ラジウム ガール。 「安全だ」と告げられ、放射性物質により死んでいった女性工場労働者たち (バズフィード)

放射能 マリー・キュリーが愛した光線|フランケンシュタインの誘惑

ラジウム ガール

当時のアメリカでは、多数の女性が人体への有害な放射線の影響により相次いで死亡していました。 亡くなった女性たちは全員が時計工場に勤務しており、時計の文字盤の数字に蛍光塗装を施す作業を担当していました。 当初、他の工場に勤務する労働者に比べ3倍の給与がもらえる好条件の職場として雇用希望者は多く、若い女性従業員たちは当時まだ珍しい経済的に自立した職業婦人としての待遇に満足して勤務にあたっていました。 20世紀初期の時計の文字盤数字は、見やすいように明度を上げるためラジウムを含む混合塗料を塗装していました。 下は14歳から上は年配者までの工場勤務女性は、塗装ブラシの先を塗りやすいよう細く整えるのに唇と舌を使うよう指示されていました。 つまり、毎回ブラシを口元に持って行き、微量の混合塗料を摂取していたのです。 工場責任者はこれが健康上のリスクを負わせる可能性があることを否定していました。 当時すでに放射線の危険は認知されていたものの、産業界の経営者らは不正な研究調査を行い微量のラジウム摂取であれば健康にも良いとの見解を発表していました。 そのため、裕福な人々はラジウム入りの水を飲み、食品や化粧品にもラジウムは使用されていたのです。 その当時、蛍光物質は流行の最先端を象徴するキーワードであり、中には歯をより輝かしく見せようと歯に塗料を塗る女性従業員もいました。 世間はそんな女性たちを「ゴーストガール」と呼んでいました。 というのも、有毒な混合物との接触により、暗闇で肌が発光していたからです。 当時、微量であれば無害だとされていたレジウムでしたが実際には少しずつ、女性従業員の身体を蝕んでいたのでした。 最初の犠牲者はモリーでした。 そしてその後も同僚たちも様々な症状に苦しみ、モリー同様の運命をたどります。 死産や慢性疲労を経て女性従業員の身体は徐々に崩壊していきました。 肌は穴が開いたように陥没し、骨はもろく粉のようになり、身体のあらゆる部分に腫瘍が形成されました。 現在ではラジウムに外部接触することが人間の身体組織の破壊につながることは広く認知されています。 しかし、もし体内に摂取した場合、ラジウムが身体に及ぼすダメージは計り知れないほどに甚大なものになります。 またこうしたラジウムにより恐ろしい健康被害に対して手の施しようがありませんでした。 死亡者が出たことにより、女性従業員たちは自分を待ち受ける恐ろしい運命を悟りました。 しかし迫り来る過酷で痛みに満ちた未来から女性たちを救う手立てはなかったのです。 しかしそんな境遇の中でも、彼女たちは自分たちのためではなく工場で勤務し続けている他の同僚のため、行動を起こします。 会社を法のもとで裁き、これ以上死者が出ることを防ごうとしたのです。 こうして長い法廷闘争が始まりました。 会社側がラジウムは危険ではないと労働者を騙した結果、多大な健康被害を被ったことを女性従業員たちは証明しようとしたのです。 しかし会社側の資金融資による虚偽の研究結果により、一時はラジウムが原因ではないと証明されてしまいます。 さらに会社経営側は女性たちの訴える健康被害症状が多様なことから、ラジウムが原因だとするにはつじつまが合わないと主張しました。 答弁のなかで会社側はモリーの死因が梅毒であったと表記された死亡診断書を証拠に持ち出しました。 転機が訪れたのは、男性の犠牲者が出た直後のことでした。 1925年、ラジウムと向上で働いてた女性たちの中毒症状の関連が証明されます。 調査に際していくつかの墓が掘り返されたとき、遺体の多くが文字盤数字と同じ光を放っていたのです。 女性従業員たちは経営者側の過失を公に証明しようと強く決意し、死の床にあっても糾弾し続けました。 報道新聞社は紙面第一面で女性たちの訴えを報じ、それでも経営者らはラジウムとの関連性を否定し、遺体の検視解剖結果を改ざんしましたが、もう事実を隠しようがありませんでした。 1938年、経営者側は過失により若い女性従業員たちを死に追いやった事実をようやく認めました。 従業員側が雇用実態を証明したこの事例以来、経営者側がは労働者の安全な職場環境を保証する義務を負うことになりました。 今日、国際的に法令で守られている労働者の権利はこうした女性従業員たちを代表する過去の労働者たちの功績があってこそのものです。 残念ながら「ゴーストガール」は忘れ去られた存在となりつつありますが、女性従業員らが成し遂げた業績は現在も健在です。 労働者条件の向上に大いに貢献した過去の労働環境の犠牲者たちがいつまでも人々の記憶に残り、その功績が讃えられ続けますように。

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ラジウムとは

ラジウム ガール

時計の針の部分には夜の暗闇でも見えるように夜光塗料が塗られているものがありますが、その当時には夜光塗料にラジウムが含まれていて、そこから放射線が放出されていました。 針や文字の部分が光るラジウム時計です。 その光るラジウムの夜光塗料を針や文字に描いていた労働者が多数被爆したのです。 賃金は3倍、魅力的な労働、隠されたリスク 当時のアメリカは戦争が始まった頃でした。 働く女性は増え、人気の仕事は時計の文字盤塗装工でした。 賃金がとてもよかったからです。 仕事の内容は、家庭用の時計や兵隊の使用する腕時計の針や文字に夜光塗料を塗る仕事です。 仕事についた彼女らの多くは10代から20代の若い女性でした。 ラジウムを扱う工場の管理者はラジウムの危険性を十分には認識していませんでしたが、未知の危険性は気づいていたようで、暴露や接触は慎重に避けていました。 しかし実際に危険な作業にあたる従業員には恐れる必要はないと説明していました。 危険ではないと断言していました。 その根拠のひとつには、当時の社会常識として、微量のラジウムは健康によいとされていたからでした。 驚くことにラジウムは健康グッズとした販売されていました。 ラジウム水やラジウム入り歯磨き粉。 ラジウム入りのパンやチョコも売られていたのです。 しかし情報があいまいな当時としても、放射線の未知の危険は多くの大衆もうすうす感じていたようで、企業はそれを払拭するために微量のラジウムは健康に良いと発表しました。 ラジウムは健康に良いと発表したのは、ラジウムで莫大な利益を得ている企業でした。 その一連の企業が実施した独自の研究にもとづき発表された都合の良いラジウムの情報は、ラジウムの一面的な効能ばかりを過大に宣伝したもので、致命的な害を及ぼす未知の危険性は意図的に無視された危険な研究内容の発表でした。 その誤った情報が社会的通念として世の中に大々的に受け入れられていたのです。 情報にまどわされた大衆は、ラジウムは本気で健康に良いものだと信じていたようです。 発症し始める犠牲者たち 工場での彼女たちは、とても小さな文字盤に筆入れする作業なので、繊細な筆さばきが必要になります。 彼女らはみな筆の先を唇の先や舌を使って調整しては尖らせ、文字を描いたり針に夜光塗料をぬったりします。 そのたびに塗料の中のラジウムを摂取することになるのです。 のちに舌ガンや顎のまわりのガンを多く発症することになります。 仕事が終わり彼女らが夕闇に現れると、仕事中に全身についたラジウムが暗闇で光って見えたからです。 まるでゴースト(幽霊)のように光る彼女らは、それを恐ろしい光だとも知らずに無邪気に笑っていたのでした。 ラジウムの危険性も知らず、冗談好きな彼女らは自分の歯に塗料をぬって、暗闇の中で光るラジウムの歯を見せて喜んだいたとも伝えられています。 広がる犠牲者 ラジウム被害、最初の犠牲者はモリーでした。 歯が痛み始めたので歯科で治療してもらうと化膿してすぐ次の歯が痛み始めました。 筆先から摂取したラジウムが歯茎を犯していたのです。 そして痛みは手足にも広がり、しだいに痛くて歩けなくなりました。 医者はリウマチを疑いアスピリンを使用しますが放射線が原因なので効果はなく、異常の原因が特定できません。 膿瘍は顎や頬にも広がり感染症を起こし、最後には頸静脈を損傷して出血が止まらず亡くなってしまいました。 医者は根本的な原因を特定出来ず、診断書には梅毒で死亡と書きました。 医師は病名がわからないので全身症状のいくつかの類似点を推測して勝手に梅毒と診断したのです。 当時は梅毒末期の全身症状で亡くなる方が少なくなく、医療水準も現在とは比較にならないほど低いものでした。 モリー以外にも同じような症状が同僚たちにも広がっていきました。 ラジウムは皮膚に付着しても有害ですが、体内に摂取された場合、わずかな量でも損傷は何千倍にも膨らみます。 体に取り込まれたラジウムは絶えず放射線を発しつづけるので細胞は損傷し、骨髄はダメージを受け、骨は密度を失って簡単に骨折してしまいます。 モリーと同じ症状に苦しめられ始めた彼女たちは弁護士を立てて会社を訴えようとしますが、弁護士がなかなか見つかりませんでした。 誰もラジウムガールの弁護にはつこうとしないのでした。 すでにその頃ではラジウム会社の圧力が裏で働いていたのです。 それに当時は放射能障害は保証可能な病気ではありませんでした。 裁判は労働者側にとても不利な状況だったのです。 しかしラジウムの被害は時が経つごとに広がりをみせ、新聞もこの事件をとりあげはじめると、世論も騒ぎはじめました(新聞は死にゆく女工達と報道した)。 そうして世論も手伝い、はじめて弁護士も正式につくことが出来、法廷での戦いが始まりました。 会社側はラジウムの被害を否定します。 証拠にモリーの梅毒の診断書を提出して、医者が証明した死因の梅毒をあげてラジウムとの関連を全面否定しました。 イリノイ州のラジウムガールが明らかなラジウムによる障害で死亡したときは、検死解剖が必要だったのですが、会社側が手を回して検死解剖を妨害しました。 死亡原因を解明されると裁判で敗訴確定だったからです。 そして信じられないことに企業側は、被害者のラジウムが含まれた遺体の骨を証拠隠滅のために墓場から盗んだりもしたのです。 ラジウム被害の裁判で勝利を収めたキャサリンの死。 見守る仲間のラジウムガール達。 ラジウムガールの一人、キャサリンはガンに冒されながらも法廷で弁護士と戦いつづけ途中で死亡してしまいますが、最後には法廷で勝利を収めます。 ラジウムが原因で体の障害が起こり死亡したと裁判で認められたのです。 ラジウムを含む放射線や放射能は体に実害を及ぼす危険なものと正式に認められた判決でした。 この一連のラジウムに関連する裁判は、従業員が会社を訴えて勝利し、労働者の権利を確立させた最初の事例となりました。 それは労働法史上初めての出来事でした。 ここから現在の労働者の安全と権利が重要とされる社会的な基盤が構築されるようになったのです。 ラジウムの放射線その危険性と概要 ラジウムは崩壊途中でアルファ線を放出する。 その後の娘核種の崩壊でベータ線やガンマ線なども放出する。 人体が各放射線にさらされることを被曝と言う。 被曝は放射線を外部から浴びる外部被曝と、体内に放射性物質を取り込んだことによる内部被曝とに分類される。 放射線は生物にとって有害であり、放射線を浴びた線量によって何らかの障害や放射線障害と言われるものが現れる。 人体への影響 細胞内において放射線の直接または間接的に作用が及ばされた場合、問題になるのがDNA鎖の切断である。 放射線の影響において、DNAのポリヌクレオチドの単鎖切断であれば酵素のはたらきによりもう一方のDNA鎖を雛形として正確な修復が可能ではある。 しかし二本鎖切断の場合は修復不能の場合があり、かりに修復出来たとしても誤りを起こす場合が多く、それがガンなどのや突然変異や細胞死の原因となったりする。 『東海村JCO臨界事故』 また放射線を一度に多量に浴びた場合、ただちに放射線障害が現れる。 『東海村JCO臨界事故』で起きた作業員の被爆時など(中性子)は一度に多量に被爆して皮膚はヤケドを負った状態を示し、皮膚は染色体破壊により核型が完全に壊れ、新しい細胞が生成できない状態となった。 東海村臨界事故 Tokaimura Nuclear Accident.

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たくさんの労働者を救った「ラジウム・ガールズ」 その忘れられた物語

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2011年03月17日 23時59分 放射能泉である「ラジウム温泉」はなぜ安全なのか by 福島第一原発関連のニュースが連日続く中、「放射能そのもの」に対する関心が高まっています。 放射能関連の話を聞くうちに、テレビの温泉番組や温泉地などで耳にした「温泉」を思い出した人もいるのではないでしょうか。 ラジウム温泉は法律で「 」と定義されています。 放射能泉というと非常に危険そうな印象がありますが、どうしてラジウム温泉は安全なのかを調べてみました。 というわけで、ラジウム温泉の詳細は以下から。 そもそも放射線とは何かというと、一般的には電離性をもつ高いエネルギーをもったやのことを指します。 「」とは原子の軌道電子をはじき飛ばし、これを陽イオンととに分離する作用のことを言います。 「放射線=被ばく」と連想する人も多いと思いますが、これは放射線の特徴の一つである電離作用によって引き起こされるものです。 この図は が2011年1月に発行した「 」の4ページ目に掲載されていたもの。 イメージ的にはこのようになります。 ラジウムとは、がエネルギーを放出しながら崩壊していく過程でできる物質で、そのラジウムが崩壊したものをといいます。 ラドンは自然放射線の半分以上を占めている無色・無臭のガス状の物質です。 高濃度のラドンを含む地層を通った地下水はラドンを含んだ温泉水となり、ある一定量以上のラドンを含む温泉を法律で「放射能泉」としています。 そしてラドンを多く含んだ放射能泉を一般にラジウム温泉と呼んでいるということです。 そのため、細胞に直接大きなエネルギーを放射して強い刺激を与えることになるのです。 ちなみに、体内へ入ったラドンの50%は30分で消え、約2時間もたてばほとんどのラドンが尿などから排出されます。 by そのため、福島第一原発で起きている事態によって空気中の放射線量が増えて健康が増進するとかそういうことはありませんし、環境放射能の値が増えて「むしろ健康によい影響を与える」などというのは原理的に考えてありえない、ということです。 全くの別物です。 参考文献:「放射線って大丈夫?」.

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