売。 この楽曲は当時放送されていたTBS系列バラエティ番組『』のコーナー『』のテーマソングとして使用され、300万枚近く売り上げ「エロティカ・セブン」で記録した最高売上を更新した。 当時のオリコン歴代シングルランキングで3位にランクインし 、この年のもこの楽曲で受賞した。 8月には桑田の地元である茅ヶ崎市の地元住民の署名運動によって、2日間の野外ライブ『』を開催した。 ライブに合わせて製作された45枚目シングル「」を発売し、80万枚を超えるヒットとなった。 11月に46枚目シングル「」とベストアルバム『』が発売され、アルバムは290万枚を売り上げ、バラッドシリーズでは最高売上を記録。 その直後に大森が休養を発表し、2001年には正式に独立を発表しメンバーから脱退した。 脱退に合わせ、他のメンバー5人はソロ活動を開始させた。 25周年での活動再開、『KAMAKURA』以来の2枚組オリジナルアルバム発表 2003年6月25日にデビューから25周年を迎え、それを記念してデビューシングルの復刻盤CD「」を発売し、25年越しにオリコン週間ランキングで1位を獲得した。 同年7月23日に47枚目シングル「」を発売、直後に大規模な野外・スタジアムツアーを開催し、サザンでの活動が本格的に始まった。 2004年には、シングル3作発売して全てオリコン1位を獲得するなどヒットし、12月には年越しライブを開催した。 2005年6月にデビューシングル「勝手にシンドバッド」から「TSUNAMI」までのシングル44作を12cmCD化して再発売された。 同年10月には『KAMAKURA』以来の2枚組オリジナルアルバムで14枚目アルバムとなる『』を発売、同時に2度目のドームツアーが開催された。 2006年には52枚目シングル「」を発売し、サザンとして『』に出演した。 2007年には桑田はシングル発売やツアーの開催、原が映画主題歌を書き下ろすなど、メンバーが個人で活動した。 また、同年1月にビクターとアミューズがサザンやソロの楽曲管理・配信などを行う合弁会社「」を設立した。 30周年、活動無期限休止 2008年1月にメンバーは「サザンという看板に頼らないで、サザンの活動だけをあてにしないで視野を広げていこう」という方針を決め、5月19日に30周年に伴う53枚目シングル「I AM YOUR SINGER」の発売やライブなどの活動・プロモーションの発表と同時に、2009年以降メンバー個々の自由な発想による音楽活動を展開するべくサザンオールスターズとしての活動を無期限休止にすることも発表した(2006年のTHE 夢人島 Fes. を最後に実質的にサザンとしての活動は行われていなかったものの、この間を活動休止期間と定めていない)。 この活動休止については、発表の当日にNHKの『おはよう日本』がこの活動休止についてを報じた他、民放各局で、報道や特集が大々的になされた。 また、直前の2008年5月12日の紙上で「サザン解散か」などといった誤った報道がなされたこともあり、ファン及び世間に動揺を与えることとなってしまい、桑田はその事への反省の弁を自身のラジオで述べ、活動休止の理由をつまびらかに語り、前述の騒ぎに対する謝罪や無期限休止への理解を求める発言をし、「(サザンの)解散は絶対にない」と断言した。 2009年から各自がソロ活動を行う。 このソロ期間は、桑田の食道がんによる休養と闘病、の復興支援のための「」結成や「」の開催など、「これまでにない濃密な5年間」と振り返っている。 2012年12月に、桑田とスタッフの間で35周年を迎えるにあたっての話が持ち上がったことがきっかけで、「ファンをはじめとした多くの人たちと、楽しめるときに大いに楽しもうじゃないか」とメンバー5人の気持ちが合致した。 35周年での活動再開 デビュー35周年の2013年6月25日に活動再開を発表。 同年8月に54枚目シングル「」を発売し、オリコンで首位獲得したことでシングルとして1980年代〜2010年代の4年代で首位獲得。 国内グループとしては史上初の快挙となった。 同年8月10日から9月22日にかけて全国ツアー『』を開始した。 12月はツアーを映像化した作品を発売し、映像作としても史上初の4年代首位獲得を記録した。 2014年9月には55枚目シングル「」発売した。 12月にはサザンの楽曲266曲がでの配信を解禁され、日本を含む111カ国で配信を開始した。 同時にでも配信が開始された。 年末には31年ぶりで4度目となるにシークレットゲストとして出演し、「ピースとハイライト」「東京VICTORY」を披露した。 2015年3月には『』以来約10年振りとなる15枚目アルバム『』を発売。 アルバムでも4年代の首位達成し、同年4月から8月にかけて全国ライブツアー『』を開催した。 2017年には自身が初めてコマーシャルに出演した、アサヒ飲料『三ツ矢サイダー』にメンバー全員で再び出演した。 こちらは2018年まで自身の楽曲が使用された内容が複数のバージョンで放送された。 40周年を迎え、アルバム『海のOh, Yeah!! 』リリース 2018年に入り、6月15日にアルバム『葡萄』以来の新曲「」が自身初の配信シングルとして発売され 、続けて7月には2作目の配信シングル「」も発売された。 8月に入り直ぐに『海のYeah!! 』の続編ベスト・アルバム『』が発売された。 このアルバムがオリコン週間ランキングで首位獲得したことにより、国内グループでデビュー40年を超えての首位獲得は史上初の快挙となった。 そして同年に5度目となるに特別枠として「究極の大トリ」で出演した。 「勝手にシンドバッド」「」を披露し、平成最後の紅白歌合戦を締め括った。 歌手別瞬間最高視聴率が45. 2019年3月から6月にかけて、6大ドームを含む全11ヶ所22公演の全国ツアー『』を開催した。 ライブでは新曲「」が披露され、8月に3作目の配信シングルとして発売された。 12月にはサザンの楽曲やソロ5人の楽曲も含め、全972曲のによる配信が解禁された。 2020年に入り、デビュー42周年を迎える6月25日に横浜アリーナにて、無観客配信ライブを開催した。 チケットはライブ当日まで販売しており、チケット購入人数は18万人、推定視聴者数は50万人ほどであり 、ライブの収益の一部はアミューズ募金を通じて、新型コロナウイルスの治療や研究開発にあたる医療機関に役立てられる。 また、サザンの楽曲で励まされ、心の支えにしている者も多いのも特徴の一つであり 、それゆえに「国民的バンド」と評されることもある。 『週刊文春』はこれについて「サザン・サウンドが国民的なのは、単に広い人気を誇るからだけではない。 多くの問題を孕みながらも何とか前を向こうとする、そんな「日本の今」の気分が、どの曲にも凝縮されているからだ」と評している。 サザンの世代ではない10代・20代はや自身の親が楽曲を聞いていたことからサザンを知り、ファンになった人が多い傾向がある。 楽曲だけでなくメンバーの人柄も評価されており、2014年にビクタースタジオを取材した『』はサザンを「日本一のおもてなしバンド」と評している。 ファンに対しての対応も評価されており、チーフマネージャーの話によると、サザンのメンバー全員はファンレターにはすべて目を通しており、返信ハガキが同封されたものは時間が許す限り返信を書いているという。 また、桑田は公式BBS やライブ後のアンケートの意見 にも目を通しており、それに対して共感したり 、ライブの演出の参考にする事もある。 サザンの幅広い音楽性やエンターテインメント性は幅広いミュージシャンからリスペクトされている。 また、 や などの外国人アーティストからも高い評価を得ている。 メンバーの人柄と上述した多様な作風やエンターテインメント性も相まって、性別や職業はもちろんの事、思想・主義主張や国籍・人種を問わず、多くの者から高い評価を得ているのも特徴である。 また、がサザンの曲を好んでいる事が理髪を担当していた人物の証言によって明かされている。 こういった高い評価を得ている一方で、一部楽曲やパフォーマンスに対しては毀誉褒貶・賛否両論となる事もある。 原は桑田の一部の楽曲やパフォーマンスが物議を醸したりすることに対して「『そんな時は一緒に怒られましょうね』という気持ちです 笑 」とコメントしている。 また、の影響でや曲解を怖れ「詞を書くときは気をつけなければ」と思うようになり、桑田に対して「変な曲解されませんように」と祈るようになった事や、騒動への謝罪の内容が正確に伝わるように伝えることの難しさをとの対談で明かしている。 は「サザンは、"大人の世界にはこんなお楽しみがあるんだぜ!! サザンの楽曲には桑田の出身地であるやその周辺都市が取り上げられる事も多く、市の関係者をはじめとして知名度や経済への貢献を評価する声も多い。 2003年にが発表した『邦楽アーティストの重要な100人(Top 100 Japanese pops Artists - No. 1)』の第1位に選ばれ、桑田個人としても同チャートの12位に選出された。 特別賞(1998年)• BEST ART DIRECTION VIDEO「」(2005年)• 音楽賞(2000年)• 金賞「」(2001年)• マエストロ賞 『』(2016年)• マエストロ賞『』(2019年)• SAS Lifetime Achievement Award Japan(2018年)• エンターテイメント部門 審査委員会推薦作品「」ミュージック・ビデオ (2019年) オリコン オリコンの記録については「」を参照• シングル・アルバム総売上:4897. 0万枚(歴代5位・2017年6月現在) シングル記録• シングル売上枚数:2535. 2万枚(2019年9月現在)• シングル1位獲得数:16作品(歴代23位タイ・2018年9月現在)• シングルTOP10獲得数:45作品(歴代14位タイ・2017年10月現在)• 10位内獲得最多週数:253週(歴代1位・2014年現在)• トップ100同時滞在最多数:44作品(歴代1位・2005年7月4日付)• 最長キャリア首位獲得記録数:36年2ヶ月(グループ歴代1位・2014年現在)• 4つの年代(西暦)で首位獲得:1980年代 - 2010年代(歴代1位タイ)• 1980年代 「」• 1990年代 「」「」「」「」「」• 2000年代「」「 」「」「」「」「」「」「」• 2010年代「」「」• シングルミリオン獲得数:5作品 ミリオン・4作品/ダブルミリオン・1作品 (歴代5位タイ・2016年現在)• シングル歴代売上ランキング:4位「TSUNAMI」• CDシングル歴代売上ランキング:2位「TSUNAMI」 アルバム記録• アルバム1位獲得数:17作品(歴代5位タイ・2016年9月現在)• 最長キャリア首位獲得記録数:40年2ヶ月(国内グループ歴代1位)• 4つの年代(西暦)で首位獲得:1980年代 - 2010年代(歴代2位タイ・グループ歴代1位タイ)• 1980年代『』『』『』『』『』『』『』『』『』• 1990年代『』『』『』『』『』『』『』• 2000年代『』『』• 2010年代『』『』• 週間1位を獲得したアルバム作品の値段:『すいか SOUTHERN ALL STARS SPECIAL 61SONGS』(税込1万円 、歴代1位)• アルバム歴代売上ランキング:8位『海のYeah!! アルバムミリオン獲得数:7作品 ミリオン・4作/ダブルミリオン・2作/トリプルミリオン・1作 (歴代7位) 映像作品記録• 最長キャリア首位獲得記録数:37年6ヶ月(歴代1位・2016年現在)• 4つの年代(西暦)で首位獲得:1980年代 - 2010年代(歴代1位・2014年現在)• 1980年代:『』• 1990年代:『歌う日本シリーズ 1992〜1993 LIVE at YOKOHAMA ARENA 29th Dec. 1992』• 2000年代:『』『』• 2010年代:『』『』 ザ・ベストテン• 1978年:• 1978年:• 1979年:• 1979年:• 1979年:• 1980年:• 1980年:• 1980年:• 1980年:• 1980年:• 1980年:• 1981年:• 1981年:• 1982年:• 1982年:• 1982年:• 1983年:• 1983年:• 1983年:• 1984年:• 1984年:• 1985年:• 1985年:• 1988年:• 1989年:• 1989年:• 1989年:• 1990年:• 1991年:• 1992年:• 1992年:• 1993年:• 1993年:• 1993年:• 1995年:• 1995年:• 1996年:• 1996年:• 1997年:• 1997年:• 1998年:• 1998年:• 1999年:• 2000年:• 2000年:• 2000年:• 2003年:• 2004年:• 2004年:• 2004年:• 2005年:• 2006年:• 2008年:• 2013年:• 2014年: 配信シングル 3月20日 平塚市民センター 3月21日 3月23日 立川市民会館 3月24日 新潟市公会堂 3月25日 3月27日 3月28日 3月29日 入間市市民会館 4月3日 栃木市民会館 4月4日 4月5日 大宮商工会館 4月6日 平塚市民センター 4月7日 4月9日 横須賀市文化会館 4月10日 4月12日 4月13日 4月14日 防府市公会堂 4月15日 4月16日 4月18日 4月19日 4月23日 4月24日 4月25日 4月26日 4月28日 4月29日 愛知県勤労会館 4月30日 刈谷市民会館 5月1日 5月4日 5月5日 5月6日 5月7日 石巻市民会館 5月8日 5月13日 長浜市民会館 5月14日 姫路市市民会館 5月16日 5月17日 京都勤労会館 5月19日 5月21日 5月22日 5月23日 5月24日 5月25日 5月30日 5月31日 北見市民会館 6月1日 帯広市民文化ホール 6月3日 6月6日 9月22日 9月23日 9月24日 9月26日 9月27日 山形県県民会館 9月28日 岩手県民会館 10月2日 大阪厚生年金会館 10月3日 大阪厚生年金会館 10月4日 10月17日 静岡市民文化会館 10月19日 10月22日 青森市民文化ホール 10月23日 八戸市民会館 10月25日 10月27日 10月28日 高知県立県民文化ホール 10月29日 松山市民会館 11月1日 桑名市民会館 11月2日 11月3日 11月4日 大垣市民会館 11月8日 11月9日 11月11日 11月12日 広島郵便貯金会館 11月13日 岡山市民会館 11月14日 福山市民会館 11月15日 島根県民会館 11月19日 11月20日 11月21日 11月23日 11月25日 11月27日 旭川市民文化会館 11月28日 室蘭市文化センター 11月29日 函館市民会館 12月3日 宮崎市民会館 12月4日 大分文化会館 12月5日 12月6日 電気ホール 12月8日 横浜文化体育館 12月12日 1980年 7月19日 7月20日 田園コロシアム 7月23日 北海道厚生年金会館 7月24日 旭川市民文化会館 7月27日 苫小牧市民会館 7月29日 宮城県民会館 7月30日 郡山市民文化センター 8月24日 新潟県民会館 8月25日 上越文化会館 8月27日 8月28日 金沢市観光会館 9月1日 鈴鹿市民会館 9月2日 名古屋市民会館 9月4日 9月5日 刈谷市民会館 9月7日 9月28日 和歌山県民文化会館 9月29日 姫路市文化センター 10月1日 10月16日 青森市民文化ホール 10月17日 岩手県民会館 10月22日 山形県県民会館 10月23日 秋田県民会館 10月25日 10月26日 10月27日 福山市民会館 10月29日 広島郵便貯金会館 10月30日 島根県民会館 11月1日 京都会館 11月5日 磐田市民文化会館 11月6日 清水市民会館 11月7日 11月11日 長岡市文化会館 11月12日 福井市文化会館 11月14日 上田市民会館 11月20日 宮崎市民会館 11月21日 11月23日 観音寺市民会館 11月24日 松山市民会館 11月25日 高知県立県民文化ホール 7月4日 茅ヶ崎市民文化会館 7月7日 小田原市民会館 7月8日 山梨県民会館 7月11日 熊谷会館 7月15日 高知県立県民文化ホール 7月16日 松山市民会館 7月18日 山口市民会館 7月19日 広島郵便貯金会館 7月20日 姫路市文化センター 7月25日 京都会館 7月27日 金沢市観光会館 7月28日 富山市公会堂 7月30日 新潟県民会館 7月31日 8月4日 田園コロシアム 8月5日 田園コロシアム 8月6日 田園コロシアム 8月8日 8月11日 8月12日 群馬県民会館 8月15日 8月18日 宮崎市民会館 8月19日 鹿児島県文化センター 8月22日 熊本市民会館 8月23日 8月25日 豊橋勤労福祉会館 8月26日 四日市市民ホール 8月29日 青森市民文化ホール 8月30日 秋田県民会館 9月1日 宮城県民会館 9月2日 岩手県民会館 9月4日 山形県県民会館 9月7日 和歌山県民文化会館 9月8日 9月10日 フェスティバルホール 9月12日 サンシティ越谷市民ホール 9月13日 千葉県文化会館 9月16日 横浜文化体育館 9月19日 釧路市民文化会館 9月21日 北海道厚生年金会館 1982年 愛で金魚が救えるか? サザンオールスターズ Paa Pooツアー '82 1982年 9月21日 静岡市民文化会館 9月24日 群馬県民会館 9月26日 宇都宮市文化会館 9月27日 茨城県立県民文化センター 10月5日 郡山市民文化センター 10月6日 宮城県民会館 10月7日 山形県県民会館 10月9日 秋田県民会館 10月11日 八戸市公会堂 10月19日 熊本市民会館 10月20日 佐世保市民会館 10月22日 宮崎市民会館 10月23日 佐賀県総合体育館 10月25日 小倉市民会館 10月27日 高知県立県民文化ホール 10月28日 松山市民会館 10月29日 高松市民会館 11月1日 岡山市民会館 11月2日 福山市民会館 11月8日 和歌山県民文化会館 11月10日 神戸国際会館 11月13日 島根県民会館 11月15日 防府市公会堂 11月16日 広島郵便貯金会館 11月18日 新潟県民会館 11月19日 上越文化会館 11月20日 長野市民会館 11月23日 11月25日 岐阜市民会館 11月26日 11月27日 豊橋勤労福祉会館 11月30日 福井市文化会館 12月1日 富山市公会堂 12月6日 鹿児島県文化センター 12月7日 大分文化会館 12月8日 長崎市公会堂 12月10日 京都会館 12月14日 千葉県文化会館 12月15日 12月18日 横浜文化体育館 12月21日 福島県文化センター 12月22日 岩手県民会館 1983年 1月6日 北海道厚生年金会館 1月7日 北海道厚生年金会館 1月13日 名古屋市民会館 1月14日 名古屋市民会館 1月16日 福岡サンパレス 1月17日 福岡サンパレス 1月18日 福岡サンパレス 1月20日 フェスティバルホール 1月21日 フェスティバルホール 1月23日 フェスティバルホール 1月28日 金沢市観光会館 1月29日 金沢市観光会館 2月2日 2月3日 東京厚生年金会館 2月4日 東京厚生年金会館 1983 - 84年 1983年 10月24日 10月25日 神奈川県民ホール 10月27日 北海道厚生年金会館 10月28日 北海道厚生年金会館 10月29日 室蘭新日鉄体育館 10月31日 旭川市民文化会館 11月4日 11月8日 11月9日 桑名市民会館 11月11日 千葉県文化会館 11月14日 広島郵便貯金会館 11月15日 防府市公会堂 11月17日 島根県民会館 11月19日 鹿児島県文化センター 11月21日 大分文化会館 11月22日 宮崎市民会館 11月24日 熊本市民会館 11月25日 長崎市公会堂 11月29日 12月1日 富山市公会堂 12月2日 福井市文化会館 12月3日 金沢市観光会館 12月8日 福島県文化センター 12月9日 山形県県民会館 12月11日 秋田県民会館 12月12日 岩手県民会館 12月13日 12月15日 群馬県民会館 12月16日 宇都宮市文化会館 12月19日 松山市民会館 12月20日 高松市民会館 12月21日 高知県立県民文化ホール 12月24日 京都会館 12月25日 神戸国際会館 1984年 1月9日 福岡サンパレス 1月10日 福岡サンパレス 1月12日 倉敷市民会館 1月13日 倉敷市民会館 1月16日 新潟県民会館 1月17日 新潟県民会館 1月19日 宮城県民会館 1月20日 宮城県民会館 1月23日 1月24日 愛知県体育館 1月27日 1月28日 大阪城ホール 1月30日 日本武道館 1月31日 日本武道館 2月1日 日本武道館 1984年 プレゼンツ 1984年 10月25日 神奈川県民ホール 10月26日 神奈川県民ホール 10月30日 宇都宮市文化会館 10月31日 群馬県民会館 11月2日 サンシティ越谷市民ホール 11月5日 北見市民会館 11月6日 旭川市民文化会館 11月8日 釧路市民文化会館 11月13日 青森市文化会館 11月14日 秋田県民会館 11月16日 岩手県民会館 11月20日 鹿児島県文化センター 11月21日 熊本市民会館 11月23日 宮崎市民会館 11月24日 大分文化会館 11月26日 島根県民会館 11月27日 倉敷市民会館 11月28日 京都会館 11月30日 静岡市民文化会館 12月1日 豊橋勤労福祉会館 12月2日 四日市市文化会館 12月4日 山形県県民会館 12月5日 郡山市民文化センター 12月8日 神戸国際会館 12月10日 松山市民会館 12月11日 高知県立県民文化ホール 12月13日 高松市民会館 12月14日 12月17日 千葉県文化会館 12月19日 八王子市民会館 12月20日 山梨県立県民文化ホール 12月21日 長野県県民文化会館 12月23日 黒部市YKK体育館 12月24日 金沢市観光会館 12月25日 福井市文化会館 1985年 1月8日 1月9日 広島郵便貯金会館 1月10日 広島郵便貯金会館 1月12日 福岡サンパレス 1月13日 福岡サンパレス 1月16日 北海道厚生年金会館 1月17日 北海道厚生年金会館 1月19日 大阪城ホール 1月20日 大阪城ホール 1月22日 愛知県体育館 1月23日 愛知県体育館 1月29日 1月31日 新潟県民会館 2月1日 新潟県民会館 2月4日 日本武道館 2月5日 日本武道館 2月6日 日本武道館 1984年 12月31日 1985年 スペシャル avec 7月26日 西武ライオンズ球場 7月27日 西武ライオンズ球場 7月28日 西武ライオンズ球場 7月30日 7月31日 長岡ニュータウン公園 8月6日 真駒内屋外競技場 8月7日 真駒内屋外競技場 8月13日 8月14日 泉パークタウンスポーツガーデン 8月21日 8月27日 海の中道海浜公園 野外劇場 8月28日 海の中道海浜公園 野外劇場 9月3日 大阪スタヂアム 9月4日 大阪スタヂアム 9月5日 大阪スタヂアム 9月10日 9月11日 小牧市総合運動場野球場 9月17日 横浜スタジアム 9月18日 横浜スタジアム 9月19日 横浜スタジアム 1989年 ハッピーニューイヤーズ'イブ いっちゃえ'89 サザンde'90 12月31日 1990年 Cheers!! Southern All Stars Concert Tour 1990 夢で逢いまSHOW 2月28日 横浜アリーナ 3月1日 横浜アリーナ 3月3日 横浜アリーナ 3月4日 横浜アリーナ 3月7日 仙台市体育館 3月8日 仙台市体育館 3月10日 3月11日 新潟市産業振興センター 3月14日 3月15日 名古屋市総合体育館 レインボーホール 3月17日 名古屋市総合体育館 レインボーホール 3月18日 名古屋市総合体育館 レインボーホール 3月22日 大阪城ホール 3月23日 大阪城ホール 3月24日 大阪城ホール 3月31日 4月1日 北九州市立総合体育館 4月6日 4月7日 広島サンプラザ 4月12日 4月13日 愛媛県県民文化会館 4月21日 4月22日 真駒内屋内競技場 4月25日 日本武道館 4月26日 日本武道館 4月27日 日本武道館 4月28日 日本武道館 サザンオールスターズ 年越しライブ 歌うサザンに福来たる 12月31日 横浜アリーナ 1991年 MEETS 1992年 10月14日 10月15日 国立代々木競技場 第一体育館 10月17日 国立代々木競技場 第一体育館 10月18日 国立代々木競技場 第一体育館 10月23日 真駒内屋内競技場 10月24日 真駒内屋内競技場 10月25日 真駒内屋内競技場 10月30日 10月31日 金沢実践倫理記念会館 11月7日 大阪城ホール 11月8日 大阪城ホール 11月11日 名古屋市総合体育館 レインボーホール 11月12日 名古屋市総合体育館 レインボーホール 11月18日 11月19日 浜松アリーナ 11月25日 広島サンプラザ 11月26日 広島サンプラザ 12月1日 新潟市産業振興センター 12月2日 新潟市産業振興センター 12月8日 愛媛県県民文化会館 12月9日 愛媛県県民文化会館 12月10日 愛媛県県民文化会館 12月22日 12月23日 福岡国際センター 12月26日 横浜アリーナ 12月27日 横浜アリーナ 12月29日 横浜アリーナ 12月30日 横浜アリーナ 1993年 1月12日 仙台市体育館 1月13日 仙台市体育館 1月20日 名古屋市総合体育館 レインボーホール 1月21日 名古屋市総合体育館 レインボーホール 1月23日 名古屋市総合体育館 レインボーホール 1月24日 名古屋市総合体育館 レインボーホール 1月29日 大阪城ホール 1月30日 大阪城ホール 1月31日 大阪城ホール 2月3日 日本武道館 2月4日 日本武道館 2月5日 日本武道館 1993 - 94年 PRESENTS 10月13日 10月15日 愛媛県県民文化会館 10月16日 愛媛県県民文化会館 10月20日 新潟県民会館 10月21日 新潟県民会館 10月24日 青森市文化会館 10月29日 宮城県総合運動公園総合体育館 10月30日 宮城県総合運動公園総合体育館 11月12日 ナゴヤドーム 11月13日 ナゴヤドーム 11月19日 11月20日 福岡Yahoo! JAPANドーム 12月1日 東京ドーム 12月2日 東京ドーム 12月4日 東京ドーム 12月10日 大阪ドーム 12月11日 大阪ドーム 12月17日 12月18日 札幌ドーム 12月30日 横浜アリーナ 12月31日 横浜アリーナ 2008年 presents supported by WOWOW 4月11日 4月12日 愛媛県武道館 4月18日 4月19日 セキスイハイムスーパーアリーナ 4月25日 広島県立総合体育館 グリーンアリーナ 4月26日 広島県立総合体育館 グリーンアリーナ 5月2日 5月3日 朱鷺メッセ 5月16日 5月17日 京セラドーム大阪 5月23日 東京ドーム 5月24日 東京ドーム 5月26日 東京ドーム 6月6日 札幌ドーム 6月7日 札幌ドーム 6月13日 ナゴヤドーム 6月14日 ナゴヤドーム 7月4日 7月5日 福岡 ヤフオク! ドーム 7月19日 7月20日 沖縄コンベンションセンター 8月17日 日本武道館 8月18日 日本武道館 2018年 サザンオールスターズ キックオフライブ 2018「ちょっとエッチなラララのおじさん」 3月30日 宮城セキスイハイムスーパーアリーナ 3月31日 宮城セキスイハイムスーパーアリーナ 4月4日 4月5日 広島サンプラザホール 4月13日 横浜アリーナ 4月14日 横浜アリーナ 4月20日 愛媛県武道館 4月21日 愛媛県武道館 4月27日 4月28日 サンドーム福井 5月11日 埼玉 5月12日 埼玉 メットライフドーム 5月18日 福岡 ヤフオク! ドーム 5月19日 福岡 ヤフオク! ドーム 5月25日 京セラドーム大阪 5月26日 京セラドーム大阪 6月1日 ナゴヤドーム 6月2日 ナゴヤドーム 6月8日 札幌ドーム 6月9日 札幌ドーム 6月15日 東京ドーム 6月16日 東京ドーム 2020年 サザンオールスターズ 特別ライブ 2020「Keep Smilin' ~皆さん、ありがとうございます!! ~」 8月16日 横浜スタジアム 8月17日 横浜スタジアム 1982年 ALL THAT サザンオールスターズ 3月5日 大阪厚生年金会館 開局記念コンサート 10月上旬 長崎市公会堂 1983年 ALL NIGHT NIPPON SUPER FES. '83 7月24日 西武ライオンズ球場 NAGOYA SUMMER JAM '83 7月29日 ナゴヤ球場 '83 JAM JAM スーパーロック・フェス 7月30日 北海道スーパー・ジャム '83 8月6日 真駒内屋外競技場 年越しライブ「俺たち今年も縁起者! 」 12月31日 渋谷ライブ・イン 1985年 6月15日 1997年 SOUTHERN ALL STARS SUMMER SPECIAL 01MESSAGE 8月24日 ビクタースタジオ 1998年 FINAL COUNTDOWN SESSION 「来ればわかる!! 」 ~NISSIN POWER STATION~ 6月6日 2003年 6月28日 2005年 8月7日 2006年 8月26日 浜名湖ガーデンパーク 8月27日 浜名湖ガーデンパーク 2018年 8月12日 国営ひたち海浜公園 本表ではサザンオールスターズが出演した公演日のみを記載してあり、それ以外の公演日は記載していない。 出演 CM• メンバーが複数人出演のみ記載。 メンバーが単独出演の場合、各個人のページを参照。 JAL! JAL! '04 Spring、FLY! JAL! 紅白歌合戦では、特別出演の場合、通常出場回数はカウントされないが、第69回で『究極の大トリ』として出場した際は5回目の出場としてカウントされている。 タイアップ楽曲 グループのソロ曲やカバー曲などは含まない。 アルバムCMのために使用された曲など、サザン関連のCMで使用された楽曲は除く。 同一楽曲の別時期に渡る仕様の場合、1曲として使用順に掲載する。 放送の『』で使用された楽曲は、当該項目を参照。 楽曲 タイアップ 勝手にシンドバッド 「」()「三ツ矢andサザン2018」『まっすぐな青春編』CMソング() 系「」第1話() アブダ・カ・ダブラ 「」CMソング Let It Boogie 「ザクトライオン」CMソング 公演「満天星大夜総会」 C調言葉に御用心 「チップスター」CMソング 青い空の心 No me? More no! アサヒ「三ツ矢サイダー」CMソング ジャズマン JAZZ MAN 系「」エンディングテーマ ふたりだけのパーティ ナビスコ「チップスター」CMソング いなせなロコモーション アサヒ「三ツ矢サイダー」CMソング Big Star Blues(ビッグスターの悲劇) 「」主題歌 朝方ムーンライト アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」 恋の女のストーリー アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌 Let's Take a Chance アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌 ステレオ太陽族 アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌() 映画「」挿入歌() 栞のテーマ アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌(1981年) 「・ダウンジャケット」CMソング 系バラエティ「」内『栞と博のテーマ』劇中歌 () 素顔で踊らせて 「アンネナプキン」CMソング MY FOREPLAY MUSIC 「」CMソング 走れ!! 「ロングラン」CMソング 忘れられた Big Wave 「B-ing」CMソング 東宝映画「」挿入歌 YOU NISSAY 企業CMソング 真夏の果実 東宝映画「稲村ジェーン」主題歌 「 Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング 希望の轍 東宝映画「稲村ジェーン」挿入歌() フジテレビ系「」内『ワールドキャラバン』テーマソング() テレビ朝日系アニメ「」劇中歌() フジテレビ系「」テーマソング() ホーム() ネオ・ブラボー!! JAL! '03」キャンペーンソング 涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜 フジテレビ系ドラマ「」主題歌 経験II TBS系音楽バラエティ「」オープニングテーマ 彩 〜Aja〜 JAL「FLY! JAL! '04 Spring」キャンペーンソング FRIENDS 「クラウディア」主題歌 夢見るアニバーサリー JAL「FLY! JAL! 銀婚旅行編」キャンペーンソング 君こそスターだ TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング au「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング 夢に消えたジュリア JAL「FLY! JAL! '04 Summer」キャンペーンソング 愛と欲望の日々 フジテレビ系ドラマ「」主題歌 LONELY WOMAN TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング 神の島遥か国 TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング BOHBO No. 5 TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング ロックンロール・スーパーマン 〜Rock'n Roll Superman〜 TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング DIRTY OLD MAN 〜さらば夏よ〜 フジテレビ「」テーマソング I AM YOUR SINGER au「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング アサヒ飲料「三ツ矢andサザン2018」『照りつける太陽編』 CMソング(2018年) OH!! SUMMER QUEEN 〜夏の女王様〜 「サマーキャンペーン」CMソング ピースとハイライト 「」CMソング 栄光の男 「NEVER STOP CHANGING」キャンペーンソング 蛍 東宝映画「」主題歌 パリの痴話喧嘩 「プレミアムアルコールフリー」CMソング 東京VICTORY 三井住友銀行「Lady, Fight! 映画用にアレンジされたもの バージョン違いの楽曲 サザンの楽曲の中には、タイトルに表記がされていなくとも、シングルとアルバムでバージョンやテイクの異なる曲がいくつか存在する。 また、シリーズものや、メドレー形式で構成される歌詞やテイクの異なった楽曲も多い。 曲名 オリジナル収録作品 バージョン違い収録作品 アルバムバージョンでの違い オリジナル版のアルバム収録 気分しだいで責めないで 気分しだいで責めないで 10ナンバーズ・からっと 唯一完全にテイク違いの楽曲。 、の展開の変更、間奏のフェイクや歌いまわしの変更など。 アルバムからのシングルカットであるため、シングルバージョンが後出。 Ryudo! 涙のアベニュー タイニイ・バブルス 演奏部分は同一だが、シングル版のラストにあった桑田と関口の掛け合い及びそれに続くアウトロが省略されている。 同アルバムに『tiny Bubbles type-B 』が存在し、こちらはテイク違い。 後者は曲。 単なるカラオケバージョンではなく、演奏時間やイントロが変更されている。 アルバムの収録曲順では『夕陽に〜』の方が先であるため、『メリーゴーランド』部分がフルバージョンで収録された形とも言える。 - 真夏の果実 真夏の果実 稲村ジェーン 楽曲部分には一切手が加えられていないが、楽曲終了後にサウンドトラックの特性上、カップルの会話がそのまま収録されている。 忘れられた Big Wave Southern All Stars - 恋のジャック・ナイフ 愛の言霊 〜Spiritual Message Young Love イントロ部分のラップのみテイク違い。 『海のYeah!! 』収録版もアルバムバージョン。 それ以外はシングル版と全く同一であり、上記の理由でイントロに手が加えられている事情もあり、『海のYeah!! 』にはオリジナル版が収録された。 MIX自体はシングル版と同じ。 『 The Return of 01MESSENGER 〜電子狂の詩〜 』と改題されテイク及びアレンジが異なる。 それ以外は完全に同一。 ギター追加。 5 BOHBO No. 5/神の島遥か国 ボーカル及びホーンセクションの音量が上がりより派手に。 それ以外は同一。 それ以外は同一。 - 書籍 写真集• 『たいした夏 -Big Deal summer-』(、)• 『Mr. EVERYBODY』(、ビクターブックス)• 『LIVE at CHIGASAKI CITY』(茅ヶ崎ライブ写真集)(、) 関連書籍• 『勝手にシンドブック』(ベップ出版、)• 『ただの歌詩じゃねえかこんなもん』(桑田佳祐著、エッセイつき歌詞集、、)• 『ケースケランド』(桑田佳祐著、、1984年)• 『ロックの子』(桑田佳祐著、インタビュー構成、、)• 『ブルーノート・スケール』(桑田佳祐著、、)• 『ただの歌詩じゃねえかこんなもん'84-'90』(桑田佳祐著、上の同名作品の続編、新潮社、)• 『娘心にブルースを』(原由子著、、)• 『地球音楽ライブラリー サザンオールスターズ』(萩原健太・大畑幸子・太田綾子・佐伯明・前田祥丈著、株式会社アミューズ監修、、)• 『地球音楽ライブラリー サザンオールスターズ 改訂版』(株式会社アミューズ監修、、TOKYO FM出版、上記に新作などを追加した新装版)• 『クワタを聴け! 』(著、、)• 『やっぱり、ただの歌詩じゃねえか、こんなもん 桑田佳祐 言の葉大全集』(上の同名作品の続編、2012年、新潮社)• 『サザンオールスターズ公式データブック 1978-2019』(株式会社出版、) 脚注 [] 注釈• 春では「」「(桑田ソロ曲)」。 秋では「」。 冬では「」「」「(桑田ソロ曲)」「」などがある。 また「」「」のように一曲の中に全ての季節を想起させるフレーズを入れた楽曲も存在する。 桑田は度々著書やインタビューで「僕の中にあるのは、当然、日本人の情緒そのもの 」「みんな日本人であることをもっと懐かしむべきだよ 」「やはり僕は日本人 」といった事を発言している。 「」の四番などのように歌詞カードが伏字にされたケースもある。 なお、大森が語ったところによると、野沢が大森に「このバンドでパーマネントでやりたいと真剣に考えてる」と告げ、後日この旨を聞かされた桑田はそれに対して「ああそう?」と述べ、良いとも悪いとも言わなかったという。 当初、野沢は「オレはセミプロだからアマチュア・バンドに付き合ってる暇はないんだよ」と言って断った。 には、が発売する「」のCMソングとして「いとしのエリー」をカヴァーしている。 ただし、その一方で竹内は桑田の人柄を「とても純粋な人」とも評しており、エロティックな発言やジョークなどについても「照れ隠し」と認識している旨も述べている。 サザンオールスターズ名義ではなく、名義で発売された作品。 男性アーティスト別で集計すると歴代4位となる。 2003年盤である。 オリジナル版(1978年発売)は3位である。 、、、などが同じく歴代5位である。 桑田佳祐(1980年代 - 2010年代)もソロとして同記録を保持している。 グループとしては、(1990年代 - 2020年代)も同記録を保持している。 スペシャルゲストとして参加し、「」などを演奏したほか、当時未発表の曲も披露された。 関口和之以外のメンバー5人で出演。 アーバン ライフ メトロ 2020年5月24日配信, 2020年7月15日閲覧• 2020年6月20日閲覧。 Real Sound 2015年3月28日配信, 2020年6月27日閲覧• アミューズ 2019年7月7日閲覧. 「 」2017年7月22日 『みちのものがたり』 「 茅ヶ崎ミュージックの系譜」より。 音人千一夜• SOUTHERN ALL STARS OFFICIAL SITE 2020年2月28日閲覧• 2015年12月13日閲覧• 、 2016年4月15日閲覧。 エンタメステーション 2018年8月9日• 岡村詩野 2011年2月16日. 2018年8月22日閲覧。 リアルサウンド• 桑田佳祐『やっぱり、ただの歌詩じゃねえか、こんなもん』P8、新潮社、2012年• 「別冊カドカワ 総力特集 桑田佳祐」P94より。 角川書店 2011年• 『葡萄』初回生産限定盤A・B特典「葡萄白書」p. 18より。 原由子『あじわい夕日新聞〜夢をアリガトウ〜』31頁、、2013年• Vol. 31 No. 8 Southern All Stars [僕らのサザン、みんなのサザン] p46 - 53より。 2005年。 『葡萄』初回生産限定盤A・B特典「葡萄白書」p. 25より。 桑田佳祐「ただの歌詩じゃねえかこんなもん'84-'90」 1990年、、p196 - 197• 26より。 64より。 31 No. 8 Southern All Stars [僕らのサザン、みんなのサザン] P37より。 31 No. Vol. 33 No. 4 Southern All Stars [我が名はサザン] p20より。 日刊スポーツ 2020年7月4日配信, 2020年7月7日閲覧• 「別冊カドカワ 総力特集 桑田佳祐」P176より。 角川書店 2011年• マキタスポーツ 「すべてのJ-POPはパクリである〜現代ポップス論考」(扶桑社)p150 - 153• 「別冊カドカワ 総力特集 桑田佳祐」P125より。 角川書店 2011年• 24より。 31 No. 8 Southern All Stars [僕らのサザン、みんなのサザン] p33より。 otoCoto• 桑田佳祐「ただの歌詩じゃねえか、こんなもん」 1984年、新潮社、p214• 『週刊文春』2014年9月18日号でのインタビュー特集 p17• 音楽ナタリー• CINRA. NET• [ ]• 『桑田佳祐「平成NG日記」』P14 - 17、講談社、1990年。 1995. 8月号より。 『ただの歌詩じゃねえかこんなもん』P25、新潮社、1984年• 「別冊カドカワ 総力特集 桑田佳祐」P126より。 角川書店 2011年• 「別冊カドカワ 総力特集 桑田佳祐」P168 - 172より。 角川書店 2011年• J-WAVE• SANSPO. COM• 33 No. 4 Southern All Stars [我が名はサザン] p22より。 33 No. 4 Southern All Stars [我が名はサザン] p26より。 『ROCKIN'ON JAPAN』2015年4月号(29巻5号、通巻450号)、ロッキング・オン、2015年、53頁• 23より。 「私の世紀末カルテ」の替え歌での被災者に寄り添う歌詞を披露しており、この記事のライブはが起きた2011年に開催されたものである。 『MUSICMAN』初回限定盤付録『MUSIC MANS NOTE』p38より。 『MUSICMAN』初回限定盤付録『MUSIC MANS NOTE』p42より。 「Pen」 2017年09月01日号 No. 435 p33より。 日経エンタテインメント! 2018年9月号 p12• サザンオールスターズ会報 vol. 132 14ページより。 NET• ro69 アールオーロック• リアルサウンド• 2枚目の写真に桑田がを股間に当てがっているシーンが存在する。 ro69 アールオーロック• 現在はサザンオールスターズの10thアルバムとしてナンバリング。 テレビ朝日. 2013年6月26日閲覧。 Rooftop• 別冊ザテレビジョン『ザ・ベストテン 〜蘇る! 80'sポップスHITヒストリー〜』角川インタラクティブ・メディア、2004年。 『Hotwax 日本の映画とロックと歌謡曲 Vol. 1』 、2005年、82-89頁• 桑田佳祐「ただの歌詩じゃねえか、こんなもん」 1984年、、p175• 桑田佳祐「ただの歌詩じゃねえか、こんなもん」 1984年、、p176• 」『』2000年2月4日付、25面。 『ブルー・ノート・スケール』 1987年 ロッキングオン P139• 『ブルー・ノート・スケール』 1987年 ロッキングオン P114• サザンオールスターズ会報 代官山通信 vol. 130 4ページより• 『ブルー・ノート・スケール』P186、ロッキン・オン、1987年• 『サザンオールスターズ 公式データブック 1978-2019』(2019年)出版 p135• 『サザンオールスターズ 公式データブック 1978-2019』(2019年)出版 p11• 『サザンオールスターズ 公式データブック 1978-2019』(2019年)出版 p121• 『サザンオールスターズ 公式データブック 1978-2019』(2019年)出版 p148• 『サザンオールスターズ 公式データブック 1978-2019』(2019年)出版 p136• 、、2013年7月12日 06:00。 SOUTHERN ALL STARS OFFICIAL SITE 2018年10月10日閲覧• 『月刊カドカワ』角川書店、1996年。 『サザンオールスターズ 公式データブック 1978-2019』(2019年)出版 p80• Billboard JAPAN 2018年6月25日閲覧• 1998年11月度認定作品を閲覧。 2016年5月11日閲覧。 jp 2017年2月20日閲覧• 日本作曲家協会 2018年3月23日閲覧• 『サザンオールスターズ 公式データブック 1978-2019』(2019年)出版 p71• スポニチアネックス 2016年1月26日配信・閲覧• オリコン 2006年6月21日配信, 2020年5月20日閲覧• 日本ビクタープレスリリース 2006年12月22日発表• com• サンケイスポーツ 2013年6月25日閲覧• RBBTODAY• ,ファイルウェブ,2014年12月17日• 『サザンオールスターズ 公式データブック 1978-2019』(2019年)出版 p16• billboard Japan 2015年11月5日閲覧• Billboard JAPAN 2018年4月3日閲覧。 音楽ナタリー 2018年7月13日閲覧• ビルボードジャパン 2018年7月19日閲覧• オリコン 2018年8月7日閲覧。 オリコン 2019年1月1日閲覧• スポニチアネックス 2019年1月4日閲覧、配信• リアルサウンド 2019年7月15日配信,2019年7月16日閲覧• オリコン 2019年12月20日配信, 2019年12月20日閲覧• スポーツ報知 2020年6月25日配信, 2020年6月25日閲覧• techinsight• 『週刊文春』2014年9月18日号でのインタビュー特集 p15• 『』2014年9月18日号でのインタビュー特集 p18• 『』2014年9月18日号でのインタビュー特集 p11• 「BRUTUS」2011年3月1日号 p. 72より。 33 No. 4 Southern All Stars [我が名はサザン] p21より。 2013年10月22日• 2018年6月23日BuzzFeed• 、 2020年3月7日閲覧。 、 2013年11月15日閲覧。 goo テレビ番組• Vol. 31 No. 8 Southern All Stars [僕らのサザン、みんなのサザン] p36より。 2018年10月号 P169 - 170より。 TOKYO FM「」2007年8月11日放送分• 2008年9月9日 ライブドアニュース• 「別冊カドカワ 総力特集 桑田佳祐」P93より。 角川書店 2011年• HMV 2003年11月30日配信, 2020年7月15日閲覧• SOUTHERN ALL STARS OFFICIAL SITE 2018年8月7日閲覧• 音楽ナタリー 2019年3月18日配信,2019年3月18日閲覧• リアルサウンド 2018年10月17日閲覧• 文化庁メディア芸術祭(ウェブ魚拓使用)2019年3月8日閲覧• オリコン 2017年6月14日閲覧• TBS 2019年10月8日閲覧• 2015年6月23日閲覧。 - オリコン、2014年9月16日、2014年12月23日閲覧• exciteニュース 2016年12月3日閲覧• オリコン 2016年9月30日閲覧• 2015年4月6日閲覧。 ORICON MUSIC. 2020年3月17日. 2020年3月18日閲覧。 オリコン 2015年12月5日閲覧• オリコン 2017年11月25日閲覧• オリコン 2017年1月6日閲覧• オリコン 2016年1月13日閲覧• 1月2日公演から順に、12月16日、12月17日、12月19日、12月20日の振り替え公演となっている。 台風により順延された9月22日公演の振り替え。 にラジオでが放送。 『』、1979年10月発行• の同名番組の公開収録。 シークレットライブ。 サザンオールスターズの他に、斉藤誠やが出演した。 インターネット配信およびで生放送された。 2014年12月9日. 2014年12月8日閲覧。 関連項目 サポートメンバー、関係者など キーボード・・ ・・・・・・・ ギター ・・ ベース ・ パーカッション コーラス ・・ ・・ ・・・・ ・・ その他 ・・・・・ テレビ・ラジオ番組• ・・・ 会社など• - SPEEDSTAR RECORDS内のパーソナルレーベル。 その他• - 同じ年にデビューした歌手 外部リンク ウェブサイト• - ファンクラブ会員サイト• - アミューズ• - ビクターエンターテインメント Twitter・Facebook・YouTube• sasfannet -• - チャンネル この項目は、(・・・・など)に関連した です。

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サザンオールスターズ「HOTEL PACIFIC」の楽曲ページ|14229610|レコチョク

サザン オールスター ズ hotel pacific

2000年7月発売の45thシングル。 1 「HOTEL PACIFIC」 ミドルテンポの8ビートのロックンロール。 汗をかきながら腰を揺らして踊れそうな感じで賑やかで楽しいです。 2 「虫歯のブルース」と「インディアン狂想曲」のメドレーです。 歯から血が出るそうです。 インディアン狂想曲は、HOTEL PACIFICと同じくミドルテンポの8ビートのロックンロール。 歌詞の意味はよくわかりませんが「虫歯のブルース? んなもなぁダメ」と言われて代わりにやってると言う体のようです。 飲み屋の方が主体のライブハウスで「ねぇ、なんかもう一曲やってよ。 」と言われて「じゃ、こんな曲どうよ。 」と気楽に応えてくれた感じです。 1999年発売の43rdシングル から、 44thシングル 46thシングル は、 に収録されませんでした。 (イエローマンのc. 「夏の日のドラマ」、「TSUNAMI」は、 に収録されました。 ) サザンオールスターズのオリジナル曲を全部揃えようと思い、大人買いしました。 (しています。 ) 今まであまりシングルは買わなかったのですが、このCDのc. 「虫歯のブルース~インディアン狂想曲 [MEDLEY]」を聴くと、なんだか知り合いがリクエストに応えて「もう一曲」「もう一曲」とやってくれているようで楽しいです。 シングルを購入するファンサービスとして理解しました。 嬉しいです。

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