ロシア 石油。 ロシア情勢(2020年4月 モスクワ事務所)|JOGMEC石油・天然ガス資源情報ウェブサイト

石油から再エネまで、あまり知らないロシアと日本のエネルギー協力|スペシャルコンテンツ|資源エネルギー庁

ロシア 石油

1859 石油のはじまり 1859年アメリカのドレーク大佐がペンシルベニア州のタイタスビルで 初の油田開発に成功します! それまでも岩から染み出る油として認識はありましたが、本格的な石油の歴史はここからはじまります。 (1859年日本は江戸時代、ペリー来航の6年後ですね) 当初はランプの燃料として使用されていました。 それ以前鯨の油が一般的に使われていましたが、匂いの問題があり使い勝手がよいとはいえませんでした。 石油の登場で人々は石油でランプを灯すことになりました。 1870 アメリカ、ロックフェラーの石油支配 1863年にアメリカ、ジョン D ロックフェラーが石油精製業を開始します。 ロックフェラーは1870年に「スタンダードオイル」社を創設。 石油精製にとどまらず石油輸送パイプライン、原油生産にまで手を広げる• 最終的にはスタンダードオイル社が原油価格は自分達が決める!とした 「公示価格制度」に アメリカ国民は大反発、シャーマン反トラスト法という当時の 独禁法によって裁かれ解体を余儀なくされました。 1911年スタンダードオイルは解体され、33社に分割されます。 これが現在のエクソンモービル、シェブロンの源流です。 1886 動力燃料は蒸気から石油へ 1879年 エジソンが白熱電球を発明! アメリカでの石油事業がどんどん大きくなる中、電気が登場します。 これにより ランプなど照明は電気が賄うことになり、 石油は自動車などの輸送用、動力用の燃料に特化されることになります。 1886年 ドイツのダイムラーとベンツ(高級車ベンツの創業者)が、石油を燃料とする内燃機関(エンジン)を発明します。 石油をつかうことで、エンジンは小型化、出力は大きくなり、調整も可能といいことづくめでした。 それまで主流だった 蒸気自動車は石油自動車に変わっていきます。 1896年 アメリカのヘンリー・フォードがガソリン車の量産化に成功! 石油の需要も増え、アメリカに車社会が到来します。 1880 ロシアの石油開発 1870年代ころからロシアの石油産業も急速に発展します。 スウェーデンのノーベル兄弟(ノーベル賞で有名な)と フランスのロスチャイルド家が石油産業を推し進めます。 ノーベル兄弟• 1875年ロシアのバクーに製油所を建設。 その後、産油にも手を広げ、外国に販売設備まで整備• アメリカから削井機を導入、原油パイプラインや鉄道タンク車など輸送手段を整備• 船の燃料となる重油にも力をいれ、 世界最初のタンカーをつくった• 1879年にはノーベル兄弟産油会社を設立• 1887年には17か国に輸出• 1888年には ロシア石油の3分の1を生産するまでに成長 ロスチャイルド• バツーム鉄道に対する融資と交換に、 バクーの石油権益を獲得• 1883年にカスピアン・アンド・ブラックシー・ペトロリアム(一通称 ブニト)を設立。 ブニトは、ロシア石油の最大輸出業者となり、ヨーロッパでの販売網を整備• 1880年代後半には アジアへも進出 ロシア石油産業の著しい発展によって、 ロシアの世界市場シェアは、1884年の3%から1889年には22%にまで上昇。 アメリカのシェアは低下し、ロシアはアメリカにとっても無視できない存在となります。 1914 イギリスの石油事業加速 1914年 第一次世界大戦が起こります。 この対戦を機に イギリス、フランスを始めとした当時の大国が石油の重要性に気が付きます。 それまではイギリスも日本も石油の大部分はアメリカのスタンダードオイルに依存していました。 第一次世界大戦で消費された石油の8割はアメリカから輸入されていたのです。 これに危機感を覚えたイギリスはいち早く自国での石油開発に乗り出します。 アングロペルシャ(現在のBP とロイヤルダッチシェルを設立し、石油事業に参戦します。 ロイヤルダッチシェルはイギリスとオランダの合弁会社• オランダ:ロイヤルダッチは当時オランダ領土であった インドネシアにおいて油田生産• イギリス: シェルはロシアの石油を世界に販売した その後イギリスの海軍大臣に就任した ウィンストンチャーチルが 英国海軍の艦船の燃料を石炭から石油へ変換します。 19世紀後半からシェル石油のサビエル社長はイギリス議会に石油利用を働きかけ、これがチャーチルの政策と相まって英国海軍は圧倒的に石油の利用を推し進めるのです。 この動きによって、 ロイヤルダッチシェルはアメリカの スタンダードオイルと並ぶ巨大石油会社となります。 その後、外国海軍もそれに習い 世界の軍艦は石油で動くようになり、 石油は国家の存亡につながる戦略物資となりました。 石油の一滴は血の一滴と言う言葉もその時生まれました 1931 中東でついに油田発見! 中東で油田が発見されたのは意外と遅く、1931年です。 実は 1920年までは中東に油田はないというのが世界の通説でした。 この固定概念に挑戦したのは、石油素人のニュージーランド人 フランクホームズ少佐でした。 ホームズ少佐はバレーの地質を研究し、 1931年にバーレーンで中東初の油田を発見。 世界中に衝撃的なニュースが流れたのです。 その後 1933年にクウェートで、さらに 1938年にサウジアラビアで大規模な油田が発見された。 1945 太平洋戦争は石油の戦争 戦艦の燃料が石炭から石油に変わってから 石油は国防上不可欠な戦略物資でした。 日本が太平洋戦争起こした直接の原因も石油でした。 戦前、石油の取れない日本は石油のほとんどをアメリカに依存していました。 日本のアジア進出に反対したアメリカはその制裁として日本への石油輸出禁止を打ち出しました。 このため日本は外から石油を調達するしかなかったのです。 石油がなければ戦艦も零戦も鉄のガラクタです。 日本は真珠湾攻撃の後スマトラ、ボルネオ(現在のインドネシア)の油田を確保。 こうして得た貴重な石を日本にタンカーで運ぼうとしましたが、タンカーは尽くアメリカ軍の潜水艦によって撃沈され日本軍の石油はそこをついてしまうのです。 1950 セブンシスターズの時代 第二次世界大戦後の1950年代にはエネルギーの中心が石炭から石油に完全に移行します。 世界の石油関連産業は 石油メジャーに支配される体制ができあがり、これは1970年代初めまで続きます。 石油メジャー 資本力と政治力で石油の探鉱、採掘、生産、輸送、精製、販売ま での全段階を垂直統合で行い、シェアの大部分を寡占する石油系巨大企業複合体の総称。 特に、第二次世界大戦後から1970 年代まで独占状態に置いた7 社を セブン・シスターズと呼びます。 スタンダードオイルニュージャージー(現在のエクソンモービル)米• ロイヤルダッチシェル 英蘭• アングロペルシャ(現在のBP)英• スタンダードオイルニューヨーク(現在のエクソンモービルに)米• スタンダードオイルカリフォルニア(現在のシェブロン)米• ガルフオイル(現在のシェブロン)米• テキサコ(現在のシェブロン)米 石油はアメリカとイギリスの巨大石油企業に20年近く支配されました。 1980 OPEC 中東の反撃 1970年になると、これまで石油メージャーに独占されてきた石油事業に中東各国が反旗を翻します。 1951年: イランのモサデグ政権による石油国有化政策 原油は俺たちの土地で取れてるんだ俺たちのものだ!)• 1960年: OPEC(石油輸出国機構)が結成 (中東の産油国の集まり。 力を合わせてアメリカ、イギリスに打ち勝とう!)• 1973年: オイルショック 第4次中東戦争の際、OAPEC(アラブ石油輸出国機構)が敵対国への石油供給を止めたため 原油価格が暴騰した。 1979年 第二次オイルショック イラン革命(英米に依存した政策に不満が募り爆発!)により石油メージャーはイランから追い出される。 イランは石油資源の国有化に移行。 石油の輸出を止めた為 原油価格暴騰! これらの一連の流れの中で、 原油価格決定権を中東諸国に奪われ、石油メージャーの支配力は急速に衰えました。 2020年の現在までOPECによる石油価格のコントロールは続いています。 2000 アメリカ シェールオイルで主役に返り咲き 2000年初頭、アメリカは技術革新により、これまで発掘できなかった シェールオイルの発掘に成功します。 シェールオイルは地下深くの頁岩(けつがん)層と呼ばれる硬い地層に含まれる原油です。 これにより アメリカは産油量世界No. 1に返り咲きます。 2020年現在世界の産油量トップ3はアメリカ、サウジアラビア、ロシア。 この3カ国で 世界の原油40%を握っています。 石油は有限資源であり、環境配慮の側面からも新エネルギーや代替エネルギーが今後随時出てくるでしょう。 それでもパワフルで扱いやすく、利用用途のある石油の戦いはまだまだ続きそうです。

次の

ロシアとサウジの対立で原油暴落、米国勢も資金に課題:日経ビジネス電子版

ロシア 石油

カタールは陸路での国境をサウジアラビアとしか接していない。 その国境は、2017年の6月初旬に閉じられた。 他のアラブ諸国はカタールの航空機が自国の領空を飛行することを禁じた。 そのためカタールに残されたのは港だけである。 しかし海路は石油や液化ガスの積み出し停止をすれば、容易にブロックすることができてしまう。 日本はおそらく、初めてこのような状況、つまり中東のエネルギー大国が重大な脅威にさらされているという状況に直面している。 以前は、戦争も紛争もあったが、石油はタンカーに計画通り積み込まれていた。 しかし今では、全ての地域で、状況が大きく変化している。 つい最近まで、戦争はイラクやリビア、シリアといった、アラブ世界の外周で起きていた。 しかし戦争は、地域的にも、政治的にも、アラブ世界の中心部、つまりは同時にイスラム教徒の世界の中心部に忍び寄っている。 2016年、サウジアラビアではカティーフ、ジッダ、また預言者のモスクがあるマディーナでさえもテロが発生した。 2014年からシリアとイラクでは、つまりサウジアラビアの北の国境付近で戦争が起きている。 また2014年からやはり、サウジアラビア軍が参加している戦争がイエメンで、つまりサウジアラビアの南の国境付近で起きている。 アラビア半島というのは、日本が石油輸入の約75パーセント、液化天然ガスの約24パーセントを依存している地域であるが、現在そこは段階的に、戦火の輪が広がっている場所でもある。 中東地域におけるある地域的な武力衝突が、地域全体を巻き込む大きな闘争、つまりは戦争にまで発展してしまうのではないかという予想は、ありえる話であるし、そうなれば石油とガスはいの一番に、敵国を攻撃し、損害を与えるための手段になるだろう。 日本の石油輸入相手国 アラブ首長国連邦のアンワール・ガルガーシュ外務担当国務大臣は、は、数年間続くかもしれないという見解を示している。 このことは日本に、国内のエネルギー需要をどう満たしていくかという難しい問題を突きつけることになる。 天然ガスに関して言えば、状況はそこまで危機的というわけではない。 というのは供給元はマレーシアやインドネシア、オーストラリアなど、複数国にわたっているからだ。 しかし石油をめぐる状況は深刻だ。 日本には一日に380万バレルの石油が運ばれている。 これは年間で1億8千540万トンの計算になる。 世界の原油市場を考慮すると、(2016年、1日あたりの販売量は9千440万バレルに及んだ)数字は大きくないように思われる。 しかし中東における戦争がコントロール下からはずれ、ペルシャ湾の諸国の国々からの石油輸出がストップしたとすると、世界の市場において1日あたり1200万から1500万バレルがなくなる計算になる。 このような規模で石油が足りなくなれば、競争は激しくなり、価格は高騰する。 日本を含むと思われる、経済状況が輸入によって左右される国にとってみれば、競争激化と価格上昇は非常に不愉快でストレスを生むファクターとなる。 そしてそのような石油高騰時代は数年間続くことになる。 なぜならば他の全ての石油輸出国がともに力を合わせて石油を採掘したとしても、この規模のマイナスを埋めることはできないからである。 これらを鑑みると、疑問がわいてくる。 そろそろ真剣に、ロシアから石油を買うことを検討するべき時ではないか?ロシアは海外市場に1日、1108万バレルの石油を送り出しており、原則的に、日本の需要を満たせる状況にある。 日本側は石油採掘、輸送パイプ、また例えば新しい石油採掘地域として発展しているヤクーチアのように、陸棚や大陸における採掘ターミナルに投資することができる。 長期的な契約は将来的に不安定性のある中東情勢を鑑みれば得かもしれないし、安全かもしれない。 海上会戦の場になってしまうかもしれないペルシャ湾とは違って、日本海とオホーツク海ではロシアの太平洋艦隊が、石油供給を妨害しようとする試みを根絶するだろう。 代替手段については事前に考えたほうがよい。 もし中東における危機が一層強まれば、それに反応しようとしても、もしかすると時すでに遅し、ということになるかもしれない。 ソーシャルネットワーク上のユーザーアカウントを通じてスプートニクのサイトでユーザー登録および認証を受けたという事実は、本規約に同意したことを意味する。 ユーザーは自らの振舞が国内法および国際法に違反しないようにしなければならない。 ユーザーは議論の他の参加者、また読者や、当該記事の題材となっている人物に対し尊敬をもって発言しなければならない。 サイト運営者は記事の基本的内容に用いられている言語とは異なる言語でなされたコメントを削除できる。 sputniknews. comの全言語バージョンで、ユーザーが行ったコメントの編集が行われる可能性がある。 以下に該当するユーザーのコメントは削除される。 記事のテーマにそぐわないもの• 憎悪を煽り立て、人種・民族・性・信教・社会的差別を助長し、少数者の権利を迫害するもの• 未成年の権利を侵害し、倫理的損害等、何らかの形態の損害を未成年に与えるもの• 過激主義、テロリズムを内容に含み、または、何らかの非合法活動を教唆するもの• 他のユーザー、個人ないし法人に対する中傷や脅迫を含み、その名誉や尊厳を傷つけ、または社会的評判を貶めるもの• スプートニクを中傷し、または貶める発言• プライバシーや通信の秘密を侵し、第三者の個人情報をその人の許可なく拡散させるもの• 動物への虐待・暴力シーンを描写し、またはそうしたページへのリンクを張ること• 自殺の方法に関する情報を含み、または自殺を教唆するもの• 商業的目的を持った発言、適切でない広告、違法な政治的宣伝または、そうした情報を含む別のサイトへのリンクを含むもの• 第三者の商品またはサービスを、しかるべき許可なしに宣伝するもの• 侮辱的ないし冒涜的表現およびその派生的表現、またはそれら表現を匂わせる字句の使用• スパムを含み、スパムの拡散やメッセージの大量配信サービスおよびインターネットビジネスのための素材を宣伝するもの• 麻薬・向精神薬の使用を宣伝し、その作成法や使用法に関する情報を含むもの• ウィルスなど有害ソフトウェアへのリンクを含むもの• そのコメントが、同一または類似の内容を持つ大量のコメントを投下する行動の一環をなす場合(フラッシュモブ)• 内容の稀薄な、または意味の把握が困難ないし不可能なメッセージを大量に投稿した場合(フラッド)• インターネット上のエチケットを乱し、攻撃的、侮辱的、冒涜的振舞を見せた場合(トローリング)• テキストの全体または大部分が大文字で又は空白無しで書かれるなど、言語に対する尊敬を欠く場合 サイト運営者は、ユーザーがコメントの規則に違反した場合、または、ユーザーの振舞の中に違反の兆候が発見された場合に、事前の通告なしに、ユーザーのページへのアクセスをブロックし、又は、そのアカウントを削除する。 ユーザーは、にメールを送り、自分のアカウントの復元、アクセス禁止の解除を申請することが出来る。 手紙には次のことが示されていなければならない。 件名は、「アカウントの復元/アクセス禁止解除」• ユーザーID• 上記規則への違反と認められ、アクセス禁止措置が取られる理由となった行動に対する説明 モデレーターがアカウントの復元とアクセス禁止の解除が妥当であると判断した場合には、アカウントは復元され、アクセス禁止は解除される。 再度の規則違反があり、再度のアクセス禁止が行われた場合には、アカウントは復元されず、アクセス禁止は全面的なものとなる。 モデレーター・チームと連絡を取りたい場合は、電子メールアドレスまで。

次の

サウジ、欧州向け原油8ドル値引き ロシアたたきに価格戦争 (写真=ロイター) :日本経済新聞

ロシア 石油

減産合意できても「下支え」効果は不透明 サウジが緊急会合を要請したのは2020年4月2日(現地時間)。 ロイター通信などが伝えた。 3月上旬に「OPECプラス」の協議が決裂して減産枠組みが失効して以降、サウジはシェア増を狙って大幅増産・備蓄放出を行ない、価格下落が進んでいた。 原油価格は米原油先物指標「WTI」で2月の価格から半減近くとなり、1バレル20ドル台前半に落ち込む局面もあり、影響は生産コストが高いシェール企業を直撃。 4月1日(現地時間)には、中堅ながら米シェール開発主要企業の一角を占めるホワイティング・ペトロリアムが経営破たんした(日本の民事再生法に当たる法適用を申請)。 3月の協議で減産に応じなかったロシアには、シェール潰しの狙いがあったと目されている。 ただ、減産話をまとめようとしていたサウジが一転して大増産に打って出たことで、原油価格下落が大幅に進み、痛手を受けていた。 この間、欧米での新型コロナウイルス感染拡大が深刻化し、ロシアでも感染者が増えている。 世界経済の冷え込みから原油需要が落ち込み、価格下落に拍車がかかっていた。 そんな中でのサウジの要請があり、ロイター通信などによると、トランプ大統領も2日(現地時間)、米CNBCテレビのインタビューで、サウジとロシアが日量1000万バレルで近く合意するだろう、との見通しを示した。 こうした動きを受け、米ニューヨークの原油先物相場(2日)が上昇する局面もあったが、トランプ大統領が指摘したほどの大幅の減産が成立するかどうかは見通せない。 また、仮に合意に至っても、世界経済の落ち込みからくる需要減が大きいため、減産がどこまで価格を下支えできるかも不透明な状況となっている。

次の