武漢 帰国。 武漢の日本人帰国ミッションの舞台裏、厳戒下の移動を支援した中国人企業家

武漢チャーター便帰国者の今後の動向は?隔離場所、ホテルはどこ?

武漢 帰国

同市で自動車向けソフトウエアの開発を行う武漢光庭信息技術の朱敦尭(しゅ・とんぎょう)董事長(56)は、市内全域に厳戒態勢が敷かれ、道路の封鎖により人の移動もままならない中、日本大使館の要請に応じ、同国政府が実施した5回のチャーター機派遣による日本人の帰国ミッションに協力した。 省内13の市と県・区に滞在していた日本人とその家族821人を武漢空港に送り届け、今回のミッションの成功を支えた。 朱さんは「日本人帰国への協力は、民間の中日友好が背景にあった」と語る。 (武漢=新華社配信) 武漢が「封鎖」されて2日後の1月25日、朱さんは懇意にしている日本貿易振興機構(ジェトロ)武漢事務所の所長から電話を受け「日本政府が武漢の日本人を帰国させると決めた。 省内各地の日本人を空港に送る協力をしてくれないか」と打診された。 かつて日本に留学し、勤務経験もある朱さんは快くこれに応じた。 翌日には、北京の日本大使館から正式な協力要請が届いた。 朱さんは自社の幹部と日本語のできる社員23人からなる特別チームを組織し、車の手配や関係部門との調整、通訳などを主に担当した。 出発前の記念撮影。 (1月30日撮影、武漢=新華社配信) 当時はちょうど春節(旧正月)の時期で、運転手の多くは既に帰省しており、使える車はごくわずかだった。 また、省内全域で緊急態勢が敷かれており、域内の道路は緊急車両のみ通行が許されていた。 車両通行証を1枚入手するだけでも困難を極めたが、朱さんのチームは各方面で努力を重ね、なんとか車7台を確保することができた。 第2便のミッションの際には、手配していた車両が突如キャンセルになるというトラブルに直面した。 朱さんは携帯メールで武漢市の副市長に支援を要請。 返信を待つ間も社員に自家用車での空港送迎を呼び掛けた。 朱さんは「わずか15分で数百人の社員が応じてくれた。 本当に感動した」と当時を振り返る。 副市長の協力により、湖北省公路客運集団が車両と乗務員を手配し、日本人帰国者の送迎に協力した。 同集団の協力は最後の第5便まで続いた。 朱さんは「肝心な時の政府の執行力や資源の調達能力、国営企業の責任感を実感した。 湖北省公路客運集団の協力で何とか無事に第2便のミッションをやり遂げた」と述べた。 同省は東西に幅広く、日本人が住む地域も分散していた。 一部のバスは突発的状況に備え、チャーター機が離陸する19時間前の午前4時に武漢を出発し、周辺都市に日本人を迎えに行った。 大型バスの運転手は帰国者を迎えに行くに当たり、朱さんのチームと位置情報を終始共有した。 後方支援担当のメンバーは、バスの位置情報から乗車時間を判断し、バスが間もなく到着するタイミングで該当する帰国者に連絡を入れた。 朱さんは「凍てつく寒さの中、道路脇で長時間待つのは大変ですから」と説明した。 (2月16日撮影、武漢=新華社配信) 朱さんとチームのメンバーは帰国ミッションの間、毎回の帰国者がチャーター便に搭乗し、武漢を離れたのを確認してから床に就いた。 仕事はいつも午前3時、4時までかかった。 朱さんは最後の第5便の帰国支援を終えると過労で倒れ、胆嚢炎と胆石で入院した。 朱さんは「日本人の帰国支援はそれ自体が単独で発生した事柄ではなく、中国と日本の長年の民間交流が背景にある。 だからわれわれは危険と災難の時に立ち上がり、当然の責務として帰国ミッションに協力した。 他の会社であってもきっと同じことをしただろう」と語った。 武漢の感染状況が最も深刻だった時、日本のデンソーや朱さんの会社が日本に設立した子会社の社員は、4万枚以上のマスクをかき集め、朱さんの会社を通じて同市の各病院に寄付した。 その後日本で感染が拡大すると、朱さんは退院後の3月19日、省内で20万枚のマスクを調達し日本へ送った。 朱さんは「親戚同士が助け合うのと同じ。 両国民の心がつながっているのを実感している」と語った。

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新型肺炎、政府チャーター機で武漢からの帰国者「隔離せず」:日経ビジネス電子版

武漢 帰国

同市で自動車向けソフトウエアの開発を行う武漢光庭信息技術の朱敦尭(しゅ・とんぎょう)董事長(56)は、市内全域に厳戒態勢が敷かれ、道路の封鎖により人の移動もままならない中、日本大使館の要請に応じ、同国政府が実施した5回のチャーター機派遣による日本人の帰国ミッションに協力した。 省内13の市と県・区に滞在していた日本人とその家族821人を武漢空港に送り届け、今回のミッションの成功を支えた。 朱さんは「日本人帰国への協力は、民間の中日友好が背景にあった」と語る。 (武漢=新華社配信) 武漢が「封鎖」されて2日後の1月25日、朱さんは懇意にしている日本貿易振興機構(ジェトロ)武漢事務所の所長から電話を受け「日本政府が武漢の日本人を帰国させると決めた。 省内各地の日本人を空港に送る協力をしてくれないか」と打診された。 かつて日本に留学し、勤務経験もある朱さんは快くこれに応じた。 翌日には、北京の日本大使館から正式な協力要請が届いた。 朱さんは自社の幹部と日本語のできる社員23人からなる特別チームを組織し、車の手配や関係部門との調整、通訳などを主に担当した。 出発前の記念撮影。 (1月30日撮影、武漢=新華社配信) 当時はちょうど春節(旧正月)の時期で、運転手の多くは既に帰省しており、使える車はごくわずかだった。 また、省内全域で緊急態勢が敷かれており、域内の道路は緊急車両のみ通行が許されていた。 車両通行証を1枚入手するだけでも困難を極めたが、朱さんのチームは各方面で努力を重ね、なんとか車7台を確保することができた。 第2便のミッションの際には、手配していた車両が突如キャンセルになるというトラブルに直面した。 朱さんは携帯メールで武漢市の副市長に支援を要請。 返信を待つ間も社員に自家用車での空港送迎を呼び掛けた。 朱さんは「わずか15分で数百人の社員が応じてくれた。 本当に感動した」と当時を振り返る。 副市長の協力により、湖北省公路客運集団が車両と乗務員を手配し、日本人帰国者の送迎に協力した。 同集団の協力は最後の第5便まで続いた。 朱さんは「肝心な時の政府の執行力や資源の調達能力、国営企業の責任感を実感した。 湖北省公路客運集団の協力で何とか無事に第2便のミッションをやり遂げた」と述べた。 同省は東西に幅広く、日本人が住む地域も分散していた。 一部のバスは突発的状況に備え、チャーター機が離陸する19時間前の午前4時に武漢を出発し、周辺都市に日本人を迎えに行った。 大型バスの運転手は帰国者を迎えに行くに当たり、朱さんのチームと位置情報を終始共有した。 後方支援担当のメンバーは、バスの位置情報から乗車時間を判断し、バスが間もなく到着するタイミングで該当する帰国者に連絡を入れた。 朱さんは「凍てつく寒さの中、道路脇で長時間待つのは大変ですから」と説明した。 (2月16日撮影、武漢=新華社配信) 朱さんとチームのメンバーは帰国ミッションの間、毎回の帰国者がチャーター便に搭乗し、武漢を離れたのを確認してから床に就いた。 仕事はいつも午前3時、4時までかかった。 朱さんは最後の第5便の帰国支援を終えると過労で倒れ、胆嚢炎と胆石で入院した。 朱さんは「日本人の帰国支援はそれ自体が単独で発生した事柄ではなく、中国と日本の長年の民間交流が背景にある。 だからわれわれは危険と災難の時に立ち上がり、当然の責務として帰国ミッションに協力した。 他の会社であってもきっと同じことをしただろう」と語った。 武漢の感染状況が最も深刻だった時、日本のデンソーや朱さんの会社が日本に設立した子会社の社員は、4万枚以上のマスクをかき集め、朱さんの会社を通じて同市の各病院に寄付した。 その後日本で感染が拡大すると、朱さんは退院後の3月19日、省内で20万枚のマスクを調達し日本へ送った。 朱さんは「親戚同士が助け合うのと同じ。 両国民の心がつながっているのを実感している」と語った。

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武漢からの帰国者に検査拒否で2名自宅に帰った人 何? 血液検査が怖...

武漢 帰国

28日夜に羽田空港を離陸し、29日未明に武漢をたって同日朝に羽田空港に帰国する見通しだ。 全日空によれば、成田ー武漢定期便で使用している国際便用の機体ではなく、より多くの座席が確保できる国内便向けのボーイング767-300ERを使用する。 過去に、政府が民間チャーター機を使って在外邦人の帰国を支援したのは、2002年6月のインド・パキスタン情勢の激化や1998年5月にインドネシアのジャカルタで発生した暴動など、政治情勢の悪化が多い。 外務省海外邦人安全課は「全ての記録を見直したわけではないが、感染症による退避支援は恐らく初めてだ」としている。 厚労省は28日、同チャーター機に医師1人、看護師2人、検疫官1人を同乗させることを決めた。 日本からチャーター機に乗り、退避する日本人に対して復路の機内で診察や検疫を実施する。 高熱などで移動が困難と医師が判断した場合は、チャーター機への搭乗を見合わせることもある。 新型コロナウイルスの潜伏期間はいまだ分かっていないが、他種のコロナウイルスの特徴から最大で14日程度とみられる。 厚労省は退避した日本人に対し、疑わしい症状がある場合は入国後に医療機関の受診や入院を要請するほか、症状が現れていなくても、14日間は急用がない場合は自宅での待機を依頼する。 加えて、帰国者と定期的に連絡を取り、状況をモニタリングする方針だ。 武漢に現地企業との合弁で工場を持つホンダは、駐在員やその家族30人程度の大半を政府チャーター機で帰国させる方針。 「帰国者の具体的な移動については、政府の方針に即した取り扱いをする。 詳細については申し上げられない」(ホンダ広報)としている。 武漢支店に2人の日本人が勤務するみずほ銀行は、「1人は帰国させる方向で調整中だが、帰国後については政府の対応などをみながら調整していきたい。 現状で詳細が決まっているわけではない」(みずほフィナンシャルグループ広報)という状況だ。 政府による民間チャーター機は、政府が航空会社に発注するもので、その費用は政府が負担する。 帰国希望者に対して、在中国日本大使館は「帰国に対して費用が発生することがある」としているが、その詳細は明らかにしていない。 外務省によれば、28日朝時点で帰国を希望しているのは650人程度。 28日夜に羽田空港をたつ第1便には約200人が搭乗する予定だ。 政府は29日以降に民間機を使った第2便を出すことを検討している。 外務省は、政府専用機の使用についても「あらゆる手段を追求している」(海外邦人安全課)として可能性を除外しなかった。

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