マザー テレサ ノーベル 平和 賞。 マザー・テレサとはどんな人物?簡単に説明【完全版まとめ】

マザーテレサはなぜノーベル平和賞を受賞したのですか

マザー テレサ ノーベル 平和 賞

目次 Contents• マザー・テレサの生い立ち マザー・テレサは、1910年8月26日、旧ユーゴスラビアのスコピエという町に生まれました。 両親はアルバニア人で、ボワジュという名字でした。 マザー・テレサは「アグネス・ゴンジャ(花のつぼみ、という意味)」と命名され、幸せな家族の中ですくすくと育ちました。 アグネスの父は政治活動に深くかかわっており、また母は賢く思いやりのある女性だったといいます。 ボワジュ一家は敬虔なカトリック教徒で、アグネスも幼いころから毎日お祈りをし、母からは「めぐまれない人たちへの思いやりをいつも忘れないように」と教えられていました。 しかし、アグネスは9歳にして父を失ってしまいます。 母はしばら夫の死にうちひしがれていましたが、やがて気力を取り戻し、手作りの刺繍製品などを売って家計を助けるようになりました。 アグネスはそんな母を見て、逆境の中でも決してくじけず強い心をもって歩んでいくこと、という教訓を学んだことでしょう。 アグネス、修道女に アグネスは、14歳になるころには、自分は将来宣教師になってインドへ行きたいという希望を持っていました。 しかしその願望をかなえるには、修道女にならなければなりません。 ある日アグネスは、アイルランドのロレット女子修道会が、インドにシスターを派遣しているという話を耳にします。 さっそく、ロレット修道会の修道女になれるかどうか問い合わせてみたところ、まずはパリにいる女子修道院長と面接しなければならないということでした。 面接はうまくいき、アグネスはしばらく修道女になるための訓練と、英語の勉強をすることになりました。 アグネス、インドへ ロレット修道会に入って6週間たった1928年12月1日、アグネスはついにインドへの船旅に出発しました。 船がカルカッタに到着したのは、1929年1月6日のことです。 そして1929年5月23日、アグネスは晴れて修道女となり、テレサと改名しました。 1931年5月24日には、修道女として「清貧」「貞潔」「従順」の3つの誓いを立てました。 シスター・テレサはダージリンに移り、ロレット修道院が設立した学校で教鞭をとることになります。 仕事は教職だけではなく、病院の手伝いなどもありました。 そしてこのときテレサは、貧困の苦しみにあえぐ人を自分の目でじかに見ることになるのです。 ダージリンでの修練が終わると、テレサはカルカッタにあるロレット修道院で暮らすことになりました。 そして、修道院付属の聖マリア女学校で、歴史と地理を教えることになりました。 1937年5月14日、シスター・テレサは終生誓願をたてて正式の修道女になるとともに、聖マリア女学校の校長に就任しました。 神からの呼びかけ 1946年、9月10日のことでした。 汽車でダージリンに向かう途中、シスター・テレサに異変が起こります。 今していることよりもっと重要な、新しいことをするようにと神からの呼びかけがあったと、テレサは確信したのです。 テレサはこの出来事を、「神からの真実のお告げ」と呼んでおり、シスターたちは、この日を「インスピレーションがわいた日」として年ごとに祝うようになりました。 テレサは、カルカッタのスラムに出て、もっとも貧しい人たちとともに生活し、その人たちのために働くことこそ、神が自分に望まれていることだと信じました。 カルカッタの大司教から修道院を出る許可が届くと、シスター・テレサはロレット修道院を後にし、貧しい人たちの中の、もっとも貧しい人々のための活動を開始します。 マザー・テレサ 活動年表 1948年 ロレット修道院を出る。 カルカッタのスラム地区へ出て、子どもたちを集めて青空教室を開く。 1949年 初めての協力者シスター・アグネスがテレサの活動に加わり、その後も次々と協力者が現れる。 1950年 ローマ法王ピオ12世が、テレサの「神の愛の宣教者会」を正式な修道会として認める。 1952年 助かる望みのない人びとのための「死を待つ人の家」が開かれる。 1955年 「孤児の家」が開かれる。 1963年 「神の愛のブラザー宣教者会」が活動を始める。 1969年 ハンセン病患者のために「平和の村」をつくる。 1971年 「ヨハネ23世教皇平和賞」を授与される。 1972年 ジョン・F・ケネディ賞受賞。 1975年 「神の愛の宣教者会」創立25周年を迎える。 施設の数はインド国内と海外合わせて88、シスターの数は1135人となる。 アルバート・シュヴァイツァー賞を受賞する。 1979年 ノーベル平和賞受賞。 1981年 初めて日本を訪れる。 1983年 エリザベス女王より、優秀修道会賞を授与される。 1997年 9月5日、心臓発作のため逝去。 2003年 ヴァチカンにて列福される。 2016年 列聖される。 マザー・テレサが残した名言 マザー・テレサ(Mother Teresa)は、数々の名言や格言を残しています。 以下のサイト様でたくさんとりあげられているので、ぜひご覧ください。 数ある名言の中でも、私は以下の言葉が特に好きです。 思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。 言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。 行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。 習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。 性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。 引用元: 私たちは日々生活する中で、たくさんのことを考えます。 「別に頭で考えるだけだったら誰にも分からないし」と思いがちですが、このマザー・テレサの格言は、そんな私たちに思考の重要性をはっと気づかせてくれます。 思考はいつか言葉に、言葉はいつか行動に、行動はいつか習慣に、習慣はいつか性格に、そして性格はいつか運命に。 もしかしたら、今私たちが「偶然自分たちに降りかかってきた」と思っていること(いいことも悪いことも)は、もしかしたらどこかで自分が招いたことなのかもしれません。 マザー・テレサに限らず、「成功者」もしくは「偉人」と言われている人の多くは、似たような言葉を残しています。 例えば、ナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』という本は有名ですよね。 まとめ マザー・テレサの生い立ち、活動、そして名言についてまとめました。 この記事を読んでマザー・テレサの活動や、「神の愛の宣教者会」についてもっと知りたいと思われた方には、以下の書籍もぜひご参考になさってください。 あわせて読みたい記事.

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マザー テレサ ノーベル 平和 賞

マザー・テレサ マザー・テレサに対する批判(マザー・テレサにたいするひはん)では、のであり であったに対する批判を扱う。 マザー・テレサは45年以上の長きにわたり、貧しい人、病める人、孤児、末期の人たちのために尽くしてきただけでなく、から世界中に広がった彼女の信徒たちを導いてきた。 にはを受賞し、に亡くなると、がテレサをし、2016年9月にによってされてとなり、彼女の命日である9月5日はとなった。 世界中の人々から讃えられ、各国の政府や組織から称賛を受けたマザー・テレサだが、彼女に対しては生前から批判や告発、抗議の声も少なくなかった。 その矛先は例えば彼女の修道会の資金管理であり、末期の人へのの奨励や医療ケアのクオリティ、そしてやのアイコンとなっていることであった。 メディアにおける批判 [ ] インド生まれでイギリスに移住した医師で作家のアロー・チャタジー は、マザー・テレサの施設で短い間働いていたことがあり、その後テレサの修道会について資金管理を含めた運営の実態の調査に取り組んでいる。 1994年にはイギリスのとタリク・アリー という2人のジャーナリストが、チャタジーの仕事をベースにして、イギリスのテレビ局でドキュメンタリー番組『地獄の天使』 を製作した。 翌年、ヒッチェンズは『』 The Missionary Position を出版し、番組で放映された数々の告発をあらためて活字化した。 チャタジーも2003年に『最終評決』 The Final Verdict を出版し、ヒッチェンズの本よりは落ち着いた筆致ではあったものの、やはりテレサの事業について同じような批判を行った。 インドの首相だったは1975年に非常事態令を発動し、言論の自由を制限して野党や反対派を弾圧したが、その後マザー・テレサは「国民はさらに幸せになった。 仕事は増え、ストライキはない」と発言している。 こうした是認的なコメントはテレサとの友好関係の現れだと受け取られた。 これにはインド国外のカトリック系メディアからも批判があった。 末期の人への洗礼 [ ] マザー・テレサは自らが率いる修道会において、末期の病人がどんな信仰を抱いていようと、かまわずひそかに洗礼を行うことを奨励していた。 にいたスーザン・シールズは次のように書いている。 「修道女たちは、死の危険が迫る人たちに『天国への切符』を望んでいるか、とたずねなければならなかった。 肯定的な返事があったら、それは洗礼に同意したとみなされた。 修道女たちは患者の額を濡れた布で冷やすようにみせかけながら、必要な言葉を静かに唱えながら洗礼を施すのである。 なぜ秘密裏に行うことが大事かといえば、マザー・テレサの修道女たちがやに洗礼を施していることを明るみにだすわけにはいかないからである」。 ジャーナリストのマレー・ケンプトンを筆頭として、こうした行為には批判が相次いだ。 洗礼を施すのに、患者には意志決定ができるだけの十分な情報(自身が洗礼を本当に望んでいるのか、キリスト教における洗礼の神学的な意義とは何か)が与えられていないからである。 一方で作家のシモン・レイスは、ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックスへの投書でテレサを擁護している。 「洗礼の仕草が持つ超自然的な効能を信じている人々は、それを心から望んでいるはずだ。 そして信じていない人にとっては、善意による他愛もない仕草に過ぎない。 頭の上のハエを手で払ってもらうのと同じことである。 黒い交際 [ ] 1981年、テレサはを訪れ、独裁的な政治家からを受けとっている。 『宣教師の立場』において、ヒッチェンズはの政権をテレサが支持していたとして、デュヴァリエとの交際と同じく批判している。 テレサは1989年8月にアルバニアを訪れており、そこでホッジャの未亡人であるネジミエをはじめ当時のアルバニア首脳や政府要人から歓迎を受けた。 その後テレサはホッジャの墓に花束をそなえ、に花冠を飾っている。 テレサはイギリスのメディア王として知られたからも資金提供を受けている [ ](彼は後に暴かれたように、従業員の年金基金から4億5000万ポンドを着服していたことで知られる)。 が事業で失敗した後に詐欺事件で起訴されたとき、キーティングの人柄を擁護する陳述書がテレサの名で作成されたことにも批判が集まった。 キーティングはマザー・テレサに数百万ドルの寄付を行っており、彼女がアメリカを訪れる際には自分のプライベートジェット機を貸し出すことまでしていた。 テレサはがにノミネートされたときに支持を行った [ ]。 ジェッリは、ンのロッジ(支部)であるの創設者であり、イタリアにおける複数の殺人や汚職事件との関与が指摘されるだけでなく、ネオファシスト的なイタリア社会運動やアルゼンチンの軍事政権との強い結びつきで知られている。 慈善活動 [ ] チャタジーによれば、マザー・テレサの「貧困の救済者」というパブリック・イメージには語弊があり、実際には彼女が運営した最大級の施設でもわずか数百人程度に施しをおこなっていたに過ぎない。 1998年にカルカッタでの活動が報告されている慈善支援団体は200を数えるが、テレサの宣教者会はその中でも大規模な慈善団体とはいえない。 例えばアッセンブリーズ・オブ・ゴッドの慈善活動では、一日に1万8000食を振る舞い無数の困窮者を支援することで有名である。 チャタジーは、修道会の主たる活動は慈善事業ではなく、むしろ資金が投じられていたのは伝道活動だと主張している。 例えば、パプアニューギニアに8箇所あった神の愛の宣教師会のうち、地元住民を受け入れている施設は一つもなかった。 これらの施設は地元住民をカトリックに改宗させるためだけに運営されていたのである。 マザー・テレサは伝道を行った国のヒンドゥー教徒から、貧者を「秘密裏に」カトリックに改宗しようとしていると非難されることもある。 クリストファー・ヒッチェンズは、テレサの組織が苦しみを美徳とし、貧窮にあえぐ人々を助けようとしないカルト団体だと断じている。 彼によれば、マザー・テレサが貧困について述べた言葉そのものが、彼女の意図するのは人民の救済ではないことを証明している。 1981年の記者会見で「貧しい人には自らの分け前で我慢することを教えるのですね?」と問われたテレサはこう答えているのである。 「貧しい人が自らの分け前を受け入れることはとても美しいことだと思います。 キリストのご受難と共にあるということですから。 医療ケアのクオリティ [ ] 1991年にカルカッタにあるテレサの施設「」を訪れた、イギリスの医療雑誌の編集委員であるロビン・フォックスは、そこで患者に行われていた医療ケアを「でたらめ」 haphazard と表現している。 修道女とボランティアたちにはまったく医学的知識がない者もいたが、ホスピスであるこの施設には医者がいないため、彼女たちが患者のケアについて決定権を持っていたのである。 フォックスはこの施設の環境に関してマザー・テレサの責任を重くみるとともに、テレサの修道会が治療の可能な患者と不可能な患者の区別をつけていないことに注目している。 つまり、助かる可能性のあるひとでも、感染や処置不足により死の危険に晒されてしまうとことである。 フォックスもこの「死を待つ人の家」で修道女たちは清潔さを保ち、患者の傷や痛みによくつきあい、親切心にあふれていることは認めるのだが、彼女たちが患者の苦痛に対処する手段は「憂慮すべきほど不十分」だと述べている。 この施設の処方集には強力ながなく、フォックスはこれこそがマザー・テレサの取り組みと、一般的な運動をはっきりと区別するものだと考えた。 フォックスの観察では、注射針はお湯ですすぎ洗いされるのみで殺菌が十分ではなく、を患った患者も施設内で隔離されていなかった。 修道会の施設における、このような不注意な医療ケアを報告する文書は枚挙にいとまがない。 かつてテレサの教団で働いていたボランティアの一部からも同様の意見が提出されている。 マザー・テレサ自身がこうした施設を「死を待つ人の家」と表現している通りである [ ]。 2013年、マザー・テレサに関する文献の96パーセントをカバーし包括的な検討を行ったモントリオール大学の研究者グループの研究は、かねてからあったマザー・テレサに関する批判を補強している。 いわく「苦しみを癒やすかわりに讃美することをもって病人のケアとしている。 …彼女の政治家との疑わしい交際、受けとった巨額の資金の管理への疑問、とくに中絶、避妊、離婚に対するあまりに教条的な見方」。 その活動を担ったのが、カトリックに改宗した中絶反対派のジャーナリスト、であった。 植民地主義とレイシズム [ ] 歴史学者の『人種化された空間における白人女性』 White Women in Racialized Spaces のあるエッセイでは、マザー・テレサについて次のような言及がされている。 マザー・テレサは、浅黒い皮膚をした人々を彼ら自身の惑溺と怠惰から救うために尽力するという、植民地における白人女性の最も純粋な典型といえます。 … 欧米諸国に支配されている国際メディアは、白人だけがどういうわけか社会に変化をもたらす能力に恵まれているという植民地時代の考え方のままです。 非白人が社会変革に取り組んでいても、メディアは白人の支援者や指導者を見つけようとします。 言うなれば、非白人の俳優に舞台の袖から指示を飛ばしている白人を探そうとします。 メディアは言外にこんなメッセージを伝えているように思うのです。 非白人は自分の意思において能力を最大に発揮してはならず、植民地の行政官なり、IBMやIMFのテクノクラートなりからの命令を待たなければいけない、といった風な。 貧しい人々を救済する活動が報道されるときにも、黒い肌の人間はまたもや不可視の存在として扱われます。 なぜならメディアは、マザー・テレサのような使い古して陳腐になった存在だけを称揚したがり、自分たちを解放するために戦う人々には気づかないふりをするのです。 したがって、マザー・テレサのような人物の生涯を、公にして厳しい視線にさらすのはいつの時代も困難です。 ] マザー・テレサの仕事は富裕層の罪悪感を和らげるためにある世界的企業の一部門であり、貧困をつくりだし維持する陣営へ本当に挑戦するものではないのです。 死後の批判 [ ] マザー・テレサは1997年に亡くなった。 彼女は生前に書いた文章や手紙をすべて破棄してほしいと望んでいたにもかかわらず、コレクションは死後に書籍として出版された [ ]。 公開されたテレサの文章からは、晩年の彼女が孤独感と戦っていたことが明らかに読み取れる。 それは修練者であった若き日のテレサが抱いていた強い思いとは対照的なものであった。 手紙のなかで、彼女は何十年にもわたって神から切り離されている感覚を持っていたこと、神の愛の宣教師会を創始するために励むことができた若い頃の情熱を失っていることを訴えている。 その結果、一部には彼女が「信仰をやめた」と評価したり、死後においてなおその偽善を批判する者も現れた。 批判への反論 [ ]• Poplin, Mary 2011. InterVarsity Press. 112. 2014年3月9日閲覧. ""Remember, Brother, I am a missionary and so are you. 2002. Mother Teresa: The Final Verdict. Meteor Books. Christopher Hitchens 24 April 2012. 51—. www. nybooks. com. The New York Review of Books. 2015年12月18日閲覧。 The New York Review of Books. 2015年12月18日閲覧。 London: Verso. 2014年8月22日閲覧。 telegraph. 2016年9月30日閲覧。 corriere. 2016年9月30日閲覧。 German PDF. 214. の2016年9月9日時点におけるアーカイブ。 2016年9月15日閲覧. " -• Fox, Robin 1994. The Lancet 344 8925 : 807—808. U de M Nouvelles 2013年3月1日. 2016年4月1日時点のよりアーカイブ。 2016年10月1日閲覧。 Najmi, Samina; Srikanth, Rajini, eds 2012. White Women in Racialized Spaces: Imaginative Transformation and Ethical Action in Literature illustrated ed. State University of New York Press. 67—68. 2015年3月8日閲覧。 Kolodiejchuk, Brian, ed. Van Biema, David 2007年8月23日. Time. Beliefnet. 2016年10月1日閲覧。 Mannion, Francis 2014年9月18日. Catholic News Agency. CNN. 2009年6月1日. の2015年12月22日時点におけるアーカイブ。 2015年12月18日閲覧。 Doino, William Jr 2013年4月1日. First Things. 2015年12月22日閲覧。 参考文献 [ ] は列挙するだけでなく、などを用いてしてください。 記事のにご協力をお願いいたします。 ( 2019年6月)• Prashad, Vijay. Australian Marxist Review 40 1998 ; previously published in Political Affairs. Warner, Sally. Mother Teresa: The Genius of Calcutta. New Delhi: Pranoti, 2003. 外部リンク [ ]• Akande, Zainab. Mic. com. 2013. Dicker, Ron. Huffington Post. 4 March 2013. Hitchens, Christopher. Slate. Octtober 2013. Daily Mail. 4 March 2014.

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マザー テレサ ノーベル 平和 賞

Mother Teresa マザー・テレサ カトリック教会の聖人。 修道会「神の愛の宣教者会」の創立者。 ノーベル平和賞受賞。 国: 現在のマケドニア共和国 生: 1910年8月26日 没: 1997年9月5日(享年87) 【その生涯】 1910年8月26日、マザー・テレサことアグネス・ゴンジャ・ボヤジュは、現在のマケドニアのスコピエに3人兄弟の末っ子(次女)として生まれた。 父は地元の名士で事業を営む実業家であり、アルバニア独立運動の闘士でもあった。 両親はカトリック教徒であり、信仰心に篤く、貧しい人への施しを積極的に行っていた。 アグネスは聡明な子で12歳のころには将来インドで修道女として働きたいという望みを持っていた。 アグネスは18歳で故郷のスコピエを離れ、アイルランドで女子教育に力を入れているロレト修道女会に入った。 基礎教育を受けたアグネスは修練女として1931年にインドのダージリンに赴いた。 初誓願のときに選んだ修道名がテレサであった。 テレサは1947年までカルカッタ(現在のコルカタ)の聖マリア学院で地理と歴史を教える。 上流階級の子女の教育にあたりながらも、テレサの目にはいつもカルカッタの貧しい人々の姿が映っていた。 1946年9月、テレサは休暇のためダージリンに向かう汽車に乗っていた際に「すべてを捨て、最も貧しい人の間で働くように」という啓示を受けたという。 1948年、ローマ教皇ピウス12世からの修道院外居住の特別許可が得られ、テレサは修道院を出て、カルカッタのスラム街の中へ入っていった。 彼女は手始めに学校に行けないホームレスの子供たちを集めて街頭での無料授業を行うようになった。 1950年に「神の愛の宣教者会」を設立。 同会の目的は「飢えた人、裸の人、家のない人、体の不自由な人、病気の人、必要とされることのないすべての人、愛されていない人、誰からも世話されない人のために働く」ことであった。 テレサは修道会のリーダーとして「マザー」と呼ばれるようになる。 1969年、アメリカ人が撮ったドキュメンタリー映画『すばらしいことを神さまのために』によってテレサの活動はアメリカのみならず、全世界で知られるようになった。 その活動は高く評価され、1979年のノーベル平和賞など多くの賞を受けた。 1997年9月5日、テレサはカルカッタにて87年の生涯を終える。 宗派を問わずにすべての貧しい人のために働いたテレサの葬儀はインド政府によって国葬として盛大に行われた。 2016年9月4日、ローマ教皇フランシスコはテレサを列聖し、聖人であると宣言した。 それでも許しなさい。 人にやさしくすると、人はあなたに何か隠された動機があるはずだ、と非難するかもしれません。 それでも人にやさしくしなさい。 成功をすると、不実な友と、本当の敵を得てしまうことでしょう。 それでも成功しなさい。 正直で誠実であれば、人はあなたをだますかもしれません。 それでも正直に誠実でいなさい。 歳月を費やして作り上げたものが、一晩で壊されてしまうことになるかもしれません。 それでも作り続けなさい。 心を穏やかにし幸福を見つけると、妬まれるかもしれません。 それでも幸福でいなさい。 今日善い行いをしても、次の日には忘れられるでしょう。 それでも善を行いを続けなさい。 持っている一番いいものを分け与えても、決して十分ではないでしょう。 それでも一番いいものを分け与えなさい。 People are often unreasonable and self-centered. Forgive them anyway. If you are kind, people may accuse you of ulterior motives. Be kind anyway. If you are successful, you will win some unfaithful friends and some genuine enemies. Succeed anyway. If you are honest, people may cheat you. Be honest anyway. What you spend years creating, others could destroy overnight. Create anyway. If you find serenity and happiness, some may be jealous. Be happy anyway. The good you do today may be forgotten tomorrow. Do good anyway. Give the best you have, and it will never be enough. Give your best anyway. マザー・テレサの名言 いつもお互いに笑顔で会うことにしましょう。 笑顔は愛の始まりですから。 Let us always meet each other with smile, for the smile is the beginning of love. マザー・テレサの名言 愛とは、大きな愛情をもって小さなことをすることです。 Love is doing small things with great love. マザー・テレサの名言 短くて口に出しやすい言葉でも、心のこもった言葉はある。 そんな言葉はいつまでも心の中に輝き続ける。 Kind words can be short and easy to speak, but their echoes are truly endless. マザー・テレサの名言 私たちがやっていることは大海の一滴にすぎないことは、私たち自身感じています。 しかし、大海はその一滴分は少なくなっているのです。 We ourselves feel that what we are doing is just a drop in the ocean. But the ocean would be less because of that missing drop. マザー・テレサの名言 リーダーを待つのはおよしなさい。 一人で、人から人へと行えばいいのです。 Do not wait for leaders; do it alone, person to person. マザー・テレサの名言 人を批評していると、人を愛する時間がなくなります。 If you judge people, you have no time to love them. マザー・テレサの名言 強い愛は、分け隔てをせず、ただ与えるものです。 Intense love does not measure, it just gives. マザー・テレサの名言 貧しい人たちに生命だってあげることはできます。 しかし、微笑を浮かべてそれをしなければ、何も与えることにはなりません。 マザー・テレサの名言 世界平和のためにできることですか?家に帰って家族を愛してあげてください。 What can you do to promote world peace? Go home and love your family. マザー・テレサの名言 この世界は食べ物に対する飢餓よりも、愛や感謝に対する飢餓の方が大きいのです。 There is more hunger for love and appreciation in this world than for bread. マザー・テレサの名言 奇跡なのは、私たちがこの仕事をすることではなく、それをすることが幸せだということです。 The miracle is not that we do this work, but that we are happy to do it. マザー・テレサの名言 神様は私たちに成功してほしいなんて思っていません。 ただ、挑戦することを望んでいるだけよ。 マザー・テレサの名言 神は私に成功をおさめることではなく、真心をつくすように命じています。 God has not called me to be successful. He has called me to be faithful. マザー・テレサの名言 小さなことは本当に小さい。 でも、小さなことを真心を込めて行うことは偉大なことなのです。 Little things are indeed little, but to be faithful in little things is a great thing. マザー・テレサの名言 愛はいつでも旬の果物で、誰の手にも届く所にあるのです。 Love is a fruit in season at all times, and within reach of every hand. マザー・テレサの名言 もしあなたが百人の人に食料を与えることができないのなら、ただ一人の人に与えなさい。 マザー・テレサの名言 誰かに微笑みかけること、それは愛の表現であり、その人へのすばらしい贈り物となるのです。 Every time you smile at someone, it is an action of love, a gift to that person, a beautiful thing. マザー・テレサの名言 平和は微笑みから始まります。 Peace begins with a smile. マザー・テレサの名言 もし平和が得られていないなら、それは私たちが仲間だということを忘れているからです。 If we have no peace, it is because we have forgotten that we belong to each other. マザー・テレサの名言 最もひどい貧困とは、孤独であり、愛されていないという思いなのです。 The most terrible poverty is loneliness, and the feeling of being unloved. マザー・テレサの名言 ランプの灯を灯しつづけるには、たえず油をそそがねばなりません。 To keep a lamp burning we have to keep putting oil in it. マザー・テレサの名言 大切なのは、どれだけ多くをほどこしたかではなく、それをするのに、どれだけ多くの愛をこめたかです。 大切なのは、どれだけ多くを与えたかではなく、それを与えることに、どれだけ愛をこめたかです。 It is not how much we do, but how much love we put in the doing. It is not how much we give, but how much love we put in the giving. マザー・テレサの名言 喜びとは、魂を捕まえられる愛の網なのです。 Joy is a net of love by which you can catch souls. マザー・テレサの名言 次ページへ続きます。

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