サマー セット モーム。 『昔も今も』サマセット・モーム

サマセット・モームの名言・言葉(英語&日本語)

サマー セット モーム

戦時中ではないのだから過剰な自制は必要ないし、相互監視などもってのほかだけれど、逆にお気楽なユーチューブ・ラリーが続いているのも、いただけない。 仮にそれが「はげまし」の連鎖だとしても、自粛解除のあとはどうするのか。 きっとライブやドラマ撮影や小屋打ちが再開して、ふだんの平時に戻るだけなのだろう。 もっとも自粛中のテレワークはけっこう便利そうだったので、うまくリモート・コミュニケーションをまぜるだけになるのだろう。 思うに、ニューノーマルなんて幻想なのである。 その宿命を背負っているのは、なんといっても病院などの医事現場である。 感染治療も感染対策もたいへんだし、治療や看護にあたる従事者の心労も続く。 経営もしだいに逼迫していくだろう。 なぜこうなっているかといえば、原因はいろいろあるけれど、細菌やウイルスがもたらす疾病が「個人治療」だけではなく「人類治療」にかかわるからである。 人間一人ずつに対処して治療する。 これに対してウイルス対策は「究極要因」を相手にする。 いわば人類が相手なのである。 人類が相手だということは「生きもの」全部が相手だということで、人間も「生きもの」として見なければならないということになる。 これについては長谷川眞理子さんの『生き物をめぐる4つの「なぜ」』(集英社新書)という好著がある。 ゼツヒツの1冊だ。 進化医学では感染症の発熱を感染熱とはみなさない。 ウイルスなどの病原菌が生育する条件を悪化(劣化)させるために、われわれの体がおこしている現象だとみなす。 免疫系の細胞のほうが病原菌よりも高温性に耐性があることを活用して発熱をもたらしたのである。 だからすぐさま解熱剤を投与したり、体を冷却しすぎたりすることは、かえって感染症を広げてしまうことになりかねない。 ウイルスは血中の鉄分を減少させることも知られているが、これもあえてそういう対策を体のほうが選択したためだった。 「苦労する免疫」仮説を唱えて話題を呼んだ。 そういえば、かつてパラサイト・シングルといった用語をつくり、その後もフリーターや家族社会学について独自の見解を発表していた山田昌弘が、2004年に『希望格差社会』(筑摩書房)で、ネシーの「苦労する免疫」仮説をうまくとりあげていたことを思い出した。 いずれも大いに考えさせられた。 イーワルドはTED(2007)で急性感染症をとりあげ、「われわれは、細菌を飼いならせるのか」というユニークなトークを展開している。 イーワルドの言い分から今回のCOVID19のことを類推すると、武漢での飲料水や糞尿や補水がカギを握っていたということになる。 COVID19パンデミックの渦中の4月25日、HCU(ハイパーコーポレート・ユニバーシティ)第15期目の最終回をハイブリッド・スタイルで開催した。 本楼をキースタジオにして、80人を越えるネット参加者に同時視聴してもらうというスタイルだ。 リアル参加も受け付けたので、三菱の福元くん、リクルートの奥本くん、大津からの中山くんら、5人の塾生が本楼に駆けつけた。 さあ、これだけの参加者とぼくのレクチャーを、どういうふうにAIDAをとるか。 「顔」と「言葉」と「本」を現場と送信画面をスイッチングしながらつなげたのである。 まずは本楼で5台のカメラを動かし、チャット担当に2人(八田・衣笠さん)をあて、記事中継者(上杉くん)が付きっきりで事態のコンテンツ推移の様子をエディティングしつづけるようにした。 スイッチャー(穂積くん)にも立ってもらった。 かくしてハイブリッドHCUは、昼下がり1時の参加チェック開始からざっと7時間に及んだのである。 だからテレワークをしたわけではない。 ぼくは最近のテレワークにはほとんど関心がない。 当時はFAXもなく、オートバイで資料やダミーや原稿を運びあって、制作編集をしつづけたものだった。 最近のテレワークは適用機材の仕様に依存しすぎて、かえって何かを「死なせて」いるか、大事なことを「減殺しすぎて」いるように思う。 プロクセミックスとアフォーダンスがおバカになってしまうのだ。 テレビもネット参加の映像を試みているけれど、いまのところ芸がない。 はたしてうまくいったかどうか。 それは参加者の感想を聞かないとわからないが、ディレクターには小森康仁に当たってもらい、1週間前にラフプランをつくり、前日は映像・音声・照明のリハーサルもした。 こういう時にいつも絶対フォロアーになってくれてきた渡辺文子は自宅でその一部始終をモニターし、コメントしてくれた。 当日の現場のほうは佐々木千佳・安藤昭子・吉村堅樹が舞台まわしを仕切った。 安藤の胸のエンジンがしだいに唸りはじめていたので、この反応を目印に進めようと思った。 書物というもの、表紙がすべてを断固として集約表現しているし、それなりの厚みとボリュームもあるので、見せようによっては、ぼくの「語り」を凌駕する力をもつ。 けれどもやってみると、けっこう忙しく、目配りも届ききれず、自分が多次元リアル・ヴァーチャルの同時送受の浸透力にしだいに負けてくるのがよくわかった。 76歳には過剰だったのかもしれない。 まあ、それはともかく、やってのけたのだ。 すでに昨年10月から演劇ではこまつ座の座長の井上麻矢ちゃんが(井上ひさしのお嬢さん)が、スポーツからは昔なじみのアメフトのスター並河研さんとヘッドコーチの大橋誠さんが、ビリヤードからは大井直幸プロと岡田将輝協会理事が、文楽からは2日にわたって吉田玉男さんのご一門(3役すべて総勢10人余)が、そして茶道から遠州流の小堀宗実家元以下の御一党が(宗家のスペースも提供していただいた)、いったい稽古と本番とのAIDAにあるものは何なのか、いろいろ見せたり、話したり、濃ゆ~く演じてみせてくれたので、これをあらためて振り返るのはたいへん楽しかった。 たとえばベンヤミンやポランニーやエドワード・ホールだ。 ついでに最新刊の『日本文化の核心』(講談社現代新書)からのフリップも入れた。 とくに日本株式会社の多くが平時に有事を入れ込まないようになって、久しく低迷したままなので(いざというとお金とマスクをばらまくだけなので)、こちらについてはかなりキツイ苦言を呈してみた。 このことを前提にしておかない日本なんて、あるいはグローバルスタンダードにのみ追随している日本なんて、かなりの体たらくなのである。 そのことに苦言を呈した。 もっと早々にデュアルスタンダードにとりくんでいなければならなかったのである。 つまり地球生命系のアントロポセンな危機が到来しているということなのだが、そのことがちっとも交わされていない日本をどうするのか、そこを問うた。 ぐったりしたけれど、そのあとの参加者の声はすばらしいものだったので、ちょっとホッとした。 そのうち別のかたちで、「顔」と「言葉」と「本」を「世界と日本」のために、強くつなげてみたいものである。 RNAウイルスの暴風が吹き荒れているのである。 新型コロナウイルスがSARSやMARSや新型インフルエンザの「変異体」であることを、もっと早くに中国は発表すべきだったのだろう。 そのうえで感染症を抑える薬剤開発やワクチンづくりに臨んでみたかった。 せめてフランク・ライアンの『破壊する創造者』(ハヤカワ文庫)、フレデリック・ケックの『流感世界』(水声社)を読んでほしい。 千夜千冊ではカール・ジンマーの『ウイルス・プラネット』を紹介したが、中身はたいしたことがなく、武村政春さんの何冊かを下敷きにしたので(講談社ブルーバックスが多い)、そちらを入手されるのがいいだろう。 「自粛嫌い」のぼくも、さすがに家族からもスタッフからも「自制」を勧告されていて、この2週間の仕事の半分近くがネット・コミュニケーションになってきた(リアル2・5割、ネット参加7・5割のハイブリッド型)。 それはそれ、松岡正剛はマスクが嫌い、歩きタバコ大好き派なので、もはや東京からは排除されてしかるべき宿命の持ち主になりつつあるらしい。 そのうち放逐されるだろう。 学生時代に、このコンベンションに付き合うのは勘弁してもらいたいと思って以来のことだ。 下戸でもある。 だから結婚式や葬儀がひどく苦手で、とっくに親戚づきあいも遠のいたままにある。 たいへん申し訳ない。 レイ・ブラッドベリの家に行ったとき、地下室にミッキーマウスとディズニーグッズが所狭しと飾ってあったので、この天下のSF作家のものも読まなくなったほどだ。 これについては亡きナムジュン・パイクと意見が一致した。 かつての豊島園には少し心が動いたが、明るい改装が続いてからは行っていない。 格闘技はリングスが好きだったけれど、横浜アリーナで前田日明がアレクサンダー・カレリンに強烈なバックドロップを食らって引退して以来、行かなくなった。 ごめんなさい。 子供時代はバスケットの会場と競泳大会の観戦によく行っていた。 それは7割がたは「本」による散策だ(残りはノートの中での散策)。 実は、その脳内散歩ではマスクもするし、消毒もする。 感染を遮断するのではなく、つまらない感染に出会うときに消毒をする。 これがわが「ほん・ほん」の自衛策である。 ぼくとしてはめずらしくかなり明快に日本文化のスタイルと、そのスタイルを読み解くためのジャパン・フィルターを明示した。 パンデミックのど真ん中、本屋さんに行くのも躊らわれる中での刊行だったけれど、なんとか息吹いてくれているようだ。 デヴィッド・ノーブルさんが上手に訳してくれた。 出版文化産業振興財団の発行である。 いろいろ参考になるのではないかと思う。 中井久夫ファンだったぼくの考え方も随所に洩しておいた。 次の千夜千冊エディションは4月半ばに『大アジア』が出る。 これも特異な「変異体」の思想を扱ったもので、竹内好から中島岳志に及ぶアジア主義議論とは少しく別の見方を導入した。 日本人がアジア人であるかどうか、今後も問われていくだろう。 1月~2月はガリレオやヘルマン・ワイルなどの物理や数学の古典にはまっていた。 この、隙間読書の深度が突き刺すようにおもしろくなる理由については、うまく説明できない。 「間食」の誘惑? 「別腹」のせい? 「脇見」のグッドパフォーマンス? それとも「気晴らし演奏」の醍醐味? などと考えてみるのだが、実はよくわからない。 新型コロナウィルス騒ぎでもちきりなのだ。 パンデミック間近かな勢いがじわじわ報道されていて、それなのに対策と現実とがそぐわないと感じている市民が、世界中にいる。 何をどうしていくと、何がどうなるはかわからないけれど、これはどう見ても「ウィルスとは何か」ということなのである。 けれどもいわゆる細菌や病原菌などの「バイキン」とは異なって、正体が説明しにくい。 まさに隙間だけで動く。 ところがウィルスはこれらをもってない。 自分はタンパク質でできているのに、その合成はできない。 生物は細胞があれば、生きるのに必要なエネルギーをつくる製造ラインが自前でもてるのだが、ウィルスにはその代謝力がないのである。 だから他の生物に寄生する。 宿主を選ぶわけだ、宿主の細胞に入って仮のジンセーを生きながらえる。 ところがこれらは自立していない。 他の環境だけで躍如する。 べつだん「悪さ」をするためではなく、さまざまな生物に宿を借りて、鳥インフルエンザ・ウィルスなどとなる。 もっとはっきり予想していえば「借りの情報活動体」なのだ。 鍵と鍵穴のどちらとは言わないが、半分ずつの鍵と鍵穴をつくったところで、つまり一丁「前」のところで「仮の宿」にトランジットする宿命(情報活動)を選んだのだろうと思う。 たとえば一人の肺の中には、平均174種類ほどのウィルスが寝泊まりしているのである。 さまざまな情報イデオロギーや情報スタイルがどのように感染してきたのか、感染しうるのか、そのプロセスを追いかけてきたようにも思うのだ。 まあ、幽閉老人みたいなものだが、何をしていたかといえば、猫と遊び、仕事をしていたわけだ。 千夜千冊エディションを連続的に仕上げていたに近い。 木村久美子の乾坤一擲で準備が進められてきたイシス編集学校20周年を記念して組まれたとびきり特別講座だ。 開講から104名が一斉に本を読み、その感想を綴り始めた。 なかなか壮観だ。 壮観なだけでなく、おもしろい。 やっぱり本をめぐる呟きには格別なものがある。 ツイッターでは及びもつかない。 参加資格は編集学校の受講者にかぎられているのが、実はミソなのである。 ちょっと摘まんでみると、こんなふうだ。 赤坂真理の天皇モンダイへの迫り方も、大竹伸朗のアートの絶景化もいいからね。 イーガンや大澤君のものはどうしても読んでおいてほしいからね。 これらの感想について、冊師たちが交わしている対応が、またまた読ませる。 カトめぐ、よくやっている。 穂村弘『絶叫委員会』、原田マハ『リーチ先生』、上野千鶴子『女ぎらい』、畑中章宏『天災と日本人』、藤田紘一郎『脳はバカ、腸はかしこい』、ボルヘス『詩という仕事について』、松岡正剛『白川静』、モラスキー『占領の記憶・記憶の占領』、柄谷行人『隠喩としての建築』、藤野英人『投資家みたいに生きろ』、バウマン『コミュニティ』、酒井順子『本が多すぎる』、バラード『沈んだ世界』、堀江敏幸『回送電車』、アーサー・ビナード『日々の非常口』、島田ゆか『ハムとケロ』、ダマシオ『意識と自己』、荒俣宏『帝都物語』、白州正子『縁あって』、野地秩嘉『キャンティ物語』、ヘレン・ミアーズ『アメリカの鏡』、國分功一郎『原子力時代における哲学』、ミハル・アイヴァス『黄金時代』、ウェイツキン『習得への情熱』、江國香織『絵本を抱えて部屋のすみへ』、内田樹『身体の言い分』。 このへんも嬉しいね、アイヴァスを読んでくれている。 ぼくが読んでいない本はいくらもあるけれど、イシスな諸君の読み方を読んでいると、伊藤美誠のミマパンチを見たり、中邑真輔のケリが跳んだときの快感もあって、それで充分だよと思える。 もともとはモルフェウスのしからしむ誘眠幻覚との戯れなのだけれど、これを共読(ともよみ)に変じたとたんに、世界化がおこるのだ。 こんな快楽、ほかにはめったにやってこない。 満を持してのエディションというわけではないが(それはいつものことなので)、みなさんが想像するような構成ではない。 現代思想の歴々の編集力がいかに卓抜なものか、これまでのポストモダンな見方をいったん離れて、敷居をまたぐ編集、対角線を斜めに折る編集、エノンセによる編集、テキスト多様性による編集、スタンツェ(あらゆる技法を収納するに足る小部屋もしくは容器)を動かす編集、アナモルフィック・リーディングによる編集を、思う存分つなげたのだ。 かなり気にいっている。 なかでポランニーが「不意の確証」は「ダイナモ・オブジェクティブ・カップリング」(動的対象結合)によっておこる、それがわれわれに「見えない連鎖」を告知しているんだと展望しているところが、ぼくは大好きなのである。 鍵は「準同型」「擬同型」のもちまわりにある。 「世界は本である」「なぜなら世界はメタフォリカル・リーディングでしか読めないからだ」と喝破した有名な著作だ。 最後にキエラン・イーガンの唯一無比の学習論である『想像力を触発する教育』にお出まし願った。 この1冊は天才ヴィゴツキーの再来だった。 あしからず。 編集力のヒントとしては『情報生命』も自画自賛したいけれど、あれはちょっとぶっ飛んでいた。 『編集力』は本気本格をめざしたのだ。 ぜひ手にとっていただきたい。 あしからず。 ところが、気持ちのほうはそういうみなさんとぐだぐたしたいという願望のほうが募っていて、これではまったくもって「やっさもっさ」なのである。 やっぱりCOPD(肺気腫)が進行しているらしい。 それでもタバコをやめないのだから、以上つまりは、万事は自業自得なのであります。 来年、それでもなんだかえらそうなことを言っていたら、どうぞお目こぼしをお願いします。 それではみなさん、今夜もほんほん、明日もほんほん。 最近読んだいくつかを紹介する。 ジョン・ホロウェイの『権力を取らずに世界を変える』(同時代社)は、革命思想の成長と目標をめぐって自己陶冶か外部注入かを議論する。 「する」のか「させる」のか、そこが問題なのである。 同時代社は日共から除名された川上徹がおこした版元で、孤立無援を闘っている。 2年前、『川上徹《終末》日記』が刊行された。 コールサック社をほぼ一人で切り盛りしている鈴木比佐雄にも注目したい。 現代詩・短歌・俳諧の作品集をずうっと刊行しつづけて、なおその勢いがとまらない。 ずいぶんたくさんの未知の詩人を教えてもらった。 注文が多い日々がくることを祈る。 ぼくは鷲津繁男に触発されてビザンチンに惑溺したのだが、その後は涸れていた。 知泉書館は教父哲学やクザーヌスやオッカムを読むには欠かせない。 リアム・ドリューの『わたしは哺乳類です』とジョン・ヒッグスの『人類の意識を変えた20世紀』(インターシフト)などがその一例。 ドリューはわれわれの中にひそむ哺乳類をうまく浮き出させ、ヒッグスは巧みに20世紀の思想と文化を圧縮展望した。 インターシフトは工作舎時代の編集スタッフだった宮野尾充晴がやっている版元で、『プルーストとイカ』などが話題になった。 原研哉と及川仁が表紙デザインをしている。 最近、太田光の「芸人人語」という連載が始まっているのだが、なかなか読ませる。 今月は現代アートへのいちゃもんで、イイところを突いていた。 さらにきわどい芸談に向かってほしい。 佐藤優の連載「混沌とした時代のはじまり」(今月は北村尚と今井尚哉の官邸人事の話)とともに愉しみにしている。 ついでながら大阪大学と京阪電鉄が組んでいる「鉄道芸術祭」が9回目を迎えて、またまたヴァージョンアツプをしているようだ。 「都市の身体」を掲げた。 仕掛け人は木ノ下智恵子さんで、いろいろ工夫し、かなりの努力を払っている。 ぼくも数年前にナビゲーターを依頼されたが、その情熱に煽られた。 いろいろ呆れた。 とくに国語と数学の記述試験の採点にムラができるという議論は、情けない。 人員が揃わないからとか、教員の負担が大きいからとかの問題ではない。 教員が記述型の採点ができないこと自体が由々しいことなのである。 ふだんの大学教員が文脈評価のレベルを維持できていないということだ。 ラグビージャパンはよくやった。 予選リーグは実に愉快だった。 何度も観たが、そのたびにキュンキュンした。 堀江、松島、福岡には泣かされた。 これまでは力不足だった田村もよかった。 リーチ・マイケルのサムライぶりがやっと全国に伝わったのも嬉しかったが、こういうサムライは世界のラグビーチームには、必ず2~3人ずついるものだ。 リーチも田村もルークも姫野もイマイチだった。 CTBの中村のタックルとフルバックの山中の成長を評価したい。 5年ほど前は体が辛そうだった。 平尾とは対談『イメージとマネージ』(集英社文庫)が残せてよかったと、つくづく憶う。 あのときの出版記念パーティには松尾たちも来てくれて、大いに沸いた。 美輪明宏さんが「いい男ねえ」と感心していたのが懐かしい。 まさにミスター・ラグビーだったが、繊細で緻密でもあった。 「スペースをつくるラグビー」に徹した。 トップリーグよりも、冬の花園の高校生たちの奮闘を観てもらうのが、おそらくいいのではないかと思う。 ただし、カメラワークをもっとよくしなければいけない。 孫犁冰さんが渾身の翻訳をしてくれた。 『歴史与現実』という訳になっている。 孫さんは新潟と上海を行き来して、日中の民間外交に貢献している気鋭の研究者で、すばらしいコミュニケーターだ。 イシス編集学校の師範代でもある。 韓国語になった本が7冊になっているので、少々は東アジアと日本のつながりの一助を担ってくれていると信じるが、日中韓をまたぐこういう「言葉のラグビー」や「思想文化のまぜまぜアスリート」は、いまはまだからっきしなのである。 中国文化サロン、日本僑報社、日中翻訳学院、中国研究書店、日韓大衆文化セミナー、日中韓交流フォーラムなどの充実に期待する。 東方書店の「知日」という月刊雑誌ががんばってくれている。 諸君は実在する秘密諜報部員やスパイを扱った小説や映画は好きだろうか。 諸君はゴーギャンの絵やゴーギャンの人生に関心をもっているだろうか。 諸君は男が女に愛想をつかす理由や、女が変わった男に惹かれる理由、さもなくば男が女にすがる理由に興味があるだろうか。 もし、この三つのことがちょっとでも気になるというなら、さっさと『月と六ペンス』を読むべきだ。 理由は次の通り。 (1)サマセット・モームはもともとがイギリス諜報機関のメンバーで、ジュネーブでの諜報活動に携わっているうちに激務で健康を害し、スコットランドの本書を書きあげた。 (2)『月と六ペンス』の主人公はチャールズ・ストリックランドというのだが、これはポール・ゴーギャンその人をまるまるモデルとしたかなり風変わりな伝聞伝記なのである。 (3)そこには、作家の「僕」がパリで出会った画家(ストリックランドすなわちゴーギャン)が妻を捨てパリに出て、友に助けられながらも、友の妻を自殺に追いやり、その夫が去った妻を思い、画家が南国の女に愛されるといったような男女の絆が、次々に描かれている。 書店に行くたび、気になる装幀の気になる本がいつも並んでいると、ついついその本の1冊を買ってしまうことがある。 ぼくはそのようにして『月と六ペンス』をむりやり読んだ。 そうやって読むような本は、たいていは予想とちがった本である。 がっかりすることが多いが、、なかに予想外の収穫もある。 たいていは中身と関係のない理由で読みはじめてしまう。 そのころ、サマセット、モーム、人間、絆、月、六ペンス、雨、赤毛といった大きな活字が、すっきりしたタイプフェイスでどんな書店の一角をも堂々と占めていた。 なかで「月」「六ペンス」という対比に惹かれ、ただそれだけの理由でつい買ってしまい、つい読んでしまった。 もうひとつちょっとした理由もあった。 高校時代の夏休みの英語の補講で読んだモームの『凧』という短編が気にいった。 もっともモームに関心をもったわけでも、『月と六ペンス』をちょっとでも知ったわけでもなかった。 実際、その補講ではむしろの短編のThe Innocentのほうが上々の印象だった。 ともかく、こうして『月と六ペンス』を読んだのである。 おもしろかった。 高校生として現代英文学のおもしろさというものを初めて知ったというのは言いすぎだが、おそらくストーリーテリングの技に巻こまれたのだとおもう。 どんな美術にもほとんど関心がなく、どんな画家の才能や生涯に対してもほとんど知りたいという動機を何ももっていないような男が、ゴーギャンにひとかたならぬ関心をもつとしたら、いったいどういう物語をつくればいいだろうか。 モームが本書でやってみせたことは、このことである。 駆け出しの作家の「僕」はロンドンでサロンを開く夫人が気になるのだが、その夫とは一度顔をあわした程度だった。 ところがある日、突然にその夫ストリックランドが姿をくらました。 夫人のたっての頼みでパリのどこかにいるらしい夫に会いに行くことになった「僕」は、そこでストリックランドが妻を捨てた理由が、ただ絵を描きたかっただけだったということを知って呆れる。 すべてが理解できない「僕」は、パリの友人の画家がストリックランドの絵はすごいというのもわからない。 しかもその友人が自分のアトリエを貧乏なストリックランドに開放し、あげくに自分の妻がストリックランドに心を奪われているのに平気であることが、さらにわからない。 おかしなことに、この小説では「僕」は終始、ストリックランドの絵を理解できないばかりか、その寡黙な生き方がさっぱりわからないままなのだ。 いくつかの事件や事故がおこり、「僕」はストリックランドを見失う。 そして時間がたつ。 けれども何かが気になってストリックランドが移住してしまったというタヒチを訪れる。 すでにストリックランドは死んでいたが、「僕」はそこでアタという現地の女に愛されたストリックランドの日々を知って、またまたわからなくなっていく。 筋といえば、たったこれだけのことで、しかもゴーギャンの芸術のことやゴーギャンの言葉のようなものは、何も出てこない。 それなのに本書は、ゴーギャンの研究家たちが必ず言及してきた物語になっている。 ゴーギャンが「負の描写」によって浮き彫りにされているからだ。 いやいや、『月と六ペンス』でゴーギャンを知ろうとおもってもムダなのだ。 そうではなくて、モームという男がゴーギャンの伝記をもとにこんな変な物語をつくったということが、むしろ何かの参考になるのである。 何が参考になるかということは、それがまた変な話だが、本書ではわからない。 それは『人間の絆』を読むことになっていく。 モームは、やはり秘密諜報部員なのである。 ようするにプロなのだ。 それも文学に秘密諜報機関をつくれると確信したプロだった。 ぼくはそのことにどこかで気がついて、これはいつまでもモームの術中に嵌まっているわけにはいかないぞとおもって、結局はこの諜報機関から逃れることにしたのだが、もし一度もそのエスピオナージュな危険の味を知らない者がいるんだとしたら、悪いことは言わない、ハリウッド映画のサスペンスを見るつもりで『月と六ペンス』を読むとよい。 ちょうど映画を見る程度の2時間くらいで読める。 言い忘れたが、題名の「月」は幻想をあらわし、「六ペンス」は現実をあらわしているらしい。 もうひとつ言い忘れたことがある。 モームは、その後イアン・フレミングらによって確立していったスパイ小説の原型ともいうべき連作『アシエンデン(秘密諜報部)』を書いた。

次の

『昔も今も』サマセット・モーム

サマー セット モーム

紳士淑女のみなさま、ご無沙汰してしまってごめんなさい。 この3月は「お別れ」続きでした。 各種卒業式や離任式ばかりではありません。 昨日まで笑って会話をしていた同世代の仕事仲間が急逝したり、リスペクトしていた同業者が若くしてこの世を去っていったりという悲しいできごとが続き、大きな喪失感のなかで、人はいったいなんのために生きているのか?ということをあらためて考えこむ日々でした。 古今東西の哲学者が何千年も前から考え続けてきた「正解のない」問題であり、それゆえに、考えてもしようがないような問いではあるのですが、それでも、あきらめずに問い続けることは、限られた命をより濃く生きるためにも、決して無意味なことではないように感じます。 というわけで、今日は、真正面からその問いに迫った作家のひとり、 サマセット・モームがたどりついた一つの答えを紹介します。 『モーム語録』(行方昭夫編 岩波現代文庫) 人間観察、それはモームのライフワークであった。 『作家の手帖』『要約すると』といった著作をひもとくと、 彼が放つ片言隻語すべてが人間心理を穿つ至言であることに気づかされる。 ウィリアム・サマセット・モーム(1874-1965)は、イギリスの小説家にして劇作家です。 、母は名家出身の社交界の花形、父は弁護士というすばらしい両親のもとに生まれましたが、その母とは8歳のときに死別、父とも10歳で死別し、孤児となったモームは叔父に引き取られます。 でも叔父との仲はうまくいかず、学校では吃音のためにいじめられるという孤独なローティーン時代を送ります。 その後、医師となり、貧民街で病院勤務して、さまざまな人間の本質を観察します。 第一次世界大戦では軍医にして諜報部員としても活躍、激務で健康を損ない、帰国して療養しながら、著述を始めます。 『月と六ペンス』『人間の絆』などで世界的名声を得て、1920年代には世界各国へ船旅をして、シンガポールのラッフルズホテルやタイのザ・オリエンタル・バンコクに長期滞在したりもしています。 シンガポールMRT「サマセット」駅や、マンダリン・オリエンタル・バンコクの「サマセット・モーム・スイート」に、その名残りがありますね。 コンプレックスに苦しんだ孤独のどん底からラグジュアリーの極みまで経験し、医療活動を通じて赤貧状態の悲惨を見つめ、諜報活動を通じて社会の裏の裏まで知り尽くしてきたモーム。 「芸術家の作品ひとつひとつは、魂の冒険の表現でなければならない Every production of an artist should be the expression of an adventure of his soul. 」と語る通り、作品一つ一つを、モームの魂が考え抜き、到達したと思われる境地の表現とみなすことができます。 数々の魂の冒険の果てに、モームがたどりついた人生の意味。 それは 『人間の絆 0f Human Bondage 』のなかに書いてあります。 (ちなみにこれを原作としたハリウッド映画が、ベティ・デイビスとレスリー・ハワード主演の「痴人の愛」(1934)。 谷崎潤一郎の同名小説があるので、まぎらわしいですね) 「人生なんていったい何の意味があるのだ」と問うフィリップに、クロンショーはペルシア絨毯をあげるのですが、だいぶ時間が経ってから、フィリップはこの絨毯に秘められた答えを見出すのです。 それは、 「人生に意味はない」というもの。 では、生きることは無意味なのかといえばそうではない。 一枚の絨毯を織り上げるように、人生を生きればいいのだ、という考え方です。 「一生の多種多様な出来事や、行為や感情の起伏や、さまざまな想念などを材料として、自分自身の模様を織り出したらいい」という発想です。 ペルシア絨毯は、 明るい色だけでは美しさに深みが出ません。 暗い色がベースとなって、華やかな色を引き立てているのです。 光の当て方によっては、暗い色もまたきれいに見えてきます。 そんなふうに、自分の来し方を眺めてみると、これから起きるであろう様々なことも、淡々とした平常心のもとに受け入れやすくなってまいります。 「今後は、いかなる過酷な試練に遭遇しようとも、すべては複雑な模様の完成に寄与するだけなのだ。 人生の終わりに近づいたとき、模様の完成に満足するのみだ。 一生は一個の芸術品になり、その存在を知るのは自分だけで、しかも死とともに消滅するからといって、作品の美しさが減ずるわけではない」 Whatever happened to him now would be one more motive to add to the complexity of the pattern, and when the end approached he would rejoice in its completion. It would be a work of art, and it would be none the less beautiful because he alone knew of its existence, and with his death it would at once cease to be. 生きるということは、世界に一枚しかないペルシア絨毯を織り上げていくこと。 この考え方を教えてくださったのは、モームの専門家でもあり、英語の読み方を徹底的に鍛えてくださった大学時代の恩師、行方昭夫先生なのですが、今なお私がいちばん納得できる「答え」でもあります。 たくさんのつらい別れを経験したここひと月でしたが、それもまた、絨毯の模様の一つをなす大切な要素として、記憶の絨毯のなかに丁寧に織り込んでいこうと思います。

次の

サマセット・モームのおすすめ5選!名作『月と六ペンス』など

サマー セット モーム

紳士淑女のみなさま、ご無沙汰してしまってごめんなさい。 この3月は「お別れ」続きでした。 各種卒業式や離任式ばかりではありません。 昨日まで笑って会話をしていた同世代の仕事仲間が急逝したり、リスペクトしていた同業者が若くしてこの世を去っていったりという悲しいできごとが続き、大きな喪失感のなかで、人はいったいなんのために生きているのか?ということをあらためて考えこむ日々でした。 古今東西の哲学者が何千年も前から考え続けてきた「正解のない」問題であり、それゆえに、考えてもしようがないような問いではあるのですが、それでも、あきらめずに問い続けることは、限られた命をより濃く生きるためにも、決して無意味なことではないように感じます。 というわけで、今日は、真正面からその問いに迫った作家のひとり、 サマセット・モームがたどりついた一つの答えを紹介します。 『モーム語録』(行方昭夫編 岩波現代文庫) 人間観察、それはモームのライフワークであった。 『作家の手帖』『要約すると』といった著作をひもとくと、 彼が放つ片言隻語すべてが人間心理を穿つ至言であることに気づかされる。 ウィリアム・サマセット・モーム(1874-1965)は、イギリスの小説家にして劇作家です。 、母は名家出身の社交界の花形、父は弁護士というすばらしい両親のもとに生まれましたが、その母とは8歳のときに死別、父とも10歳で死別し、孤児となったモームは叔父に引き取られます。 でも叔父との仲はうまくいかず、学校では吃音のためにいじめられるという孤独なローティーン時代を送ります。 その後、医師となり、貧民街で病院勤務して、さまざまな人間の本質を観察します。 第一次世界大戦では軍医にして諜報部員としても活躍、激務で健康を損ない、帰国して療養しながら、著述を始めます。 『月と六ペンス』『人間の絆』などで世界的名声を得て、1920年代には世界各国へ船旅をして、シンガポールのラッフルズホテルやタイのザ・オリエンタル・バンコクに長期滞在したりもしています。 シンガポールMRT「サマセット」駅や、マンダリン・オリエンタル・バンコクの「サマセット・モーム・スイート」に、その名残りがありますね。 コンプレックスに苦しんだ孤独のどん底からラグジュアリーの極みまで経験し、医療活動を通じて赤貧状態の悲惨を見つめ、諜報活動を通じて社会の裏の裏まで知り尽くしてきたモーム。 「芸術家の作品ひとつひとつは、魂の冒険の表現でなければならない Every production of an artist should be the expression of an adventure of his soul. 」と語る通り、作品一つ一つを、モームの魂が考え抜き、到達したと思われる境地の表現とみなすことができます。 数々の魂の冒険の果てに、モームがたどりついた人生の意味。 それは 『人間の絆 0f Human Bondage 』のなかに書いてあります。 (ちなみにこれを原作としたハリウッド映画が、ベティ・デイビスとレスリー・ハワード主演の「痴人の愛」(1934)。 谷崎潤一郎の同名小説があるので、まぎらわしいですね) 「人生なんていったい何の意味があるのだ」と問うフィリップに、クロンショーはペルシア絨毯をあげるのですが、だいぶ時間が経ってから、フィリップはこの絨毯に秘められた答えを見出すのです。 それは、 「人生に意味はない」というもの。 では、生きることは無意味なのかといえばそうではない。 一枚の絨毯を織り上げるように、人生を生きればいいのだ、という考え方です。 「一生の多種多様な出来事や、行為や感情の起伏や、さまざまな想念などを材料として、自分自身の模様を織り出したらいい」という発想です。 ペルシア絨毯は、 明るい色だけでは美しさに深みが出ません。 暗い色がベースとなって、華やかな色を引き立てているのです。 光の当て方によっては、暗い色もまたきれいに見えてきます。 そんなふうに、自分の来し方を眺めてみると、これから起きるであろう様々なことも、淡々とした平常心のもとに受け入れやすくなってまいります。 「今後は、いかなる過酷な試練に遭遇しようとも、すべては複雑な模様の完成に寄与するだけなのだ。 人生の終わりに近づいたとき、模様の完成に満足するのみだ。 一生は一個の芸術品になり、その存在を知るのは自分だけで、しかも死とともに消滅するからといって、作品の美しさが減ずるわけではない」 Whatever happened to him now would be one more motive to add to the complexity of the pattern, and when the end approached he would rejoice in its completion. It would be a work of art, and it would be none the less beautiful because he alone knew of its existence, and with his death it would at once cease to be. 生きるということは、世界に一枚しかないペルシア絨毯を織り上げていくこと。 この考え方を教えてくださったのは、モームの専門家でもあり、英語の読み方を徹底的に鍛えてくださった大学時代の恩師、行方昭夫先生なのですが、今なお私がいちばん納得できる「答え」でもあります。 たくさんのつらい別れを経験したここひと月でしたが、それもまた、絨毯の模様の一つをなす大切な要素として、記憶の絨毯のなかに丁寧に織り込んでいこうと思います。

次の