遊星 から の 物体 x の 回想。 映画「遊星からの物体X」の誰が人間で、誰が「それ」だったのかが明らかに

『遊星からの物体X』ハリウッドの偏屈異端児ジョン・カーペンターにリスペクトを!

遊星 から の 物体 x の 回想

ピーター・ワッツの長篇『ブライントサイト』の衝撃は忘れがたい。 知性にとって意識は必然的なものではない。 この大前提に、まず痺れた。 そして、未知の宇宙知性と対峙するために地球側が仕立てたメンバーが、正常な人間精神から逸脱した者ばかりというところにも驚いた。 突飛な設定のようだが、なにも物語の見栄えのためにそんなことをしているのではない。 ワッツは、ぼくたちが当然と思っている判断基準や論理性が、しょせんローカルにすぎないことを、あっさりと示してしまうのだ。 そうした姿勢は、日本オリジナル編集の短篇集である本書に収められた十一篇でも貫かれている。 語りの視点を絞り、物語性よりもテーマ展開に重きを置いているせいで、『ブラインドサイト』より、小説として先鋭化しているといってもいい。 巻頭に配置された「天使」は、自律的に考える機能を実装された無人軍用機の物語だ。 それは人間と違って敵を殺すこと(戦術上妥当であれば味方さえ殺すこと)にためらいはない。 トラウマもなければ、強迫観念にとらわれることもない。 ただ、実戦のなかで学びつづける。 学ぶことで、あらかじめプログラムされた以上の判断が可能になる。 つまり、新たな知恵と自律性の獲得だ。 その過程を、人間的な情動をいっさいまじえず、たんたんと語っていく。 「遊星からの物体Xの回想」は、ジョン・カーペンター監督のSFホラー『遊星からの物体X』を、物体Xの視点から語り直してみせる。 地球人側からは怪物による侵略に見えていたものが、特定の肉体に縛られない異星知性の「わたし」にとっては相手との"交霊"にすぎない。 シャーリイ・ジャクスン賞受賞作。 「天使」も「遊星からの物体Xの回想」も、人間ならざる者の主観で書かれているため、定型的な情緒を頼りにした読みかたは通用しない。 つづく「神の目」は、空港の保安検査の列という日常的シチュエーションで、語り手の「わたし」も人間だ。 わたしの個性は通常とはいささか異なっているものの、ここで描かれる不安は普遍的なものだろう。 煎じつめれば、「内心の自由」が制約されることへの畏れだ。 この作品では、飛行機機内での犯罪を防止するためにスワンクという技術が導入されている。 反社会的な欲望を探って、それを一定期間(つまり搭乗中)無効化する仕組みだ。 一万人にひとりほどの割合で重篤な副作用を生じるが、あくまで公益が優先される。 そして、多くのひとびとはそれを甘受している。 しかし、犯罪を実行していないのに、心に秘めた傾向を一時的であれ、本人以外のものが操作するのは正当と言えるのか。 ここで俎上にあがっている問題は、従来の倫理基準では判断しきれないところかもしれない。 あらためて省みれば、スワンクのようにピンポイントで狙いうちはできないにせよ、日常に溢れている広告、そして信仰や主張によって、ひとの考えや感情は操作されてしまう。 ならば、自由意志とはなんだろうか? ワッツはそうした疑問も作品に組みこんでいる。 本書の解説で高島雄哉さんは、次のように指摘する。 (ワッツは)機械論的な世界観に親近感を持っているのだった。 彼は自由意志なんて信じていない。 と同時に、自由意志があると感じている事実は、もちろん受け入れている。 機械論的な世界観と、自由意志があると感じている人間。 この構図が強く打ちだされているのは、本書の締めくくりにまとめて収録されている《サンフラワーズ・サイクル》連作、「ホットショット」「巨星」「島」の三作である。 二十二世紀、人類存続のため小惑星を改造した、複数のワームホール構造船を宇宙に送りだすディアスポラ計画が実施される。 「ホットショット」は、そのうちの一隻〈エリオフォラ〉の乗組員候補として、遺伝子操作によってつくられたサンディの物語である。 彼女はつねに反抗的だが、こうした性質すら計画の範囲内なのだ。 宇宙で遭遇する不測の事態に対応するには、従順なロボットでは足りない。 勝手なことをはじめる人間が必要なのだ。 だから教育期間中に、道を逸れても大目に見られる。 多少であれば。 しかし、サンディ自身はそれが気に入らない。 他人があらかじめ用意した、範囲内の自由などなんの価値がある。 もちろん、それはサンディだけの事情ではない。 サンディは遺伝子操作によってコントロールされているが、自然の人間はたんにランダムなだけで、自由意志などないのだ。 しかし、この太陽系で唯一、自由意志が実感できる機会があるという。 それは太陽ダイブだ。 まっすぐ太陽に落ちていく瞬間、複雑に絡みあった磁力線の作用でなにかが破砕される。 その破砕ポイントで自由意志が見つかるというのだ。 正直言って、太陽ダイブで自由意志が見つかるというのは、どういう機序かさっぱりわからない。 しかし、象徴的には、くっきり際立って映る。 そして、サンディはある特殊な経験を得るのだが、それが従来考えられているような自由意志----ひとがすべてのふるまいを何ものにも拠らずに選択できる全能性----ではないのだ。 巨大天体への落下(急接近)というモチーフと自由意志の主題は、「巨星」「島」にも共通する。 両作品とも時系列では「ホットショット」よりもあと(ただし発表された順は逆)で、地球から遠く離れた宙域を航行中の〈エリオフォラ〉が舞台だ。 乗組員たちは人工冬眠しており、船の操作・運営はAIチンプに委ねられている。 不測の事態に直面したときにだけ、わずかな数の人間が呼び覚まされるのだ。 どちらの作品においても、不測の事態とは非地球型知性との遭遇である。 もちろん、ワッツの作品なので、牧歌的なコンタクト、あるいは地球上で起きるようなわかりやすい闘争(利害衝突)が描かれるはずもない。 また、〈エリオフォラ〉船内も一枚板ではなく、視点人物と他の人物、あるいはチンプとのあいだに食い違いがある。 ワッツはありふれた感情移入や共感を許さない作家なので、視点人物の主張や行動が正しいという保証はない。 そもそも宇宙において、正しい判断などありえないのだ。 (牧眞司) 外部サイト.

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映画「遊星からの物体X」の誰が人間で、誰が「それ」だったのかが明らかに

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ALL RIGHTS RESERVED. 例えば『2001年宇宙の旅』も70mmフィルムでの上映や、現在のIMAX上映で新旧ファンを喜ばせたばかり。 世界中に多くの熱狂的ファンを持つその作品が日本で上映されるのは、なんと36年ぶりのことだ。 10月19日から上映が始まり、もちろん筆者もすぐさま駆けつけたその作品。 『遊星からの物体X』っていうんですけどね。 まだ映画に目覚める前、「とんでもねぇものを観ちまった」感は幼心にも鮮烈に刻まれている。 本作が『遊星よりの物体X』をリメイクした作品だと知ったのは後々のことで、映画に開眼してから再び向き合ったときには、ジョン・カーペンター監督の演出力に改めて度肝を抜かれることになった。 ストーリーは南極のごく限られた範囲が舞台で、1頭のハスキー犬がヘリコプターに追われてアメリカ調査隊基地に逃げ込む場面から始まる。 さらにヒトらしき奇妙な死体を収容して持ち帰った矢先、保護していた犬が突如得体の知れないモンスターへと変貌を遂げる。 ALL RIGHTS RESERVED. そもそもオープニングからしていきなり、走り続ける犬をヘリから狙撃するという問答無用の導入部になっている。 何が起きているのか一切分からないまま物語はぐいぐいと進行していき、ノルウェー隊の基地に散りばめられた謎を見つけることになる。 謎が提示されたと思いきや、次に犬の頭がぱかーんと割れてモンスターが飛び出してくるのだ(この場面に至るハスキー犬の演技もアカデミー賞レベル)。 ALL RIGHTS RESERVED. 本作のクリーチャーを生み出したのは、カーペンター監督と『ザ・フォッグ』に続くタッグとなったロブ・ボッティン。 その後『ロボコップ』や『トータル・リコール』などやたら映画ファンにウケの良い作品で造形や特殊メイクを手がけることになる才人だが、ボッティンが『遊星からの物体X』に参加したのが22歳の頃というのだからそれもまた恐ろしい。 ALL RIGHTS RESERVED. 独創性といえば聞こえはいいが、とにかくそのデザインはかなりグロテスク。 ノリス・モンスターが登場(誕生?)するに至る仰天のエフェクトもさることながら、変態を続けるノリス・モンスターがクモのような足で天井へと張りつき鬼の形相で睨んでくる姿は、そんじゃそこらの悪夢よりも強烈。 ラストに登場するモンスターも突き抜けたデザインとなっているので楽しみにしてほしいが、本作はデザインとともにクリーチャーエフェクトが評価された作品でもある。 散々グロいだの何だのと書いたが、本作が制作された1982年という時代に注目してほしい。 今でこそCGやVFXによって存在しない生き物を生み出すのは常套手段だが、当時そんな先端技術はない。 つまり特殊効果マンたちが実際にセットの中でアニマトロニクスなどを操演することで、観客にその存在をリアルに見せてきた。 音楽、モリコーネだってよ 本作を語る上で映画ファンを驚かせるのが、音楽を担当したのが名匠エンニオ・モリコーネだという点だ。 現在のフィルモグラフィーからも本作は異色的な位置にあるが、そもそもカーペンター監督自身が自作では音楽まで担当していることから見ても、他人に音楽担当を任せるという意味でもレアな作品となった。 ALL RIGHTS RESERVED. さすがに『ニュー・シネマ・パラダイス』の音楽を聴いてから『遊星からの物体X』を観るような物好きはいないと思うが、それでもやはり本作の音楽がいかに特別なものであるかはオープニングではっきりとしている。 むしろモリコーネの不気味なテーマ曲があったからこそ、冒頭の犬が銃で狙われ続ける場面の不可解性が際立つ。 つまり、冒頭から恐怖を感じるのであればその原因はモリコーネにあると言っても過言ではないのだ。 モリコーネよ、なんということをしてくれたのですか、と。 もともとモリコーネといえば『荒野の用心棒』のテーマ「さすらいの口笛」でギターと口笛にメロディを委ねるなど、これまでの映画音楽の形にこだわることのないスタイルを見せてきた。 本作でもバリトンのような太い音色のリズムに電子音楽が乗せられたフレーズが繰り返されるだけで、得体の知れない恐怖感を生み出すことに成功している。 これは余談だが、本作はモリコーネが初のアカデミー作曲賞を獲得することになったクエンティン・タランティーノ監督の『ヘイトフル・エイト』と共通する点がいくつもある。 その共通点を探しながら(あるいは聴き比べながら)、『遊星からの物体X』を観てみるのも楽しみ方のひとつかもしれない。 まとめ デジタルリマスター版として、36年ぶりの公開となった今回のリバイバル上映。 丸の内ピカデリーをはじめ10月19日から上映がスタートしているほか、12月にかけて各地で公開される。 いやはやこんなとんでもない作品をまだ幼い筆者に見せてしまう親も親だが、こうしてスクリーンに蘇り、よもや記事にしてしまおうというのも不思議な縁を感じてしまう。 確かにえげつない描写は多いものの、実は思ったほど血しぶき描写に溢れているわけではない本作。 むしろそれ以上に作り手たちのぶっ飛んだ熱意が、小学生時分の筆者にも伝わる(しかも後々モンスターのフィギュアを買うに至る)ような作品なのだから、思い切ってリバイバル上映を機にご覧になってはいかがだろう? (文:葦見川和哉) 関連記事 ・ ・ ・ ・ ・.

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「遊星からの物体X」の物体Xは知性ある生命体だった?! という短編小説が!

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こんにちは、なおちぷです。 映画『遊星からの物体X』を観たので感想と考察を書きます。 いまいち知名度が低いようですが、優れた『SFホラー作品』なんですよ。 おはようございます。 朝4時30分に起きて、 ブログネタの為に 『遊星からの物体X』を 観ています。 朝っぱらから『ホラー映画』 頭がスッキリします😙 — なおちぷ@映画で全てを解決する男 naochipu75 あらすじ 約10万年前、宇宙から飛来したが地球に引き寄せられ、大気圏で炎に包まれながらへと落下した。 、冬の。 観測隊のが、雪原を駆ける1匹のを追って、全12名の隊員がいるアメリカ観測隊第4基地へ現れた。 やを使い執拗に犬を狙うが失敗し、手違いからヘリは爆発。 一人生き残ったノルウェー隊員は基地内へ逃げた犬を追って銃撃を続け、基地の隊員を負傷させてまで必死になって殺そうとするが、隊長のギャリーにより射殺される。 ノルウェー隊に一体何があったのか、真相を究明すべく、観測基地へ向かったヘリ操縦士のマクレディらが見つけたものは、焼け落ちた建物、自らの喉を切り裂いた隊員の死体、何かを取り出したと思しき氷塊、そして異様に変形し固まったおぞましい焼死体だった。 一行は調査のため、残されていた記録フィルムと焼死体を持ち帰る。 生き延びた犬は基地内を徘徊していたため、夜になると犬小屋に入れられた。 その途端犬は変形し、グロテスクな姿の「 物体(The Thing)」となり、他の犬たちを襲い始めたが、鳴き声を聞いて駆けつけたマクレディらによりで焼かれ撃退される。 ノルウェー隊の記録フィルムに映し出されたのは、雪原の巨大なと、約10万年前のものと推測される氷の層にある巨大な構造物を調査している場面だった。 やがて持ち帰った焼死体が動きだし、蘇った「物体」が隊員の一人を襲ってその姿に成り代わった。 結局その「物体」は、隊員たちの手で他の「物体」の死骸と共に外で焼却処分された。 調査の結果、「物体」は取り込んだ生物に同化・擬態して更に増殖することが可能で、コンピュータの試算により、もし人類の文明社会にそれが辿り着くと、およそ2万7000時間で全人類が同化されることが判明する。 それを知った主任生物学者のブレアが誰も基地の外へ出られないようにするため無線機やヘリ等を破壊してしまい、基地は完全に孤立する。 その環境で隊員たちは誰が「物体」に同化されているか判断出来なくなり、疑心暗鬼に陥る。 そして知らぬ間に同化されていく隊員たち。 このままでは皆が「物体」と化し、人類の文明社会へと出てしまう。 果たして隊員たちの、そして人類の運命は。 設定も『南極』と閉鎖された空間で『エイリアン』との戦いになることや、 登場人物も一定の重火器などの武器を持つなど共有点も多い。 この映画は、冒頭で宇宙が地球に墜落(不時着)するシーンがあるので、 地球外生命体が物語の中心になることは容易に想像できる。 次のシーンで『アメリカ観測基地』までノルウエーの観測隊員がヘリの乗り『犬』を攻撃しながら追尾してる。 たかが、犬1匹を『ライフルで狙撃』し『手榴弾』で殺そうとしている。 感情的になっているノルウエー観測隊員はライフルの誤射により、 アメリカの観測隊員を巻き添えにして『怪我』をさせてしまう。 何かを話しているが『言葉』が通じずに アメリカ観測隊長の『ギャリー』に射殺されてしまう。 ここが一つの分岐点だったかも知れない。 『銃撃している』ノルウエー観測隊員を殺さずに『確保』できれば『情報』を多く得られたかも?だが、射殺してしまったので、情報を得ることが『困難』になった。 後に、ノルウエー観測基地に赴くが、戦闘の形跡や変わり果てた遺体、断片的な資料、映像が残るのみで『推測』でしか判断することができない。 この『生物』は高い知能を持つ アメリカ観測基地に逃げて来た時の姿は『ハスキー犬』で可愛らしい。 この犬を『銃撃』しているノルウエー観測隊員は『精神異常』と側から見て思われても仕方がない状況だ。 この姿を『選んで』逃げてきた事を考えると『高い知能』を持つと考えられる。 仮に『馬』を診て知っていたら、馬に変化していただろう。 その方が移動が早くできるからね。 『犬』の姿でアメリカ観測基地に受け入れらて、基地内を動き回り偵察し『次』は人間に擬態する をするんだけど、擬態が終わると、もう見分けがつかないのが『凄い能力』だと思う。 また、『言語』や『物事』を判断する能力も高い。 この『生物』の完璧な擬態能力が『疑心暗鬼』にさせる この『生物』の擬態能力が完璧なために、誰が『生物』に乗っ取られているか? 『疑心暗鬼』になるのだが、その設定が良い。 南極観測基地の限られた空間、 外は厳寒で数時間も外にいれば凍死してしまう状況で、お互いを信用できない状況になる。 困難な状況こそ信頼関係が必要となるのに『仲間』が信用できない状況で、 自身の『命』(存在)が危うくなるのだから、精神状態が極限だろう。 この設定こそ、『本作』の『面白さ』なのだ。 ホラー映画でありながら、『犯人』を探す『推理』要素もあるのだ、 観客も『あ、そういえばコイツ途中で居なくなったな』とは『なんか無口だな』とかを、 考えながら見るのは『面白い』。 その『謎』を解く『方法』を気づくのも良いね!犯人探しw 犯人『生物』探しの血液テスト 主人公のマクレディが思いついた『テスト』は良いね! 『生物』はたの生物に取り付くには『わずかな体液』があれば良いらしく、 取り付いた人間の『血液』には『防衛本能』があるらしく、 隊員の一人ずつから『血液』を取得し、熱した針金でシャーレをこすると変化が見られる。 ナイフで指を切り、『血液』を取得するシーンは痛そう。 火炎放射器を抱えながら、一人一人『確認』していく! 何人か確認するが『変化』がないために、『血液テスト』の有効性に疑いがで始めたその時、 『ギュワー』って声を出してシャーレから飛び出した! みるみる変形(変身)する隊員の一人! 撃退するするために持っていた『火炎放射器』が放射されないで、 『モタモタ』するシーンは観ているだけで『イライラ』するw でも良いシーンだ この作品の前日譚の作品がある 『遊星からの物体Xファーストコンタクト』がこの作品の前日譚なので、ぜひもなくては! ノルウェー観測基地で何があったのか?『犬』をヘリで追尾する前のストーリー。

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