赤い椿白い椿と落ちにけり 表現技法。 近代の俳句の試験対策!「伝え合う言葉」教育出版3

河東碧梧桐

赤い椿白い椿と落ちにけり 表現技法

幾山河越えさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅ゆく 漂白の歌人・若山牧水の代表作であり、多くの人々に愛され続けてきた名作中の名作です。 この歌に酷似した詩があります。 それは、です。 いずれも、満たされぬ思いが消えることを望んで旅を続けているけれども、寂しさや哀しみは消えず、真の安らぎや幸福にも出逢えないという嘆きを詩にしています。 若山牧水の「幾山河」とカール・ブッセの「山のあなた」が多くの人々に愛唱されているのは、天性の詩人でなくても、誰もが青春期には一度は抱いたことがある感情を、わかりやすくものの見事に表現しているからでしょう。 われ歌をうたへりけふも故わかぬかなしみどもにうち追はれつつ 若山牧水という詩人の試作の動機、原動力となっている感情を、ストレートに歌っていて、その真っすぐさに胸を打たれます。 白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ 「幾山河」と並ぶ若山牧水の代表作であり、近代・現代短歌の中で、最も多くに人たちに愛唱されている作品。 青春はなぜ美しいのか。 それが純粋だからです。 純粋な魂はひとつの例外もなく孤独であります。 孤独でありたいわけではないけれども、純粋であるがゆえに、魂は孤独を求め、その中に純粋な表現を生み出してゆきます。 人は時に「人生は旅である」と言いますが、多くの人は孤独の旅に疲れ、一カ所に落ち着こうとします。 しかし、生活を安定させてもなお、心の旅を続けざるを得ないのが人生なのですね。 その哀しさと美しさを、牧水は「白鳥」の歌に結晶化してくれています。 けふもまた こころの鉦を 打ち鳴らし 打ち鳴らしつつ あくがれて行く 詩人の定義はいろいろあるでしょうけれども、私としては「 詩情が次々と内側から湧き出てきて、それが死ぬまで尽きない人のことを詩人と呼びたい」と思っています。 その意味から、若山牧水ほど詩人らしい詩人はいないのではないでしょうか。 心の中に鳴り続けてやまない鉦(鐘)を抱いて生き切った若山牧水は、歌人というより詩人と呼びたいと私は強く感じています。 白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり 酒をこよなく愛した若山牧水。 その心情がこの歌にはあふれており、一度知ると忘れられない不思議な力を持っています。 旅と酒と女を愛した牧水は、凡人から見ると、うらやましいほど自分自身に正直に生きた人でした。 誰もが憧れるものに、体全身で憧れ続けた牧水の生き方に共感しない人はいないのではないでしょうか。 ともすれば君口無しになりたまふ海な眺めそ海にとられむ 牧水は恋愛歌にも優れたものがあります。 読んだ時に思わず赤面してしまうような、あまりの純朴さが牧水の恋歌の特徴と言えそうです。 かたわらにいる恋人が海を眺めている、その表情が海に吸い込まれてしまいそうなほどの情愛に満ちていて、牧水は海に嫉妬している。 「海を眺めないでください。 海に奪われてしまいそうだから」と声にならない声で牧水は叫ぶように歌っているのです。 同じような設定の短歌がありますので、最後にご紹介しておきます。 いかがでしょうか? 若山牧水と石川啄木とをで比較してみると、興味深い発見ができるかと存じます。

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大至急!俳人の、河東碧梧桐さんの俳句について質問です!

赤い椿白い椿と落ちにけり 表現技法

季語を調べるには、「 歳時記」を繰る。 これ以上は言えないという断念を表している「 切れ字」 かな、けり、や など。 定型をはみ出してるもの「 自由律俳句」 季語のない俳句「 無季俳句」 どの子にも 涼しく風の 吹く日 かな 飯田龍太 季語…涼し (夏) 切れ字…かな どの子にも風が涼しく吹いている良い日だなぁ。 いくたびも 雪の深さを 尋ね けり 正岡子規 季語…雪 (冬) 切れ字…けり 何度も降り積もる雪の深さを尋ねたことであった。 跳箱の 突き手一瞬 冬が来る 友岡子郷 季語… 冬 跳び箱に手をついて空中に飛び上がった一瞬、宙で触れた澄んだ大気に冬を感じた。 たんぽぽの ぽぽとわたげの たちに けり 加藤楸邨(しゅうそん) 季語…たんぽぽ( 春) 切れ字…けり 種類…擬態語(事物を音声にたとえて表した語) たんぽぽの綿毛が「ぽぽ」という感じで立っている。 分け入っても 分け入っても 青い山 種田山頭火 種類…体言止め いくら分け入っても木々の生い茂った山が続いた。 古池 や 蛙飛こむ 水のおと 季語…蛙( 春) 切れ字…や 種類…体言止め 古い池だなぁと眺めていると、蛙の飛び込む水の音が聞こえた。 斧入て 香におどろく や 冬こだち 季語…冬こだち (冬) 切れ字…や 種類…体言止め 冬の枯れた様に見える木の一本に斧を振り入れたらその切り口から生き生きとした木の香りが漂ってきて驚いた。 名月を 取てくれろと なく子 哉 季語…名月 (秋) 切れ字…哉 中秋の満月を見て、あの月を取ってくれとだだをこねる子がいる。 ゆさゆさと 大枝ゆるる 桜かな 季語…桜 (春) 切れ字…かな ゆさゆさと大きな枝を揺らしている桜だなぁ。 赤い 椿 白い椿と 落ちに けり 季語…椿 (春) 切れ字…けり 赤い椿、白い椿、と落ちたことだ。 椿の花が落ちている。 赤い花が落ちたと思ったら、次は白い花だ。 一つだけでも鮮やかな色だが、 このように落ちていく花びらの赤と白の対比も鮮やかだ。 桐一葉 日当たりながら 落ちに けり 季語…桐一葉 (秋) 切れ字…けり 桐の一葉が日に当たりながら落ちていった。 咳をしても一人 無季自由律 (冬) 種類…体言止め 咳をしたら、ただその音が聞こえるだけで一人であることを実感した。 滝落ちて 群青世界 とどろけり 季語…滝 (夏) ごうごうと滝が落ち、群青色の世界がとどろいていた。 金剛の 露ひとつぶや 石の上 季語…露 (秋) 切れ字…や 種類…体言止め 石の上に乗っていた一粒の露が、ただの露ではなく輝く宝石のように見えた。 いなびかり 北よりすれば 北を見る 季語…いなびかり (秋) 稲妻が北の方で光ったので思わず北を見た。 プラタナス 夜もみどりなる 夏は来ぬ 季語…夏は来ぬ (夏) プラタナスの木が夜もはっきり緑色と分かるような夏が来たのだなぁ。 戦争が 廊下の奥に 立っていた 種類…擬人法 戦争が薄暗い廊下の奥に立っていた。 暗黒や 関東平野に 火事一つ 季語…火事 (冬) 切れ字…や 種類…体言止め 暗黒であることだなぁ。 関東平野にたった一つ火事が見える。 薄氷の 吹かれて端の 重なれる 季語…薄氷 (春) 春の薄い氷が風に吹かれて流れ端が重なり合っているよ。 日と月の ごとく二輪の 寒牡丹 季語…寒牡丹 (冬) 種類…体言止め 二つの寒牡丹が太陽と月のように並んで咲いている。 水の地球 少し離れて 春の月 季語…春の月 (春) 種類…体言止め 水の星と言われる地球。 そこから少し離れて春の月が空に掛かっている。 展示デザイナーとは モノを見せるためのステージや照明をデザインする。 僕がデザインしてみたい景色とは 作品そのものではなく、展示デザイン室そのものをこそ写真に撮りたくなるような記憶に残しておきたくなるような景色。 プライスさんが僕に言ったことを3つ 金屏風は横方向からの光で光量を絞る程魅力が輝いてくること。 銀の屏風はより強い光を与えた方がいいこと。 動く光によって光の色味が変化することで濃淡が逆転し絵の表情が移り変わること。 この3つをまとめると こんな自然光のような光で私のコレクションを展示してくれないかということ。 何が千変万化し表情を変え続けるのか 屏風や掛け軸の印象 p94上19行目の「そこ」とは 博物館では一般的に絵画作品を見せる為の証明は均一でなければいけないということ。 庭からの光が間接的に部屋の中に入ってきたのは、何によってか。 3つ 屋根のひさし、畳、障子 光が移り変わる展示照明デザインとはどんなものか コンピュータ制御で光の強さと方向を調節できる照明装置。 照明実験を行った時、人々の反応はどうなったのか 金箔の放つ輝きやそれを背景にざわざわと風になびく秋草や花の姿の魅力にしばし見入ってしまった。 プライスさんの考える動く光の魅力が最大限に生きるように、どんなことを考えたか。 屏風をガラスケースに入れずに展示するということ。 p96上10行目は何の展覧会か、4文字 江戸絵画 あふれかえったとは、入場者のどんな様子か 入場者が大変多く訪れた様子。 僕が目指すべき展示の風景とはどんな風景か 作品とその鑑賞者とが一体となった風景。 展示デザインに取りかかることで僕が教わったこととは何か ものの見方や考え方は一折ではないこと、何かを表現することの重みと奥深さのこと。 筆者がオススメしていることは何か 博物館に足を運び、モノを実際に見てほしいということ。

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国語 3−1−期

赤い椿白い椿と落ちにけり 表現技法

大意 どの子にも、風が涼しく吹いている良い日だなぁ。 季語 涼し(夏) どこ1 校庭の木陰でクラスメイトとくつろいでいるときのこと。 どこ2 幼児の頃、海辺で遊んだときのこと。 だれ 子供(複数) 切れ字 「涼しく風の吹く日かな」 感動の中心 作者は、子どもたちが集まっているところに、涼風が吹いている今日というこの日に感動している。 情景 「どの子」も風を「涼しく」感じていることから、「どの子」も汗をかくくらい活発に動いていることがわかる。 その涼風にあたり、気持ちよさそうにしている子ども達を見て、作者は感動している。 鑑賞 子どもというのは「希望」や「未来」がある一方で、自立するまでは周囲の影響を受けて生きていかなくてはならない存在である。 この句は、なにげない日常の一場面を切り取ったものであるが、子ども一人ひとりのかけがえのない命や人生を思うとき、作者のあたたかく慈愛に満ちた視線が感じられる。 (金山桜子) 大意 何度も、雪の深さを尋ねたことであった。 季語 雪(冬) どこ 作者の家の中 だれ 重い病気で寝ている作者 切れ字 「尋ねけり」 状況 作者正岡子規が結核性脊椎カリエスで身動きができなくなり、なくなるまで病床生活を送ったのは、東京根岸の子規庵であった。 ここで母八重(やえ)と妹律(りつ)の献身的な看護を受けた。 雪が降ったというのに障子がさえぎって庭の様子が見えない。 病床から動けない子規は、自分の目でどのくらい雪が積もったのか、自分で確かめることができないのである。 そこで母や妹、あるいは病室に出入りする人に、積雪の様子を幾度も尋ね、庭や道路や公園に積もった雪景色を想像している状況を詠んでいる。 「いくたびも」と詠んだところに、雪を喜ぶ子規の気持ちが表れている。 ちなみに、子規庵にガラス障子を弟弟子の高浜虚子が入れてくれたのは、明治32年であるため、それ以前の句。 大意 バスを待ちながら大路にたたずんでいると、日はうらうらと照り、街行く人の装いも明るく軽やかで、街路樹も芽吹き初めて、疑いもなく春だと感じられることである。 季語 春(春) 切れ バスを待ち/大路の春をうたがはず 対比 春とバス 鑑賞 停留所でバスを待つ間に見える様々な景色…視覚的には春の日差しや新緑、聴覚的には鳥のさえずり、嗅覚的には花の香り、触覚的には温かな空気と、味覚以外の五感すべてから「大路の春を疑わず」と感じた。 濁音の多さも街の喧騒が感じられる。 春の大路の様子をいろいろと想像できる句である。 待ちわびる対象として「春」と「バス」を重ねている。 つまり、作者はバスを待つ時点では春の到来に気づいておらず、装いも冬のものであったことが考えられる。 「早く春が来て欲しい」という気持ちがあり、周囲の状況から、既に春が来ているコトへの驚きが感動の中心である。 「うたがはす」の断定的な切れの強さが、春到来の若々しさを伝えてくれる。 資料 この句は、昭和8年、作者が東京・神田の大通りでバスを待ちながら、周囲の風景などに何気なく目をやっている時に着想を得たものである。 この時代、バスはとてもモダンな乗り物であった。

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