アイネ クライネ ナハト ムジーク。 映画『アイネクライネナハトムジーク』伊坂幸太郎の人気恋愛小説集を主演・三浦春馬で実写化

時空を超えたヒット曲たち。米津玄師『アイネクライネ』と、モーツァルト『セレナード 第13番 ト長調 K.525〝アイネ・クライネ・ナハトムジーク〟』

アイネ クライネ ナハト ムジーク

伊坂幸太郎と斉藤和義の絆が生んだ恋愛小説集が待望の映画化! 多くの熱狂的ファンを惹きつけてやまない大人気ベストセラー作家・伊坂幸太郎、絶大な支持を誇る稀代のシンガーソングライター・斉藤和義。 時代を超えて圧倒的なリスペクトを集める2人の〈出会い〉が、この奇跡のラブストーリーのプロローグだ。 これに新たな4編が加わり、伊坂らしい伏線と名言が散りばめられた6章からなる連作小説集が完成。 待望の映画化にあたり「映像化するなら彼にお願いしてみたい」と伊坂がラブコールを送ったのは、恋愛群像劇の名手として今最も注目を集め、『愛がなんだ』で各地の劇場で満席続出の大ヒットを放った新鋭監督・今泉力哉。 脚本は『アヒルと鴨のコインロッカー』など伊坂原作に定評のある鈴木謙一。 音楽を手がけたのは無論、斉藤だ。 物語のキーとなる主題歌「小さな夜」を書き下ろし、グルーヴィーなサウンドで全編を彩る。 物語と映像と音楽のこれ以上ない才能の緊密な連携。 心地よい余韻が広がる、本作独特の世界観の魅力がここにある。 三浦春馬と多部未華子の恋物語に魅力きらめく個性派キャストが集結! 劇的な〈出会い〉を待つ男・佐藤を演じるのは、映画・ドラマ・舞台・MCと近年ますます活躍めざましい三浦春馬。 そこに偶然現れる原作の「シャンプーさん」こと紗季に扮するのは、こちらも人気実力派の多部未華子。 3度目の共演となる2人の恋を軸に、不器用ながらも愛すべき人々の思いがけないめぐり会いの連鎖が10年に渡って描かれる。 共演には、原田泰造、貫地谷しほり、矢本悠馬、森絵梨佳、恒松祐里、萩原利久ら、一味も二味も違う演技派から旬のきらめきがまぶしい若手注目株まで、豪華かつフレッシュな俳優陣。 伊坂作品ならではのオール仙台ロケで、仙台出身のサンドウィッチマンも登場する。 多彩な才能と個性の〈出会い〉が重なり合って生まれた、愛と驚きと幸福感に満ちた〈出会い〉のドラマ。 思いがけない絆が巡りめぐって、 奇跡のような瞬間を呼び起こす、 10年越しの恋の物語。 仙台駅前。 大型ビジョンを望むペデストリアンデッキでは、日本人初の世界ヘビー級王座を賭けたタイトルマッチに人々が沸いていた。 そんな中、訳あって街頭アンケートに立つ会社員・佐藤(三浦春馬)の耳に、ふとギターの弾き語りが響く。 歌に聴き入るリクルートスーツ姿の本間紗季(多部未華子)と目が合い、思いきって声をかけると、快くアンケートに応えてくれた。 紗季の手には手書きで「シャンプー」の文字。 思わず「シャンプー」と声に出す佐藤に紗季は微笑む。 元々劇的な〈出会い〉を待つだけだった佐藤に、大学時代からの友人・織田一真(矢本悠馬)は上から目線で〈出会い〉の極意を説く。 彼は同級生の由美(森絵梨佳)と結婚し、2人の子供たちと幸せな家庭を築いている。 変わり者ながらも分不相応な美人妻と出会えた一真には不思議な説得力がある。 佐藤は職場の上司・藤間(原田泰造)にも〈出会い〉について相談してみるが、藤間は愛する妻と娘に出て行かれたばかりで、途方にくれていた。 一方、佐藤と同じく〈出会い〉のない毎日を送っていた由美の友人・美奈子(貫地谷しほり)は、美容室の常連客・香澄(MEGUMI)から紹介された、声しか知らない男に恋心を抱き始めていた。 織田家の長女・美緒(恒松祐里)は高校生になり、同級生の和人(萩原利久)や亜美子(八木優希)と共にいつもの毎日を送っている。 そして佐藤は、付き合い始めて10年になる紗季に、意を決してプロポーズをするが…。 果たして佐藤と紗季の〈出会い〉は幸せな結末にたどり着けるのか。 思いがけない絆で佐藤とつながっていく人々が、愛と勇気と幸福感に満ちた奇跡を呼び起こす。 原作者:伊坂幸太郎 1971年生まれ・千葉県出身で仙台在住。 2000年、『オーデュボンの祈り』で第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビュー。 04年『アヒルと鴨のコインロッカー』で第25回吉川英治文学新人賞、『死神の精度』で第57回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。 08年『ゴールデンスランバー』で第5回本屋大賞と第21回山本周五郎賞を受賞。 2014年9月26日に全6章から成る連作小説集『アイネクライネナハトムジーク』を発売。 同年10月11日、芥川賞作家・阿部和重と、小説の世界では珍しい合作『キャプテンサンダーボルト』を発表。 他『首折り男のための協奏曲』、『死神の浮力』、『ガソリン生活』、『砂漠』、『陽気なギャングは三つ数えろ』、『サブマリン』、『AX アックス』、『ホワイトラビット』、『フーガはユーガ』、『シーソーモンスター』などがある。

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チャイコフスキー:弦楽セレナード、モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク 小澤征爾&サイトウ・キネン・オーケストラ : チャイコフスキー(1840

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ザ・オリジナルス Special アナログ時代の音源をハイ・ビット・リマスタリングで蘇らせたシリーズのリニューアル!(一部デジタル録音も含みます) 不滅の名盤がルビジウム・カッティングで更に蘇る! モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク、ポストホルン ベーム&ウィーン・フィル、ベルリン・フィル 清冽な活気と優美な楽想を備えた珠玉の名作第13番。 駅馬車用のポストホルンが巧みに用いられているところから標題が付された第9番。 モーツァルトのセレナードのなかでも特に人気の高い、美しい旋律が次々と流れ出てくる2曲を、ベームが2大オーケストラを指揮した演奏で収録しています。 音楽の本質をしっかりと捉えた瑞々しい演奏が繰り広げられており、ベームのモーツァルト指揮者としての真価を知るには格好の一枚といえるでしょう。 (ユニバーサル ミュージック) 【収録情報】 モーツァルト: ・セレナード第13番ト長調 K. 525『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 指揮:カール・ベーム 録音時期:1973年10月 録音場所:ウィーン、ムジークフェラインザール 録音方式:ステレオ(セッション) OIBP ・セレナード第9番ニ長調 K. 320『ポストホルン』 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ジェイムズ・ゴールウェイ(フルート) ローター・コッホ(オーボエ) ホルスト・アイヒラー(ポストホルン) 指揮:カール・ベーム 録音時期:1970年5月 録音場所:ベルリン、イエス・キリスト教会 録音方式:ステレオ(セッション) OIBP 【OIBP(オリジナル・イメージ=ビット・プロセッシング)】 オリジナル・アナログ・マスターテープに詳細に記録されている録音データに基づき、DGが開発した最新のテクノロジー「オリジナル=イメージ・ビット=プロセッシング」(略してOIBP)による、録音テイクごと丁寧にバランスやアコースティックを調整して、演奏家が望んだであろう、そして、エンジニアが録ろうとしたであろう、オリジナル・サウンドをより鮮明に、より表現豊かに再現しています。 1本のマスター・テープのために割く作業内容は、大変に神経のいるもので、出来上がるまでにかなりの時間を要します。 このように制作されたアルバムは、また新たな感動をもって聴くことができます。 (ユニバーサル ミュージック) 本盤はHMVレビューにも書いてあります様にベームがBPOとVPOという二大オーケストラを指揮し彼にとって重要なレパートリーであるモーツァルトを弛緩しない彼のスタイル真価でゆったり味わえるCDであります。 そうした事で超名曲K525セレナードについて見ますと本盤は1974年収録というからベーム80歳の頃のVPOを指揮しての演奏で高齢とは言えその素晴らしいテンポ感は見事に曲の流れに乗り厳格な中にも淡々とした姿勢は曲の本質を展開してくれています。 まぁ、この曲で簡単に入手出来るこの演奏さえ聴いておれば「間違い無し」? とまで言えるのではないでしょうか。 タイムについては盤により多少異なる場合があります。 「ポストホルン」は1779年、パリ帰りのモーツァルト充実の作品。 交響曲33番、協奏交響曲K364が同時期にあたる。 同曲がどの行事のために書かれたのか明らかではないが(一説にはザルツブルク大学の課程修了の祝典曲で、駅馬車用のポストホルンは学生の旅立の象徴とも言われる)、内容は機会音楽の枠を大きく超え、事実1-5-7楽章で交響曲としても演奏された。 ベームの演奏はこうした曲の内容をじっくりと、また堂々と表現したものだが、協奏交響曲的な部分では最強のソリスト陣を迎え華の部分にも事欠かない。 既に録音から40年近くが経過したが、モダン楽器代表として今後も愛聴されるだろう。 「アイネクライネ」はVPOの響きを生かした暖かさある美演だが、VPO主席陣との協奏曲集の高みには達していないと考える。 壮年期に録音されれば、溌剌とした運びに、VPOの魅力がブレンドされ、さらに魅力的だったろう(56年BPO盤は筆者は未聴)。 素晴らしい「ハフナー」、「13管楽器」も是非このシリーズでの再発を。 ポストホルンが、70年という録音時期もあり、ベームならではの厳しい造型の下、ベルリンフィルならではの重厚さを活かしつつ、モーツァルトならではの高貴な優美さを兼ね備えた稀有の名演だと思う。 第4楽章のゴールウェイとコッホという歴史的名プレーヤー同士の掛け合いや、第6楽章のアイヒラーによる朗々たるポストホルンの吹奏も実に素晴らしく、本名演により一層の華を添えている。 無いものねだりながら、ベームには、せめてポストホルンと同時期に録音をしてもらいたいというのが正直なところである。 ルビジウム・カッティングの威力がどれくらいのものかはわからないが、録音は、70年代のものとしては優秀と言ってもいいと思われる。

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チャイコフスキー:弦楽セレナード、モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク 小澤征爾&サイトウ・キネン・オーケストラ : チャイコフスキー(1840

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今や人気アーティストとなった米津玄師さん。 かつてはニコニコ動画で人気ボカロPだったハチさんだと思うと、感慨深いものがあります。 『ピースサイン』、『打ち上げ花火』、『Lemon』、と代表作が次々に増えていきますが、やはり『アイネクライネ』は外せません。 米津玄師さんは作曲・作詞・歌はもちろん、イラストやMVもすべて自ら手掛けています。 『アイネクライネ』はアルバムの曲でありながら、 YOUTUBEのMVが1億回再生を超える程の人気になりました。 そんな『アイネクライネ』は多くの人の心を動かしておきながら、歌詞やMVが難解である事も有名です。 実は 歌詞の意味が浮気と解釈されるという噂もあります。 今回は、 『アイネクライネ』の歌詞の意味を徹底調査しました!• アイネクライネの意味 『アイネクライネ』というドイツ語、意味は分からないのに聞いたことがある気がするのではないでしょうか。 モーツァルトの楽曲『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』は『小さな夜の曲』と邦訳されています。 『小夜曲(セレナーデ)』と呼ばれており、皆さん一度は耳にした事があるはずです。 米津玄師の『アイネクライネ』は、曲の雰囲気からして、この『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』とは関係が無さそうですね。 そうすると『アイネクライネ』は言葉としての意味がありそうです。 『アイネクライネ』という言葉は、ドイツ語です。 Eine(アイネ)は「ある、一つの」。 Kline(クライネ)は、「小さな」という意味です。 『アイネクライネ』は、「小さな」「ただの平凡な少女」という意味になります。 アイネクライネの歌詞の意味を徹底調査!浮気と解釈? では、『アイネクライネ』の歌詞の意味を徹底調査していきましょう。 『アイネクライネ』は冒頭からこんな歌詞で始まります。 あたしあなたに会えて本当に嬉しいのに 当たり前のようにそれらすべてが悲しいんだ 今痛いくらい幸せな思い出が いつかくるお別れを育てて歩く MVの男女の雰囲気からしても、「あたし」と「あなた」は恋人同士だと解釈できます。 「お別れを育てて歩く」なんて悲しい言葉ですね。 二人が別れるのはもう決まっている事のようです。 別れが決まっている出会い・付き合いというと、不治の病に冒されて…とか、そんなストーリーも思い浮かびます。 誰かの居場所を奪って生きるくらいならばもう あたしは石ころにでもなれたらいいな だとしたら勘違いも戸惑いもない そうやってあなたまでも知らないままで 次に出てくるのは、 「誰かの居場所を奪って生きる」。 このフレーズで浮気や不倫と解釈する方も多いのでしょう。 「勘違いや戸惑いもない」 という言葉からは、「あたし」は浮気されている可能性もありますね。 「あたし」という少女は自己評価が低くて、自分が「あなた」の隣にいる事に自信を持っていられない… 「あなた」を奪おうとしてくるライバルの方がふさわしいのではないか。 「あなた」の恋人という居場所は本当は他の誰かのものなのではないか。 と思っているのかもしれません。 だったら石ころにでもなって、あなたまでも知らないままだったら良いのに…と解釈できます。 あなたにあたしの思いが全部伝わってほしいのに 誰にも言えない秘密があって嘘をついてしまうのだ あなたが思えば思うより いくつもあたしは意気地ないのに どうして 再び「あたし」が自分のふがいなさを歌っていますが、 「誰にも言えない秘密」。 これが『アイネクライネ』を解釈するのに重要なポイントだと言えそうです。 「秘密」が浮気している事だとすると、この歌詞では「あなた」も浮気の秘密を知らないという事になります。 この場合、他に本命がいながら浮気をしているのは「あたし」だという事になります。 その場合、どうでしょうか? 浮気相手にも浮気している事が言えない… あたしは意気地なし… 今は幸せなのにお別れが来るんだよね… そういう境遇で浮気をした事がある人は共感出来るかもしれませんが、大抵の人は「あたし」が最低だと感じると思うんです。 YOUTUBEで一億回以上再生される程、人気が出ないでしょうね。 この「秘密」は浮気じゃないのではないでしょうか。 きっと、大それた秘密では無くて、 『「あたし」は本当は可愛くない』 『「あたし」は本当は嫌な人間だ』 そういう自分の内面の嫌な部分を見せたくないっていう感情だとも考えられます。 MVでは左足の欠損した人形が出てきますが、そこに身体的な「秘密」があるのかもしれませんし、精神的な、正しい人間性から何か欠損しているというイメージかもしれません。 「秘密」が本当に大変な秘密だった場合。 例えばですが、 『「あたし」が性別的には男である』 などの「秘密」だと、何となく全体的な歌詞の意味もまとまる気がします。 『秘密にしてるから、知られた時にはお別れになると思っている』 こんな解釈も出来ます。 「どうして」は 『どうしてあなたは一緒にいてくれるんだろう』 『どうしてあたしはあなたと一緒にいたいと思ってしまうんだろう』 とか、そういう叫びのようなものですね。 消えない悲しみも綻びもあなたといれば それで良かったねと笑えるのがどんなに嬉しいか 目の前のすべてがぼやけては溶けてゆくような 奇跡であふれて足りないや あたしの名前を呼んでくれた サビにあたる部分の歌詞です。 運命的な相手、「あなた」に出会った喜びが表されています。 「名前を呼んでくれた」というのは、自分の存在を認められたという意味だと思います 「消えない悲しみも綻びも」、「あなた」に至る経過だとすれば「それで良かったねと笑える」のです。 MVでも絶望の淵にいたような「あたし」が「あなた」を見上げて涙を流しています。 「あたし」には今までそういう存在がいなかったのでしょう。 だから涙が出るほど嬉しくて「奇跡」だと感じているんですね。 ここから2番の歌詞になります。 2番も徹底調査していきましょう! あなたが居場所を失くし彷徨うくらいならばもう 誰かが身代わりになればいいとさえ思うんだ 今細(ささ)やかで確かな見ないふり きっと繰り返しながら笑い合うんだ 何度誓っても何度祈っても惨憺(さんたん)たる夢を見る 小さな歪みがいつかあなたを呑んでなくしてしまうような あなたが思えば思うよりあたしは大げさに不甲斐ないのに どうして 「あたし」と「あなた」が一緒にいる事には、どうしても何かの問題があるようです。 「小さな歪み」があるのに「見ないふり」をしている。 それはそのうち「あなたが居場所を失くし彷徨う」事態を引き起こしてしまうんですね。 「小さな歪み」は1番の「秘密」の事でしょう。 「あたし」の恋人としての「居場所」、という話だとすると、やはり恋人同士の別れを示唆している歌詞だと考えられますが、そうすると「誰かが身代わりになればいい」というのは、「あたし」は「あなた」じゃない他の誰かが自分の恋人だったらいいとさえ思っている事になってしまいます。 ちょっと自意識過剰な印象を受けますが、「あたし」を失った「あなた」が惨憺たる状態になってしまうと不安がよぎる程、「あたし」が「あなた」に愛されすぎているという事を歌っているのかもしれません。 この人、私がいなくなったらどうなってしまうんだろう…。 というくらい愛情の依存が高い人、いますよね。 好きだけど、好きすぎるから一緒にいない方がいいのかもしれない…そんな恋愛だとすると、ちょっと切ないですね。 お願い いつまでもいつまでも超えられない夜を 超えようと手をつなぐこの日々が続きますように 閉じた瞼さえ鮮やかに彩るために そのために何が出来るかな あなたの名前を呼んでいいかな 「超えようと手をつなぐ日々が続きますように」 をどういう風に受け取るかで 「超えられない夜」 がどういう物なのかが変わってきますね。 超えるべきものなのか? 超えない方が良いものなのか? 超えようと手をつなぐ日々の先に到達する事を願っているのか? この日々が続きますようには 「超えようとはするけれど超えられないままでいる事を願っているのか」 です。 「いつまでもいつまでも超えられない夜を超えようと手をつなぐこの日々」こそが、「あたし」と「あなた」の繋がりなのでしょう。 「超えられない夜」は、「消えない悲しみや綻び」を絶望している事で、やっぱり超えるべきものなのではないでしょうか。 「小さな歪み」は「あたし」だけのものではなく、「あなた」にも「あたし」と同じようにあるので、「手をつなぐ」んですね。 傷のなめ合いのような状況でしょうか。 だからこそ「あたし」は漠然とした不安を感じているのかもしれません。 しかし「あたし」も救われてばかりいるのではなく、「あなた」にとって自分がそういう存在であろうと思い始めたようです。 産まれてきたその瞬間にあたし 「消えてしまいたい」って泣き喚いたんだ それからずっと探していたんだ いつか出会えるあなたのことを Cメロです。 親となって聞くとこんなに悲しい歌詞はありませんが、思春期の不安定な時期には似たような事を思った経験があります。 産まれてきたことが間違いだった、何かしらの罪の始まりだったと感じているんですね。 現状、「あたし」と家族との関係は、あまり良くないようですね。 両親との関係で自分の存在に価値を見出す事は出来ていないからです。 親離れ、自立心の現れなのかもしれません。 外の世界にいる「あなた」を探していたのです。 消えない悲しみも綻びもあなたといれば それで良かったねと笑えるのがどんなに嬉しいか 目の前のすべてがぼやけては溶けてゆくような 奇跡であふれて足りないや あたしの名前を呼んでくれた あなたの名前を呼んでいいかな サビの繰り返しで曲が終わります。 ここでのこの歌詞は、1番とは違いとても前向きな印象があります。 Cメロで「あなた」と出会ったのが「あたし」の人生でどんなに重要であるかを再確認した後ですから、「あたし」が超えられない夜の先に進むことを決意したような強さがありますね。 「あなた」は「あたし」の名前を呼んでくれていますが、「あたし」が「あなた」の名前を呼ぶことできっと何かが変わるのでしょう。 これが浮気の事を歌っているとすると、2人で手を取り合ってどこまでも突っ走ってしまいそうな勢いです。 そういう解釈も面白いですね。 浮気をして悩んでいる人は、ちょっと背中を押されるかもしれませんね。 まとめ 米津玄師さんは『アイネクライネ』が収録されているアルバム『YANKEE』のインタビューで、黒子のバスケ脅迫事件の犯人の話に影響を受けた事を語っています。 彼は「子供の頃から自分は見えない手錠をかけられていた」と言ってるんです。 環境とか、学校でいじめられてたこととか、そういう原因によって、ちゃんと人生をまっとうに生きることができなかった。 それを「見えない手錠」と言っていた。 まっとうに世の中を生きていく人間にはちゃんとコミュニケーション能力があって、ちゃんとポジティブシンキングができて、目的に向かって努力することができる。 そういう人間には感じ取れない呪いみたいなものがあるんですよね。 それって相対化できないものじゃないですか。 誰かにとってどうでもいいことが、誰かにとっては生きるか死ぬかの問題になってきたりするという。 引用元: 『アイネクライネ』も、その呪いについて歌っている曲のようです。 MVは一貫性のあるアニメーションですが、イメージであって歌詞がストーリーになっているわけではないのだろうと思いました。 歌には、もちろん作者や歌手が込める意味があると思いますが、聴いた人が別の意味を見出してもいいはずです。 ほんの1フレーズでも共感できる歌詞があれば、明らかに違う部分があってもお気に入りの歌になったりしますよね。 確かなのは『アイネクライネ』はメロディも良くて、歌詞もMVも何かグッとくるという事です。 とにかく才能あふれる米津玄師さんの、これからの活躍も楽しみにしています!.

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