ヤクルト スワローズ ドラフト。 宮本慎也

ヤクルトスワローズ2019ドラフト評価は満点。ドラ1は星稜・奥川恭伸。吉田ら投手充実。

ヤクルト スワローズ ドラフト

経歴 [ ] プロ入り前 [ ] 小学生の頃から軟式野球を始め、相模原市立星が丘小学校、(海老名リトルシニア)を経てに進学。 高校時代は、2年生の秋からレギュラーに定着。 3年生の夏の県大会では、3番・右翼手でスタメン出場。 チームは準々決勝でらを擁するに延長12回の激戦の末に2対3で破れ、甲子園に出場することはできなかった。 同期にがいた。 高校卒業後はに進学。 1年時から試合に出場。 3年生の春のリーグ戦では打率. 279、17安打、本塁打1、11盗塁の成績を残した。 同期に、がいた。 大学卒業後はに入団。 1年目は膝に怪我を負ったが、の2年目から1番・中翼手でスタメン出場。 計19試合、打率. 282、本塁打1、10打点の成績を残した。 でから4位指名され、契約金4,500万円、年俸1,000万円で入団した。 背番号は 9。 プロ入り後 [ ] は、ファームで打率. 306、4本塁打、10打点、8盗塁をマークし、7月31日に一軍に初昇格、その日の戦で5番・右翼手で一軍デビューした。 チームの新人では1986年に3番を務めた以来32年ぶりにクリーンアップに座ったが4打席無安打に終わった。 その後もなかなか安打が出なかったが、10月7日、神宮球場での阪神戦で右翼線にポトリと落ちる二塁打を打ち、通算25打席目でプロ初安打を記録。 「一生打てないかと思っていた。 ヒットはヒットなので素直にうれしいです」とコメントした。 は、オープン戦で好成績を残して 開幕一軍入りを果たすも、前年同様不振が続き、一軍抹消と登録を繰り返した。 2軍では7月の月間MVPを受賞し 、その後9月5日にと入れ替わりで一軍に昇格する。 18日の対戦でからプロ初ホームランを放つ など、再昇格後の9月は月間打率. 314と好調だった。 なお、ファームでは規定打席未満ながらリーグ2位の16本塁打を記録するなど2年連続で好成績を残した。 12月16日、前年年俸950万円(推定)から100万円アップの1050万円(推定)で契約更改した。 は、開幕から五番センターでスタメン起用され、2戦目に公式戦神宮でのプロ初ホームランを記録した。 人物 [ ] 元の父親と元の母親を持つ。 武相高の先輩にヤクルトのファンクラブの名誉会員でもあるがいる。 「当然知っているし、あのリアクションの感じがかなり好きなので、ぜひ球場に来ていただきたいです」と語っている。 帝京大時代、野球部の練習場が相模原市内の山間部にあるため、頻繁に出没する野生のを追いかけ回していた。 卒業まで捕まえることこそできなかったが「併走していた」という。 大学の同期の青柳とはよく連絡を取り合う仲で、ドラフト指名後に最初に祝福メールが来たのも青柳からだった。 詳細情報 [ ] 年度別打撃成績 [ ] 16 26 25 1 1 1 0 0 2 0 0 0 0 0 1 0 0 7 0. 040. 077. 080. 157 45 98 88 20 16 2 2 1 25 7 4 1 0 0 8 0 2 24 1. 182. 265. 284. 549 :2年 61 124 113 21 17 3 2 1 27 7 4 1 0 0 9 0 2 31 1. 150. 226. 239. 465• 2019年度シーズン終了時 年度別守備成績 [ ] 年 度 球 団 試 合 2018 ヤクルト 9 12 0 0 0 1. 000 2019 37 55 0 1 0. 982 通算 46 67 0 1 0. 985• 2019年度シーズン終了時 表彰 [ ] 国際大会• :最優秀打者賞 (2018年) 記録 [ ]• 初出場・初先発出場:2018年7月31日、対14回戦()、5番・で先発出場• 初打席:同上、1回裏にから右飛• 初安打:2018年10月7日、対24回戦(明治神宮野球場)、7回裏にから右前二塁打• 初盗塁:2019年4月5日、対1回戦(明治神宮野球場)、7回裏に二盗(投手:、捕手:)• 初打点:2019年6月2日、対12回戦()、2回表にから右越適時三塁打• 初本塁打:2019年9月19日、対阪神タイガース25回戦()、5回表にから中越2ラン 背番号 [ ]• 9(2018年 - ) 登場曲 [ ]• 「」(2018年)• 「君に捧げる応援歌」(2018年 - )• 「(関東)」(2019年 - ) 代表歴 [ ]• :NPBイースタン選抜 脚注 [ ]• 日刊スポーツ. 2020年1月26日閲覧。 日刊スポーツ. 2017年11月16日. 2018年10月10日閲覧。 日刊スポーツ. 2018年7月31日. 2018年10月10日閲覧。 デイリースポーツ. 2018年10月7日. 2018年10月10日閲覧。 一般社団法人日本野球機構. npb. 2019年10月16日閲覧。 デイリースポーツ online. 2019年10月5日閲覧。 東京ヤクルトスワローズ. 2019年10月5日閲覧。 www. sponichi. 2019年10月5日閲覧。 デイリースポーツ online. 2019年10月5日閲覧。 日刊スポーツ. 2019年12月16日. 2019年12月20日閲覧。 サンケイスポーツ. 2017年10月27日 2017年10月30日閲覧。 サンケイスポーツ. 2017年11月17日 2017年10月30日閲覧。 サンケイスポーツ. 2018年1月17日 2018年1月20日閲覧。 デイリースポーツ. 2017年11月17日 2018年1月20日閲覧。 亞洲冬季棒球聯盟公式サイト 繁体中文 2018年12月16日. 2018年12月29日閲覧。 2018年12月10日. 2018年12月29日閲覧。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• - NPB. jp 日本野球機構.

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塩見泰隆

ヤクルト スワローズ ドラフト

来歴・人物 [ ] プロ入り前 [ ] 小学4年生の時に、軟式少年野球チームで野手として野球を始めた。 中学時代から投手として活躍し、高校進学に際しては、など地元私学からの勧誘もある中、地元草加市から30km離れた公立のに進学。 や各スポーツ紙によると、鷲宮高校を志願した理由は、「公立高校の方が埼玉らしい」「公立の高校に入って私立の強豪校を倒したい」と述べている。 また私立高校の勧誘そのものに疑問を投げかけたこともあった。 決勝で強打のを相手に力投したが、0対4で敗れ甲子園出場はならなかった。 気味ののフォームと、剛速球、埼玉の公立高出身という共通点からの再来ともいわれた。 においては、とから指名を受けた。 抽選の結果、スワローズが交渉権を獲得。 外れた西武は()を指名した。 木村と増渕は、県内で互いに意識していた存在で、ライバルとして名を挙げたこともある。 指名会見では「ヤクルト自体が好き」と喜びを表した。 女手一つで育てた母は、として働いていた。 増渕自身、インタビューでは母への感謝を口にしている。 「運命を感じる」とも語っており、プロ入り前からと縁のある選手である。 また本来高校生が希望球団を口にすることは禁じられているが、ドラフト会議前の取材において、オフレコでスワローズ志望であることを明かしていた事が、指名後に報道されている。 高校時代は投球のほとんどがでありながら、あまり打たれていなかった。 球種は左打者用のと右打者用のという、外に逃げる球があった。 しかし、それ程曲がりの鋭い球種がなく、内角を突ける球もないため、比較的一本調子になりがちな投球と、制球力が課題であった。 に推定契約金8000万、年俸800万円で仮契約し、スワローズへの入団が決まった。 背番号は増渕の生年にちなんだとも言われる、 63に決定。 仮契約後にを目標にあげ、「直球で真っ向勝負」したいと語っている。 地元新聞を通して「の雑草魂」と埼玉ファンから祝福された。 ヤクルト時代 [ ] は期待を受けて一軍キャンプスタートとなった。 オープン戦でも5試合で防御率1. 29と好投し、開幕試合は登録の関係で二軍登録で迎えたものの、高卒ルーキーながら一軍に帯同し、開幕ローテーション入りを果たした。 対2回戦に先発し、プロ入り初登板。 7回を投げ、打者26人に86球、被安打4(被本塁打1)、奪三振5、与四球1、失点1(自責点1)と素晴らしい投球を披露した。 しかし、と連続してKOされ、早々に二軍降格。 ファームでも暴投を記録するなど芳しくない状態で、検査の結果右肩の故障が判明。 5月中旬から2週間ほどノースローで調整し、リハビリに時間を費やす事となった。 シーズン終盤に再び1軍昇格すると、の対戦で登板し、8回途中無失点で切り抜けプロ初勝利をあげた。 ただこの試合はの引退試合だったため、試合後のが行われなかった。 さらにこの試合でが右打者でプロ野球史上初のシーズン200本安打を達成したため、翌日のスポーツ新聞でも大きく取り上げられることはなかった。 この年限りで引退した古田からは、ドラフト時に当たり籤を引いたこと、キャンプ時に「プロ投手の心得5カ条」を聞いたことの他、オフの引退時にも「今後も気になる存在」として名前をあげられるなど、何かと縁の多い関係となった。 では、の背番号 22を引き継いだ。 プロ入り前から課題としてあげられていたように、球種と制球に悩まされる一年目となり、オフには多投できるツーシームを習得しようとしている。 は一軍キャンプスタートで、先発投手として期待をかけられた。 初登板のに一軍登録され、5回3失点と苦しみながらも勝利で飾り、前年に続き開幕からローテーション入りした。 シーズン計11試合に先発し、そこそこの成績を残していたが、5月6日、6月2日に登録を抹消されるなど、一軍定着にはいたらなかった。 の対戦では、同期のとの先発での投げ合いになったが、への頭部死球が危険球と判断され、退場となった。 に登録を抹消され、その後故障が判明し一軍に上がることができなかった。 9月にはファームで復帰し、にはイースタン・リーグの優勝試合に登板している。 10月のフェニックス・リーグから、の指導の下それまでのから肘を上げ、にフォームを改造している。 はファームでの練習中に打球を顎に当て、骨折。 手術を受けることとなった。 当初はシーズン中の復帰は絶望的とみられていたが順調に回復をみせ、夏場には2軍での登板ができるまでになった。 オーバースローでの投球からスリークォーターに再び戻し、9月2日の戦に先発するも、球速・球威ともに足りず7失点でKOされた。 開幕からしばらくは主に敗戦処理やロングリリーフで登板し、の戦で打ち込まれるまで自責点0(失点3)と好調を維持し続けた。 夏頃からは勝ち試合での救援登板も増え、6月にはそれまで勝利の方程式を担っていたの不調に伴い、監督代行から直々に新・勝利の方程式に指名された。 夏場に一時離脱したが57試合に登板し、チームに欠かせない戦力に成長した。 は先発に再転向。 チームが4試合連続白星なしという開幕の中で初登板をして8回無失点の好投を見せて3年ぶりの先発勝利を果たす。 その後交流戦で大きく崩れるものの、前半戦で5勝をあげた。 は新加入のが序盤から先発ローテーションに定着した影響で、再び中継ぎに転向。 の登録抹消により5月末からローテーションに加わったものの、5試合で1勝3敗と結果を残せず、7月以降は再び中継ぎとなる。 最終的に49試合に登板したものの、防御率が5点台に終わるなど振るわなかった。 は開幕を二軍で迎えたが、にシーズン初の出場選手登録。 一軍公式戦では、通算5試合の救援登板で、0勝0敗、防御率6. 75という成績に終わった。 は(2011年3月発生)からの復興支援や、野球以外の分野で初めての就労体験を目的に、自主トレーニング直前のに行きつけの焼肉店(・の「しょうろ苑」)で「1日店長」として接客を担当。 日本ハム時代 [ ] シーズン開幕直後のに、との交換トレードでへ移籍することが発表された。 背番号は、今浪が付けていた 45を継承。 移籍後は、投球フォームを従来のからへ変更したが、プロ入り後初めて一軍公式戦への登板機会がなかった。 シーズン終了後の契約交渉では、の野球協約に定められた制限を上回る額の減俸を球団から提示。 は投球フォームをスリークォーターに戻した が、2年続けて一軍公式戦への登板機会がなく、の公式戦でも、17試合の登板で1勝2敗、防御率9. 37という成績にとどまった。 に球団から戦力外通告を受けた ことから、この年限りでの現役引退を決断。 に、自身の公式アカウントを通じて、正式に引退を表明。 現役引退後 [ ] の資格回復研修を受講した上で、翌2月7日により学生野球資格回復の適性認定を受けたことにより、学生野球選手への指導が可能となった。 現在は自ら興した会社を経営しながら、埼玉県上尾市で上尾ベースボールアカデミーを開講し、塾長を務めている。 また、・・を軸に、・などの変化球を織り交ぜていた。 詳細情報 [ ] 年度別投手成績 [ ] 6 5 0 0 0 1 1 0 1. 500 125 29. 1 27 6 11 0 3 21 2 0 15 14 4. 30 1. 30 12 11 0 0 0 3 3 0 0. 500 242 55. 1 54 8 22 0 6 25 1 0 27 26 4. 23 1. 37 1 1 0 0 0 0 1 0 0. 000 27 5. 0 8 1 6 0 0 4 2 0 7 7 12. 60 2. 80 57 0 0 0 0 2 3 0 20. 400 259 60. 1 46 5 36 1 1 50 1 0 22 18 2. 69 1. 36 27 22 0 0 0 7 11 0 0. 389 575 134. 1 140 8 46 0 7 91 2 0 64 63 4. 22 1. 38 49 5 0 0 0 2 7 0 8. 222 331 73. 2 80 6 34 1 2 63 5 0 45 44 5. 38 1. 55 5 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 29 5. 1 8 0 3 0 0 3 1 0 5 4 6. 75 2. 08 :7年 157 44 0 0 0 15 26 0 29. 366 1588 363. 1 363 34 158 2 19 257 14 0 185 176 4. 36 1. 43 記録 [ ] 投手記録• 初登板・初先発:2007年4月7日、対2回戦()、7回4安打1失点• 初奪三振:同上、1回表にから空振り三振• 初勝利・初先発勝利:2007年10月4日、対21回戦(明治神宮野球場)、7回無失点• 初ホールド:2007年10月9日、対横浜ベイスターズ24回戦()、6回裏に2番手として救援登板、1回無失点 打撃記録• 初安打:2008年5月18日、対9回戦()、2回表にから中前安打• 初打点:2011年7月3日、対広島東洋カープ8回戦()、2回表にから押し出し四球 背番号 [ ]• 63 (2007年)• 22 (2008年 - 2014年途中)• 45 (2014年途中 - 2015年) 脚注 [ ]• 2007年5月18日付け、東京ヤクルトスワローズ公式ホームページ「ファーム情報」による。 2008年11月14日付け、東京ヤクルトスワローズ公式ホームページによる。 スポーツニッポン(2014年1月6日)• スポニチアネックス(2014年3月31日)• 日本野球機構(2014年3月31日)• 北海道日本ハムファイターズ公式サイト(2015年10月2日)• スポーツニッポン(2015年10月14日)• 日刊スポーツ 2017年2月8日. 2017年2月8日閲覧。 『2012プロ野球オール写真選手名鑑』日本スポーツ企画出版社、2012年、97頁。。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• - NPB. jp 日本野球機構• 選手の各国通算成績 、• masubuchi22 -.

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プロ野球ドラフト会議

ヤクルト スワローズ ドラフト

こんにちは、今回はヤクルトスワローズ2019ドラフト評価をしていきたいと思います。 高津新監督を迎えるにあたって、崩壊している投手陣を立て直そうと即戦力投手を1位から4位まですべて獲得するという極端なドラフト。 しかし、評価は100点。 素晴らしい英断でした。 正直、今までのヤクルトは20172位の大下選手や2011ドラフト1位の川上竜平選手など他球団がまるで評価していない選手を繰り上げて高い順位で指名する傾向にありました。 2010ドラフト1位の山田哲人や2017ドラフト1位の村上選手など度々あたりを引いても、2位以降でやらかしてプラスを吐き出すという編成が多かったのでびっくりしました。 上から目線ですが、ヤクルトもやればできるんですね。 ドラフト1位の奥川恭伸投手は、甲子園を沸かせた星稜高校のエースで佐々木と並ぶ「BIG2」。 甲子園で残した成績、指標は史上最強で、松坂、田中将大、藤浪、菊池雄星といったそうそうたるメンツすら上回っています。 プロでの活躍は約束された選手ですね。 ヤクルトの投手陣なら、既にエース格ではないでしょうか。 2位の吉田大喜投手、3位杉山投手、4位大西投手はそれぞれタイプの違う右の大学生投手です。 数打てば当たるではないですが、これだけタイプの違う投手を揃えれば投手に圧倒的不利な神宮球場を本拠地にしていても誰かがブレイクするという算段でしょう。 5位、6位は懸案のショート候補の高校生を指名しました。 武岡選手は6位と事前評価よりも低く指名されましたが、センスはあります。 さて、詳しくレビューしていきましょう! Table of Contents• ヤクルトスワローズは奥川恭伸の指名権を獲得でエース誕生。 2位吉田はクローザー向き?3位杉山、4位大西は全く真逆の先発タイプ。 一にも二にも奥川投手です。 奥川一人でドラフトは95点が取れるでしょう。 奪三振率の高さ、そして与四球の少なさ。 ストライクゾーンを高校生にして完全に操っています。 プロでもこのレベルでコントロールがいい投手は菅野投手ぐらいでほぼいないですし、奪三振力も上回るのは千賀投手ぐらいでしょう。 それこそライバルになるのは、2019年同じくドラフトの目玉だった千葉ロッテ1位の佐々木郎希投手でしょう。 どちらが上というのは正直分かりません。 ダルビッシュと田中将大を比べているようなものです。 チーム事情と個人の価値観によって評価は変わるでしょう。 どちらも凄い、凄すぎます。 今までドラフト指名された高卒投手どころか大学社会人を合わせてもトップレベルなのが奥川と佐々木です。 個人的には奥川を推しています。 佐々木はポスティングを希望して入札を許可する球団を絞ったという噂もありますし、100マイルを超えるストレートを投げる投手のトミージョン手術率はかなり高い。 また、奥川のように大舞台で投げていないんですよね。 奥川は「実践派」といえ、NPBにいる間は安定して素晴らしい成績を収めてくれるでしょう。 あとはどれぐらい日本にいる間にタイトルを総なめにできるかですね。 2位の日本体育大学の吉田大喜投手は1位候補でもありましたが、低身長だからか2位まで残っていました。 ストレートの質は凄いです。 また、スライダー、カーブ、スプリットといった変化球どれもが勝負球として使える器用さも。 問題は先発としては長いイニングを投げる体力が乏しそうなことです。 石山の後釜のクローザー候補として育てた方がいいのではないでしょうか。 器用なので先発でもいけそうですが、2軍でしばらく育成する必要がありそうです。 先発ならば4~5番手、しかし中継ぎ、抑えならばチームの要になれそうな素質の投手です。 どちらを選ぶかは悩みどころ。 3位の創価大学杉山投手はまさか36番目まで残っているとは思いませんでした。 日本ハムあたりがハズレ1位にリストアップしていたんですがね。 変化球の多彩さと球を微妙に動かして芯を外す投球が武器で打たせてとる投手です。 ツーシームとカットボールが武器。 コントロールはアバウトですが、MLBの先発にいそうな面白いタイプ。 問題は村上や廣岡が守備につくこと。 ゴロタイプの投手なので内野守備にかなりの影響をうけます。 落ちる球であるスプリットやチェンジアップを覚えればかなり投球の幅が広がり、一気に先発ローテでも上の方になれる素質があります。 しかし、現時点ではコントロールのアバウトさといざという時に奪三振を奪える球がないのが辛い。 中継ぎでも使いづらいので、即戦力というよりは大卒ですが素材型投手でしょう。 ヤクルトのチームメイト原樹里投手に近いですが、原投手よりは極端にゴロ投手でもありません。 ナックルカーブのないディクソン投手のようなタイプの選手です。 ヤクルトドラフト4位の大商大大西投手は、かなり指標の良い投手として有名でした。 関西リーグでは無双していた投手です。 4位まで残っていたのは身長の低さで伸びしろが少ないと判断されたからでしょう。 多彩な変化球と緻密なコントロールがあり、それはプロの中に混じっても遜色のないものです。 しかし、ストレートの球威に問題があります。 力が無いので狭い神宮だと飛翔が多くなりそうですね。 研究されるまでは活躍しそうです。 杉山投手と違って1,2年目はそこそこやるものの、長年やるには新しい武器を身に着ける必要がありますね。 タイプで言えば、ヤクルトの同僚ライアン小川投手から球速と変則フォームを抜いた投手というのが近いでしょうか。 しかし、野手の評価が暴騰して他球団が野手を必死で上位で指名するなかで即戦力先発候補が残りまくっていたのは非常に美味しかったでしょう。 森下の単独指名もそうですが、5年前だとありえない展開です。 5位の長岡選手、6位の八戸学院光星高校の武岡選手は高卒ショートで、長年苦戦の穴を埋めに行っている。 長岡選手に関しては正直名前を耳にしたことがありますが、どんな選手かは分かりません。 身体能力に優れた選手と聞いています。 6位の武岡選手はU18でも韮澤や森敬斗選手を押しのけてショートで起用されていた選手。 かなりの有名選手で、3位前後での指名が予想されていましたが6位まで残っていました。 U18ではエラーとまずい守備をしていたものの、それは2018の小園選手も同じ。 スカウトやU18の首脳陣は「武岡がショートが一番うまい」とみんな口を揃えていました。 しかし、身体能力は高いですが、セカンドかセンターの方が向いていそうです。 強肩でも守備範囲が広いわけでも足がすごく俊敏でもないんですよね。 問題はインコースが完全に弱点の打撃かもしれません。 U18でもインコースを責められて全く打てていませんでした。 ここまで弱点がはっきりしているので逆に克服しやすいと言えるかもしれませんが、素人目にも明らかに弱点のある打撃はいただけない。 下位指名になった理由はこれでしょう。 しかし、甲子園予選では打ちまくっていましたし、甲子園でも打っていた選手です。 選球眼があり、長打力も発揮していてインコースの弱点が克服されればかなり打つのではないでしょうか。 同じ光星学院出身の阪神北条選手より持てる才能はあると思います。 しかし、とにもかくにもインコース打ちですね。

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