ハロルド ライミス。 Harold Ramis

ハロルド

ハロルド ライミス

2月24日に亡くなった映画監督で脚本家のハロルド・ライミスへの追悼コメントが続々と寄せられている。 脚本家としては『アニマル・ハウス』や『ゴースト・バスターズ』シリーズに関わり、映画監督としては『恋はデジャ・ブ』を、そして俳優としても活躍した人だった。 現在ではジャド・アパトーが得意とするような〈ダメな男〉たちの物語を、70年代後半から描き続けた時代の先駆者。 続々と追悼のコメントが寄せられている。 「輝かしく、才能にあふれた最高の友人にして、共同執筆者でもあり、表現者であり先生でもあったハロルド・ライミスが死んでしまったことを知り、深い悲しみにいる。 彼が探し続けた答えを見つけたことを祈る。 」 ーダン・エイクロイド ハロルドは世界に存在する善き力そのものだった。 面白くて、優しくて、そして思慮深い。 本当に惜しいよ。 ージャック・ブラック 私が関わったどんな監督よりも優しく、そして天才だったわ。 彼の驚くべき才能は別にしても、彼ほど新聞のパズルを早く解いてしまう人を他に知らないわ。 ーアンディ・マクダウェル ハロルド・ライミスとはオフ・ブロードウェイからはじまって、『ミートボール』、『ボールズ・ボールズ』、『ゴースト・バスターズ』、『恋はデジャ・ブ』など様々な作品でともにした。 彼はこうしてやっと静けさを手にしたんだ。 彼に神のご加護がありますように。 ービル・マーレイ ハロルド・ライミスはすべての成功を願うコメディー・ライターにとって輝かしい目標だった。 本当に寂しくなるよ。 ーセス・マクファーレン 友人のハロルド・ライミスの訃報を聞き悲しいよ。 最高の俳優であり監督でもあり、素晴らしい夫でもあり父親でもあった。 僕らすべてにとって大きな損失だ。 ービリー・クリスタル だめだ、だめだよ、ハロルド。 何年か前に一緒に働いたけど、彼は本当にスゴい人だった。 大人になってみて、彼の作品が僕の人生を変えたことに気がついた。 寂しいよ。 ージョン・ファブロー 他にもたくさんの彼を心から慕うコメントが寄せられています。 滑稽な男たちの姿を最高に格好良く描く映画人でもあったけど、『恋はデジャ・ブ』ではアンディ・マクダウェルを最高に魅力的な女性として描いてもいる。 しかもそれを口うるさい説教のようでなく、笑いながら教えてくれた。 本当に素晴らしい映画人だったと思う。 [ad ad-2]•

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chihirousagi: 追悼 ハロルド・ライミス

ハロルド ライミス

回顧録によるとライミスとマーレイは、当時の人気コメディアンが集結した、1974年のコメディドラマ『Second City(原題)』のコラボレーションで親しくなったとのこと。 本シリーズは、映画『ボールズ・ボールズ』(1980年)や『パラダイス・アーミー』(1981年)、『ゴーストバスターズ』(1984年)よりも前に製作された作品だ。 しかし、1993年になる頃には2人の関係に緊張が走るようになり、『恋はデジャ・ブ』の撮影後、お互いに会話を拒むようになったのである。 しかしライミスの娘の回顧録で、2人が仲違いしていた理由が明らかになった。 著書には、「ある日、2人はクリエイティブ面で大きく意見が食い違い、ライミスがマーレイのシャツの襟をつかんで壁に押しつけ、それから20年間マーレイがライミスと口をきくことはなかった」と綴られているのだ。 世界中のコメディファンにとって非常に残念なことに、その後マーレイとライミスがタッグを組むことは二度となかった。 だが、2014年にライミスが自己免疫炎症性血管炎による合併症で他界する前に、2人は和解したようだ。 ライミスが亡くなる直前、朝早くにドーナツが詰まった箱を手に、警察の護衛つきでマーレイがライミスの自宅を訪れたと伝えられている。 回顧録によると、その時点でライミスは「ほとんど会話する能力を失っていた」が、2人は2時間ほど一緒に過ごして仲直りをしたそうだ。 ライミスとマーレイのコラボレーションのなかには、歴史に名を刻むほどの名作だと批評家に絶賛された作品もある。 ライミスが最後に『ゴーストバスターズ』関連の作品に携わったのは、2009年にリリースされたビデオゲーム「Ghostbusters: The Video Game」。 2016年には、メインキャストが全員女性のリーブト版『ゴーストバスターズ』が公開された。 ライミス・スティールの回顧録では、ほかにもライミスの人生に関する驚きの事実が明かされている。 『ボールズ・ボールズ』で共同脚本&監督を務めた時に、自分の仕事を把握していなかったことや、自叙伝的な脚本を執筆したが映画化されなかったこと、映画『無ケーカクの命中男/ノックトアップ』で、セス・ローゲン演じるベンの父親役にキャスティングされた経緯などについても綴られている。 回顧録は、全米で6月6日に発売開始。

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最低映画館〜ホリデーロード4000キロ(NATIONAL LAMPOON'S VACATION)

ハロルド ライミス

ハロルド・ライミスが亡くなった。 『』『』『』そして『』など、彼の映画にはさんざん勇気をもらってきたし、これからも希望を無くした時はいつでも彼に助けを求めるだろう。 先日バンクーバーでは珍しい雪が降ったのと、2月だからということで『』を見返したばかりだった。 雪深い田舎町と時間の無限ループに閉じ込められた傲慢な男が、同じ2月2日を延々と繰り返し生きるというお話。 今日も昨日と全く同じ事が起こるとしたら?性格の悪い彼でなくたってまずは悪さをはたらくのが人間の性というものだろう。 しかし女にちょっかいを出したって、強盗でお金を手に入れたってそれは今日限りで価値を失い、明日にはまたリセットされて同じ一日が待っている。 絶望した彼はあらゆる手段で自殺を試みるが、やっぱり目が覚めると2月2日に戻ってしまう。 やがて彼は一番身近にいる同僚リタに惹かれていく。 歪んだ時間の法則を利用し彼女の好みを徹底的に調べ上げアピールするが、付け焼刃で手に入れられるほど恋は甘くない。 だけど明日はもっとうまくやれるはずだ。 物質的な富は毎日リセットされても彼の経験だけは引き継がれ蓄積するのだから。 彼女を喜ばせようと試行錯誤するうちに彼の心の中に善が芽生えていく。 今日起こる災難から人々を救いたい。 今日死ぬ老いた男の最後の一日がいい日であって欲しい。 奪っても与えてもどうせ明日が来ないならば与えてみたほうが気分がいいのだ。 どんな明日が待っていても、明日が無かったとしても今日を善く生きよう、明日忘れられたとしても目の前にいる人を今幸せにしよう。 そう決意した時ついに魔法が解ける。 こんな道徳的なテーマを一切の説教くささなしに描ききった名作だ。 日本では町山智弘さんが「ニーチェの永劫回帰を一本の映画が簡単に説明してしまった」と紹介したことで再評価された作品。 ニーチェは「神は死んだ」という言葉で有名な通り神の存在を否定し、神に死後の救済を求める代わりに自ら今を正しく生きよと説いた。 ライミスはニーチェの影響を認めながらも、自身の宗教観をBuddhism(仏教 ならぬBuddh-ish 仏教、みたいな と表現していて、「コメディ界のブッダ」とも呼ばれた。 諸行無常、諸法無我。 彼のお気に入りのクオートのひとつに「Ride the horse in the direction it's going 乗った馬が目指す方角に従え 」というのがある。 心配ばかりしないで流れに身を任せしなやかに生きよという意味だ。 「人は理解したり理解したフリをすることで物事をコントロールしようとするけど、この先何が起こるかなんていくら考えても誰にもわからない。 わからないことは正直に『アイドンノー』と認めて、周りの声に耳を傾けたほうがいい。 」 『』は脚本も監督もジャド・アパトウだが、この台詞はいかにもライミスらしい。 "Life doesn't care about your vision. Stuff happens, you just got to deal with it. You roll with it, that's the beauty of it all. " 人生はお前の将来のヴィジョンなんて気にしちゃいないのさ。 ただ運命に身を任せて、起きた出来事をどうにか始末していくしかない。 それだけがお前にできる事だ。 わたしが本当に参っていたときに救われた言葉で、以前にもブログにしている。 『』はノーテンキなタイトルに反し、人生のさまざまなステージにいる男女の成長を真摯に見つめたコメディだ。 主人公のベンはクラブで知り合った美女アリスンと酔った勢いでセックスしてしまい、さらに妊娠させてしまう。 彼は子供のまま身体だけ大きくなってしまったような人でニート、一方彼女は昇進したばかりのキャリアウーマン。 双方にとって最悪のタイミングだ。 「こんなの俺の人生プランと違う!一応将来のヴィジョンとかあるのに!」と焦る彼に父親役のライミスは優しく、しかし迷いなく語りかける。 彼はぼくが今まで出会った中でもっとも優しい人間の一人だ。 多くの若手が彼にインスパイアされてコメディ界を志した。 彼の作品はこれからもずっと人々をハッピーにするだろう」とコメント。 他にも旧友ビル・マーレイ、チェビー・チェイス、ダン・エイクロイドはもちろん、スティーブ・カレル、カット・デニングス、ジャスティン・ティンバーレイク、ラシダ・ジョーンズ、セス・マクファーレンなど多くのセレブリティが追悼メッセージを発表した。 先ごろ行われた第86回アカデミー賞授賞式でプレゼンターを務めたビル・マーレイがノミニーを読み上げた後、「そしてもう一人、ハロルド・ライミス」とアドリブしたシーンは感動的だった。 二人は『恋はデジャ・ブ』以降絶縁状態だったという。 ハロルド・ライミスはシカゴ出身。 プレイボーイ誌のエディターを経て地元のお笑いアカデミーThe Second Cityに参加。 ジョン・ベルーシらとニューヨークに移りビル・マーレイやジョー・フォレアティ 『』のパパ! と共にオフブロードウェイショーThe National Lampoon Showに出演。 そこから創成期のSNLに行った仲間たちといったん別れ、カナダのコメディーショーSCTVのヘッドライター兼パフォーマーとしてテレビのキャリアを開始。 National Lampoonのプロデューサー、アイヴァン・ライトマンのオファーで『』の脚本を書き、かねてから志していた映画業界デビュー。 同作は史上もっともヒットしたコメディ映画として今もなお世界中で愛されている。

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